認知症の前触か

先週末の夕方ウオーキングに出かけた。東京ドームの横を通って安藤坂―金富小の通りをどんどん進み、適当なところで右へ坂を上がったら、今でも時々車で買い物に来るスーパーのある大通りへ出た。丘陵の上をほぼ南北に走っている春日通りだ、もう４０分ほど歩いてきた。そろそろ引き返すことにし、そのスーパーの先を右へ曲がった。

その通りは両側にゆったりした歩道を備えかなり幅広い坂道だが、中央に立派なさくら並木が続き、その並木の内側にも遊歩道があるので、なんとも美しい雰囲気のある通りになっている。その坂道を下り切ったところで交差する千川通りを右折すれば元の東京ドームへ戻る。直進すれば小石川植物園に突き当たる。子供たちが成人するまで２０年間植物園の反対側に住んでいたので、この辺の地理はよく知っている。

さくら並木を下る途中でふと気が変わった。車の通る千川通りを引き返しても余り面白くない。それよりまだ歩いたことのない裏道を歩きたい、裏道には意外な発見があるものだ。古い邸宅や瀟洒な一戸建て、何気ない民家、いろいろ眺めて歩くのは楽しい。

そこで坂道を下り切らないで途中から感じよさそうな裏道に入った。その裏道を真っ直ぐ歩いて行けば東京ドームの近くに着く筈、あそらく春日通りのあの辺りに出るだろうというイメージが頭の中にあった（写真の目指した位置）。尾根道と沢道の中間を並行して進むような感じでどんどん歩いた。交差するいくつもの路地を横切りとにかく直進した。車の通る道を横切ったときに向かい側の路地が少しずれていたが、直進路であることを確かめて進んでいった。

やがてやや遠く前方に車が行きかう通りが目に入ってきた。ああ、もう春日通りにぶつかるのか、そうしたら左折だな、左折、左折・・・それで家に帰れる・・・

あれ、春日通りでないよ、道路の幅が狭いし、何だろう、まあ、いいや、左だね、何も気にせず左折し、もう早く帰ろう、どんどん歩いた、・・・ああ、コンビニがある、妻に牛乳を頼まれてたから寄って行こう、忘れないでよかった、いつも叱られているのだが、コンビニ袋を下げて店を出た。

・・・あれ、ここどこだろう、夢中で歩いてきたけどなんか見慣れない街が目の前に、今更ながら辺りをきょろきょろ、前方に広々とした交差点、そこから立ち並ぶ明かりの灯った豪華なマンション群、むむ、こんな景色知らないぞ、道を間違えてとんでもないところへ来たのだろうか、辺りはもう夕暮れも深まった、人通りもない、しばし交差点で立ち往生してしまった。

やや若い男性が通りかかった。
「すみません、東京ドームはどっちでしょうか。」
「ええ！」
しばし絶句
「東京ドームなんか歩けませんよ。」
あんた気は確かか、と言わんばかりの表情だった。それでも
「あっちの方だけど・・・」
と指差してくれたが、なお、なにか言いたそうに私の顔を凝視した。
「ありがとうございます。」
そそくさに礼を言って急いで離れた。認知症の高齢者が徘徊して道に迷ったのか、そう思われたに違いない。ああ、だけどその通りだ、今や右も左もわからない、どっちへ行ったらいいのだろう、あっち、と言っていたからとりあえずそっち方面へ行ってみるか、歩けませんよと言っていたからそんなに遠くに来てしまったのだろうか、不安に思いながらなだらかな広いマンション通りを上がって行った・・・


わおー、もうおわかりでしょう

振り出しに戻る、すごろくじゃあるまいし、なんてこと、そこはさっき歩いた桜並木の坂道ではないか、馬鹿みたい、いや本当に馬鹿だ、裏道を直進していたつもりが、いつの間にか裏道がどこかで左へカーブしていて車道の千川通りに突き当たったのだ、そのとき右折すればいいのに左折してしまったのだ、結局ぐるりと一周した。４０分ほど歩いたかも、もう嫌気がさし歩く気力も失せてしまった。スーパー前からバスに乗りすごすご帰った。

客観的には単なる道間違いに過ぎないが、自分的にはどうも軽視できないような気がしてならない。コンビニから出たときに急に襲われた、あれ、待てよ、おかしいなこの風景、知らない街へ迷い込んでしまった、どうしよう、そんな違和感というか迷子感というか、なんかエアポケットにすとんと落ち込んだような寂寥感、それまでせっせと歩き続けてきたのに突然妙な異次元の世界に入り込んだような感覚、その時のわずかな時間の精神的ショック、がくんと精神状態が断絶したような感覚、それはよく話に聞く認知症患者の徘徊そのものではないか、自分が本当に認知症を患っていたならば、恐らくそのまま勝手にどんどんあらぬ方向へ歩き続け行方不明になっていたかもしれない。道を間違えたことそのものではなくて、精神状態があっという間に全く異なった状態に切り替わったその瞬間が恐ろしい。都心部だから大丈夫だよ、などという発想は関係ない、ちょっと浮かんだけれどもすぐにどこかへ消え去った。パニックに陥ったのだろう。

うーむ、肩を落として帰宅後「実は、・・・」と妻に話したら、
「ああ、あそこね、あの辺り直進してても曲がるのよ。私も迷ったことあるわ。」
「え、なんで知ってるの。」
「いつも行く美容院があの辺りなのよ。さすがのｎｉｂｉｎさんも引っかかったわね。」
「いずれ徘徊老人になるかもしれないなあ。」
「大丈夫よ、鈴を付けてあげるわよ。」
かるくいなされた。

なお、教えてもらった東京ドーム方向は見当違いです。山でもそうですが、街でも道を尋ねるのは要注意ですね