右足を乗せている土の出っ張りが今にも崩れ落ちそうで、左手で掴んだ頭上の小枝に自重を預けながら、右手は竿と3匹のイワナが入ったビクを地面から浮かせるように持ち上げて居るのだが、どうにも3.9フィートのルアー竿の穂先が隈笹をはじめとする生い茂る草に行く手を邪魔されて思うように成らない。
右手側は切れ落ちた斜面で、足下10m程下に渓の流れが白くのたって居るのが見える。大岩で形作られたその流れは一段落ちるごとに小さなプールを形成して居て、その水溜まりから今までの流れを無視するように、全く角度を変えて更に下へ流れを放出している。水量が多いわけでは無いので、しぶきが上がるほどでは無い。
蜘蛛の巣がそこら中に張り巡らされて居る事から、暫くは人間がここを通っては居ないと言う証に成るのだが、だからと言って明瞭な踏み跡が有るわけでも無い。
目の前には、足下から続く流れが自分の目の高さと同じにまで、白泡を立てながら岩の間を流れ駆け上がっている。目の前の水線に行きつくには山の斜面が不安定過ぎて水平には移動できない。仕方なく体をくねった蔓の間にねじ込んで3mほど斜面をよじ登り、そして手元の隈笹を3本か4本束ねて手の平で掴みながら、フェルト底の沢靴を滑らせながら再び谷に降り立った。
はじめて来るこの渓には、そのすぐ先に魚留めと成る大滝が有った。
滝の落ち口から頼りなげにしぶきと散った流水は滝つぼを深く穿つことが無かったのであろう、水を湛えたその釜は広さこそ有るが、水の色を青く変えるほどの深さを持って居ない。
落ち口から滝つぼまでの高さは20m、滝つぼの幅は20m、奥行きは10m、深さは2m、いずれも目測に過ぎない。水流は滝つぼの左右の中央よりやや左手寄りに落ちている。沢登りをしていれば何処にでも在りそうなよく見る滝だろう。
これまでに釣ったイワナを入れたビクを、流れの中に放り込んで新鮮な水に入れ替える、苦しそうに横たわっていたイワナは直ぐに元気を取り戻し、背中の模様を天に見せた。水がこぼれない様に慎重にそのビクを足元の岩の上に置いてから、あらためてじっくりと滝つぼを眺め直す。
さあ、ルアーの一投目は何処へ投げよう?数釣り狙いならまずは比較的浅い方の右側だろう。大物狙いなら滝の流心が落ちている左手の深みだろう。
その場所で一番の大物は、餌を捕食するのに一番良い場所に居座っている筈で、左手の深みはまさにそんな風に見える場所だった。ここは一発大物狙いで後者を選んだ。
なんてこった!せっかく意気込んで一投目を決めたつもりが、ルアーは狙った場所の更に左手の奥の岩の上に飛んでしまった。
気を取り直してルアーを少し引き戻し水面に落としてから、動きを付けながらリールをゆっくりと巻く。すると黒い魚影が数匹元気にルアーに絡んでくる。クンクンと竿先を叩くような感触が伝わり、竿を少し立てて合わせを入れる。上がって来たのは黒く見えた大きな魚影では無かった。
暴れる岩魚から慎重に針を外してビクに入れる。
ルアーに着いてるアイの曲りと潰れを見て、ベリーとテールのシングルフック(針)の動き具合を確かめてから次の2投目の竿を振る。今度は狙い通りの場所にキャストできた。
1.2.3とカウントしてルアーを沈め、滝つぼの水底近くを引いて来る、少し大きめに竿を立て直ぐに竿を下しながら糸ふけを取るためにリールを巻くジャークと呼ばれる動作で渓魚をルアーをくぎ付けにする。4度目ほどに竿を立てた動作で再び当たりが来た、水中でイワナが暴れる時間を短くするために素早くリールを巻く。
3投目に投げたルアーは深みから手前の駆け上がり近くまでイワナを掛ける事無く戻って来たが、その途中水面に良型のイワナの暴れた勢いで水面の水が湧きたった、しかし黒い影は再び深みへ帰って行った。代わりに上がって来たのは23cm程のイワナだった。
先ほどの良型が見えたラインを少し休ませるために一番右手の浅場にルアーを入れると、小さいながらも良く引くイワナが上がって来た。
3投ほど右手の浅場で遊んでから、次は左手も試してみる。どこを狙っても必ず釣り上がって来るような感覚だ。他の釣り人が永らく入って居ない証拠だろう。
場を休ませた中央の深みを狙い直すと、今日一番の良型が上がって来た。思わずメジャーを取り出してサイズを測ると29cmだった。尺までもう少しだったな。
気が付けばこの滝つぼで10匹のイワナを釣っていた。今日はこれで帰ろう、もう十分だろう?。
この10匹は、イメージ通りに狙って釣ったイワナに思えて満足できた。人慣れしてない初心な渓魚相手に大人気ない気もちらとする。
滝の前でルアー竿を仕舞い、リールもザックに。タモは小さくたたんで収納袋に入れた上でザックに入れた。イワナはジップロックに入れた上でもう一つ違うジップロックに2重に入れてから、凍らせた500ccのペットボトル入りの保冷バックに収納して温度が上がらない様にした。その分ザックは重い。
妻が作ってくれたユカリの混ぜご飯で作った大き目のおにぎりを食べながら、この場所での釣りがこのシーズンで最終となる寂しさを味わった。明日から禁漁期間に入って仕舞うので、来年の3月1日まで漁は出来なくなる。
来るときにもがいた藪漕ぎの通過は、両手が自由に成ったのでかなり楽に成ったが、よくもまあこんな場所を通ったもんだ。4時間かかって釣り上がって来た渓を1時間と少しかかって降りて今日を終えた。
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