海外の自然を見にバックパック一つで旅に出る部員も多く、自分も先輩達の背中を見て日本を飛び出して行った。
そんなワンダーフォーゲル的な魅力を感じる国の一つに、オーストラリアが挙げられる。砂漠地帯のエアーズロックや、色とりどりの魚が泳ぐ珊瑚礁のグレートバリアリーフ、熱帯雨林の森のダーウィンなど、自然が好きなら一度は訪れてみたい土地がたくさんある。
日本に比べると生息する動物の種類も多く、カンガルーやコアラを始めとした有袋類やカモノハシのような単孔類など様々で、旅の中で目にする機会も多い。
私は動物が好きなので、野生の動物を見ることを目的の一つにオーストラリアを幾度か訪れた。
オーストラリアの動物で代表的なのは、なんと言ってもカンガルーだろう。道路をピョンピョン横切ったり、郊外で草むらからじっとこちらを見ていたり、路肩に死体が転がってたりもする。
現地では珍しい動物ではなく、日本で言うところの鹿くらいのイメージかもしれない。
ツアーではカンガルーの肉のBBQが出てきたりするので、まぁ希少性もへったくれもない。これはネタ的なものあろうが、肉は固くてジビエ臭が強くて美味しくなく、同時に出てきたワニ肉の方が鶏肉のようで美味だった。
Platypusでお馴染みのカモノハシも有名だが、個体数が少ない上に臆病なので、カンガルーと比べると会えるチャンスが非常に少ない。
彼らが住む沼に連れて行ってもらったのだが、果たしてガイドさんが指差した沼の湖面に見えたのは、楕円形の黒い物体でしかなく、しかも一瞬のうちに消えさったので、一体何を見に来たんだ感満載であった。
それでも
『一度は全貌を見てみたい』
と、別の機会にシドニーの水族館にわざわざ見に行ったのだが、水族館のカモノハシもこれまたシャイな奴で、そのほとんどは水の底に隠れてじっとしていた。
時たま息継ぎのために水面まで上がったかと思うと、瞬く間に水の底の影に隠れてしまう。
まぁ、一応泳いでいる様子はちらちら見られたので、カモノハシ見たい欲はとりあえず満たされた。。。
オーストラリアでは色んな動物を見たけれど、中でも特に印象に残ったのは野生のペンギンである。
彼らを見たのはカンガルー島だ。そこはオーストラリアのガラパゴスとも呼ばれる野生動物の楽園であり、カンガルーやコアラをはじめ、アシカやオットセイ、ペンギンなど海の動物達が多数生息している。
東京都の2倍ほどの広さのこの島は、大陸南東部のアデレードの南に位置するが、氷河期のころ海面上昇で大陸から切り離されたため、この島独自の固有種が多いのだと言う。そして南極に近いせいか、極地にいそうな動物たちも見られる。
きれいな砂浜のビーチに行くと、ニンゲン様が海水浴をしている代わりに、大量のアシカ様が気持ちよさそうにゴロゴロころがり、岩棚の海岸では、釣り人の代わりにオットセイが日向ぼっこしたり泳いだりしている。
海岸でのんびりしているとカンガルーが通り過ぎてゆき、林道を走っていると路肩に人間の頭ほどの大きさのトゲの塊、エキドナと言うハリモグラがモゾモゾしている。
ヒトの世界に『動物も』住んでいると言うより、『ヒトも動物も』住んでいるような感じがする島である。
さて、野生のペンギンを見たのは、フェリーの港となっているペネショーの近くの海岸であった。
昼間漁に出かけたペンギンが、夜、巣に帰ってくる様子が見られるのだが、アシカや、コアラの煌びやかさに比べると地味な存在で、旅行ガイドで小さく紹介されている程度だった。
近くに民家のある、なんの変哲もない道路脇の海岸に巣があるのだが、近くの道路には、黄色いひし形の『動物注意』の交通標識に、ペンギンのシルエットと『Beware Penguin』という文字が書かれ、ちょっとした存在感をアピールしている。
たまたま、その近くに宿を取ったので、夕方、散歩がてら見に行った。
海岸の入り口は保護のための柵があり、ボーイスカウトのような格好をしたお爺さんレンジャーが一人立って受付をしている。
メジャーなアクティビティでもないので集まるヒトも少なかったが、10人程度集まると、何もない真っ暗な海岸に明かりもつけずに案内された。明かりをつけないのはペンギンを驚かせないためである。
時間は夜の8時くらいだっただろうか。海はおだやかであり、暗闇の中で静かな波音だけが聞こえていた。
しゃがんで静かに時を待っていると、波に混じって微かに海面がばたつきはじめた。そして、あれよあれよというまにペンギンたちが波打ち際に姿を現していく。
お爺さんレンジャーが動物を驚かせないための赤いライトをつけて照らしてくれた。そこに浮かび上がったのは体長40cmほどの、水族館でよく見かけるフェアリーペンギンという小さな種類で、その数は30-40羽くらいに及んだ。
するとペンギンの上陸に呼応するように、生き物の気配のなかった岩場の影から鳴き声が聞こえはじめる。どうやら親ペンギンの帰りを察した子ペンギンたちがざわめき出したようだ。
しかし、海から上がってきたペンギンたちは波打ち際で立ったまま動かない。5メートルほどの距離で見てたのだが、我々にビビって動けないのである。なんだか誰が最初に行くか躊躇している様だ。
しばらく波打ち際に整列していた親ペンギン達だったが、ついに勇敢なる1羽が突進していった。
すると、それについてゆけと言わんばかりに他の親ペンギン達も巣の方にペタペタ小走りしていく。
社会学で『リスクのある新分野に最初に挑戦する人』のことを転じて『ファーストペンギン』というが、これぞ正真正銘のファーストペンギンである。
すると、そんな親ペンギン達に呼応するように、岩場の影から何羽もの小ペンギンたちが飛び出してくるではないか!
小ペンギンは親より大きく、しかも毛が抜けかかっていて、そして貪欲な感じであんまり可愛くない。
そんな親ペンギン軍団と子ペンギン軍団は、お互い向かって小走りしてゆき、そして渾然一体となり、あたり一面ペンギンだらけとなって、大騒動となる。
ペンギンたちは、人混みならぬ『ペンギン混み』をかきわけながら、お互い自分の親や自分の子を見つけ出し、お腹を空かせて待っていた子に、親はとってきた餌を与えるのである。
人間から見ると、みんな同じ顔にしか見えないので、暗闇の中でよくぞ自分の親を見分けられるものだなと思う。
後で調べてみると、見た目ではなく声で聞き分けるらしい。親は卵を温めているときから、自分の声をヒナに聞かせ、自分の声を教えるのだそうだ。
でも中には”自分の親でないペンギン”を追い回す、おかしな子もいる。
『ウチノ子ジャナイ!!』
と親ペンギンが逃げ回り、グルグル回って追いかけっ子している。子供のほうが大きく貪欲なので、はたまたから見ると親が子に襲われているようにみえる。
しかし、それは親を間違えていたのだろうか・・・?
ひょっとすると親が狩の途中で死んでしまい、帰って来ないので、違う親に餌をねだっているのではないか・・・?
一見滑稽に見えるその追いかけっ子の中に、自然の厳しさのようなものが透けて見えるような感じがした。
やがて、ペンギン大騒動も静かになってゆき、彼らの一日が終わっていった。。。
次の日も散歩がてら見に行ったが、やはり、海に魚を取りに行った親ペンギンたちは、夜になって帰ってきて海岸で整列し、小ペンギンと大騒動して、そして一日が終わる。
ただ、ただ、それだけのことなのだが、どこか印象深いものがあった。
この文章を書き始めた時は、カンガルー島では今も変わらず、動物たちの営みも同じ様に続いているものだろうと思っていた。
しかし、カンガルー島についてあらためて調べていると、悲しいことに、訪れた時の面影はなく、変わり果てた姿になってしまっていることを知った。
2019年から2020年にかけオーストラリア全域で大規模な森林火災があったのはニュースで小耳に挟んでいたが、カンガルー島も例に漏れず島の面積のほぼ半分が焼け落ち、壊滅状態となってしまっていたのだ。
もともと少雨で乾燥している土地であることに加え、近年の温暖化による高温の影響により燃え広がりやすい環境に変化したからなのだそうだ。
最も被害を受けたのは西側の森林地帯で、そこに生息するコアラやカンガルーなど多くの野生動物が犠牲となった。その個体数も激減し、一部の固有種は絶滅の可能性が指摘された。
住処や食料となる森の大半は焼失してしまったため、運良く難を逃れることのできた動物にとっても、生きてゆく上で厳しい環境となってしまったのである。
消失した地域を見る限りは海の方までは火の手は及んでいないようだが、あのペンギンたちは無事だったのだろうか?
私が眠りにつく時、今でもカンガルー島のペンギンの親子は巣の中で夢を見ているのだろうか?
そんな想像を巡らせている時、ふと詩の一文を思い出した。
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カムチャッカの若者が きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は 朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が ほほえみながら寝返りをうつとき
ローマの少年は 柱頭を染める朝陽にウインクする
(谷川俊太郎「谷川俊太郎詩集 続」思潮社 より)
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現在、カンガルー島は復興のための活動が行われており、再生に向けて歩み出している。
しかし焼け焦げた木々の点在する荒涼とした景色の写真をWebで見ていると、まだまだ時間がかかりそうだ。
いつの日になるのか分からないが、また島がかつての楽園に戻ることを願ってやまない。
動画再生時間:2分
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