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そこには透き通るようなエメラルドグリーンの海と真っ白な砂浜が広がり、文字通りの美しさがある。ビーチには高級ホテルが軒を連ね、観光客がオープンテラスの寝椅子でビールを飲んだりビーチではしゃいで優雅な時間を過ごしている。
その一方、ここは石灰岩の岸壁が無数にそびえているため、格好の世界中からクライマーが集まってくる格好のクライミングスポットでもある。観光客にまじり、ハーネスを装備しロープをザックに括り付けたストイックなオーラを纏ったクライマー達が徘徊してするのはちょっと奇妙な光景だ。
10年ほど前、3ヶ月ほどアジアを一人で放浪した時、この地を訪れたことがあった。相棒とカンボジアで待ち合わせをしていたが、それまで1週間ほどあったので南の島に滞在しようとやって来たのだ。
そのとき人生初のクライミング体験をしたのだが、怖いし登れないしで『二度とやらないだろう』と思った。しかし運命の悪戯か?3年前にクライミングを目的に、相棒と2年連続で再訪することになったのである。
プラナンは変化に富んだ地形で、いろいろな見応えが・遊びごたえがある。その地質は石灰岩であるが、雨や海水によって侵食されやすく、また穴が空いたり溶け出してツララになるため、大小様々な鍾乳洞や、ラグーンのような地形が形成されるのだ。
半島の山岳部にはプリンセスレイクと呼ばれるラグーンがあり、火口湖のような”すり鉢状”の地形となっている。そのファンタジックな言葉の響きに惹かれて見に行ったが、侵食で穴だらけになった急勾配の崖にはロープが取り付けられ表妙義縦走さながら。全くファンタジックではない。とはいえ観光客たちはそんな急傾斜をディズニーのアトラクション感覚で、サンダルでブイブイ崖を登り、そして下っていく。
果たして悪路を超えた先にあったのは、直径30mほどの水のない沼地であった。雨季なら泉になっているようだが、乾期はただのドロドロした泥が露出してチョット残念な感じであった。しかし高さ20mほどの熱帯の草木に覆われた崖にかこまれた、そんな隔絶された静かな空間から丸い空を見上げていると、どことなく秘境に来たような気持ちになるのである。
半島の周囲には石灰岩の岸壁がそびえ立っており、侵食による凸凹や穴がホールドやスタンスとなって格好のクライミングルートとなっている。岸壁の下部は長年の海水の飛沫でえぐれてオーバーハングしていたり、溶け出した鍾乳石に抱き付いて登ったりするので面白い。鍾乳石は長い年月をかけてできた大切な自然の芸術で、愛おしく鑑賞するものだと思っていたが、抱きついて登ることもあるのだと知った。
海岸からは海から突き出した巨大な岩峰がいくつか見えるが、クライミングルートになっており、小船で接岸してのぼることもできる。フリーソロで登り、最後海に飛び込む『ディープ・ウォーター・ソロ』でトライするのである。
クライミングは最大で30mほどの高さの壁を登ることになるが、周囲には遮るものもなく、美しい海や自然を感じながらの登攀は自由で開放感が感じられる。ここには日本人にありがちな変な精神論はない。師匠が『日本人はグレードにこだわりすぎて卑屈だ』と言ってたが、なんかわかる気がした。
そんなクライマーにとって天国のようなところだが、混雑などの理由で登る場所は少し考える必要がある。ライレイと呼ばれる船着き場に近い地区の岩場はアクセスも難易度も手頃だが、それゆえに混雑しており、しかもガイド優先なので登りにくい。
そんな喧騒を嫌い、船着き場から半島の反対側にぐるっと回り込んだプラナンビーチの、さらに奥にある先端部にある岩峰まで足を伸ばすと、流石に人影も少なくなってくる。熱帯特有の林の中を通ると動物の気配もあり、時折オオトカゲや猿が森の奥に姿を消してゆく。そこの岩場は静かで海の景観も良く、静かに気持ちよく過ごせたのでよく通った。
そこには巨大な洞窟があった。40m近い高さの入り口がポッカリ口を開けている。それは穴というにはあまりにも大きすぎ、どちらかというと目の前に暗闇があるようだ。名所でもなんでもないが、時折家族連れの観光客が通りかかって挨拶をしたり道を聞いてきかれたりする。彼等は洞窟を見にゆく様子だった。
中にはドレッドヘアの現地クライミングガイドを連れた、金髪のビキニのお姉さんなんかもいた。お姉さんは手ぶらで、現地ガイドがクライミング装備からお姉さんの荷物からすべて持っていて、美女と下僕さながらである。挨拶したら下僕の方が悲しそうな笑顔を返してきた。『このお嬢さんにこき使われて大変なんだよ』という心の声が聞こえたような気がしたが、通り過ぎる人達の様々なストーリーが垣間見れて面白い。
洞窟の入口にはその巨大な空洞を支えるように一本の太い柱が立っているのだが、そこには、白いチョークの跡がついている。それはBest Route in Minnesota 6cというクライミングの名物ルートなのだが、6cは5.11a-b*くらいなのでもう少し頑張れば登れそうである。師匠に最低5.11は登れるようになれと尻を叩かれてきたが、登れるほど楽しみの選択肢が増えるので、こういう時もっと登れたらなと思う。
(*中級者レベル)
見上げると、その柱にクライマーが取り付いている。壁があるとどこでも攀じ登るのがクライマーというものなのだろう。登る様子を見ていると、『てんしょん・おねがいしまーす』と日本語が聞こえてくる。海外に来てまで日本人の気配を感じると、異国情緒が薄れちょっとチョット残念な感じである。
登れそうなところは一通り登り終え、海を眺めながらしばらくのんびりしていた。日も傾いてきて暑さも和らぎ潮風が心地よかった。
もう一箇所くらい岩場を登ろうか迷ったが、ちょっと時間が足りない。ただ宿に帰るには時間がすこし早かった。それならば次の日のために岩場を偵察しようと別の岩場を見に行くことにした。岩峰の丁度反対側に登ってみたい岩場があったので、帰りがてら立ち寄ることにしたのである。
しかし岩峰は海に突き出しているので、その先に道はない。裏側に回るには一旦半島の付け根の船着場まで戻り、さらに森の中をアプローチする必要がある。それだと大きくぐるっと遠回りすることになるため、あまりに時間がかかりすぎる。
直線距離は近いのでなんとかしたいところだが、実は裏側に回る簡単な方法が一つだけあった。クライマーのトポ*に、なんと『この洞窟は通り抜けられる』と書かれていたのである。しかしこの洞窟を抜けるのはやや困難であることが予想された。1回目にプラナンに来たときに興味本位で洞窟を通り抜けようとしたが、その時かなり迷ったからである。
(*岩のルートや、そのルートにたどり着くための地図情報)
大体トポで紹介されているような道なんて、クライミングができる人向けの道なので期待出来ない。えらい急斜面や崖沿いを歩いたり、ロープが必要な場合もある上に、説明も詳細なことが書かれておらず迷うことも多い。
トポに書かれていたのは以下の文章だった。
Starting at the top of the first bamboo ladder, go straight to the back of the room. Look to the right side to find a small room with ladder. Climb up into the next room and find a third ladder at the back of the room. Now you can already see the light coming in from your exit cave. There is an abseil anchor in this cave allowing you to descend to the bottom of Thaiwand wall.
(まず最初の竹梯子を登ったらまっすぐ奥へ。右側に梯子のある小部屋が見つかる。次の部屋によじ登ると、奥に3つ目の梯子が見える。そしたら出口の明かりが見える。懸垂の支点があるので、タイワンドウォールの下部に降りられる。)
目の前の威圧的な巨大洞窟の風貌からすると言葉足らずで頼りない。某有名ルートセッターが、この洞窟ルートを抜けていったという話を聞いたことがあったが、雑誌のコラムで『フォールして、後頭部にスポッターの膝蹴りをくらった』とか武勇伝を書いている人なので油断できない。
それでも目の前にでっかい洞窟があると通りぬけてみたくなるというのは人の心情というもの。ヘッドランプも用意しているし、懸垂下降の装備もある。今年はトポを一字一句読み込み、いざ再チャレンジすることにしたのであった。
さて、巨大洞窟の床面は高い位置にあるので、はじめに竹梯子を登っていく。お手製の竹梯子で、ミシミシ、グラグラするけどそんなに古いものでもなかった。登りきると洞窟の入り口に立った。
巨大空洞の最初の部屋は、高さ30-40m、奥行き40mほど。下地は岩の凹凸でボコボコしているものの、細かい砂が積もっており歩きやすい。見上げるとはるか上空の天井から巨大な鍾乳石が垂れ下がっている。昔、ここでコウモリのフンを集めていた現地の人が落盤で死んでしまった事もあったらしく、狙われている感じで怖い。
トポには奥まで歩くと右側に梯子のある小部屋が見つかると書かれていたが、その小部屋は見つからない。逆に左の奥の壁に次の小部屋に通ずる小さい穴があった。中を覗くと梯子があったのでどうもこっちが正解のようだ。この時点でトポ情報にアヤシサが漂い始める。
穴をくぐって次の部屋に入り込むと、そこは直径15mくらいの小部屋だった。やはり下は砂地であり、天井からは小ぶりの鍾乳石が垂れ下がっている。内部は小部屋と小部屋が小さな穴でつながり蟻の巣のようになっているようで、奥の壁の穴から次の部屋に続いている。
さらに竹梯子を登って三つ目の部屋への穴をくぐると、完全な闇に包まれる。ヘッドライトが切れたら多分脱出は困難だろう。二人合わせて1200ルーメンのヘッドランプを持っていったので問題はなかったが、元来た道の方向だけは確認しておいた。
前の年にこの洞窟に入ったときはかなり迷った。途中出口の光っぽいのを見つけたのだが、そこへの道は、すべり台を下るような細長い穴だった。ゴミやヒトの足跡もあったので出口かと思ったが、方向的におかしい。
『ヒトの形跡もあるし、絶対この道であっている。下まで降りて確認してきてよ』
と相棒が言ったが、かなり急斜面でサラサラした砂が積もっている。しかもサンダルだったのでメチャメチャ滑る。バランスを崩したらそのまま加速して崖の穴からスポーンと飛び出すだろう。方向感覚的に怪しい感じがしたので結局やめたが、帰ってから調べるとやはり出口ではなく、ホオリ出される系だったので、やめといて本当に良かったと思った。
えらく狭くアヤシイところをくぐり抜けたりもしたが、一字一句トポを読み込んだかいがあったのか、光が差し込んでくる出口らしきものが見えた。光に向かって長い竹梯子がかけられていたので、おそらく正しい出口だろう。勝利の梯子を一段一段登ってゆくと、人の声がしてきた。
『あれっ!ヒトがいる。。。』
最後は懸垂下降で降りるという話だったので、結構高い位置に出るハズなのに・・・?
と思ったら、そのヒトはクライマーであった。どうも、マルチピッチルート*の中間点に出たらしい。下から上がってくるメンバーを確保して立て込んでいる様子だ。これは待たなければならないかと思ったら、『そっちのソレを使ってくれ』のようなことを言われた。クライミングの英語はよくわからないが懸垂支点でもあるのだろう。指し示された先を見ると人間の頭くらいあるリングが設置されている。
*何十メートルもある岩壁を、ロープの長さを1ピッチとし、複数のピッチに分け登るルート
とりあえずセルフビレイをとって下を見下ろしたが、リングが大分奥にあるので引っ張られて見ずらい。でも下にはクライマー達がいるような感じで下手にロープを投げると、油断している人にあたってしまいそうである。でも見えないものは仕方ない。当たったら当たったでごめんなさいと『Rope is Falling!』と大声で叫び、おもむろにロープを投げた。幸いにも人には当たらず、そして無事懸垂して安全地帯に降り立つことができた。
さて、岩の様子を見ようと周囲を見渡すと、なんだか周りから日本語が聞こえてくる。よく見るとそこには日本人集団がたむろしていた。しかも皆律儀にビレイグラス*を付けているという、やや異様な光景が広がっている。なんとなくその場にいたくないなぁと思い、その場はそそくさとその場を去った。
(*剥き出しのプリズムのついたメガネ。正面を向きながらも上方のクライマーを見ることができる。)
途中、他の岩場の偵察をしながら、海岸まで降りて船で宿まで帰ったが、振り返ってみれば、なかなか楽しい寄り道であった。近道をしただけとはいえ、人の手が殆ど入っていない生の洞窟を通りぬけるという体験もなかなかない。
旅をしていると、今までに見たことのないような自然に出会い、いろいろな形で遊べるものである。全てを遊びつくことはなかなか難しいが、まだ見ぬ世界への好奇心を大切に、旅することを続けていきたいと思う。
写真1:半島の先端の岩峰。岩峰下部右側の三角の影が洞窟
写真2:岩峰でのクライミング。Escher wall : Goodbye Salvador 6a+
写真3:洞窟内部。入り口の部屋
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