雨中、キタダケソウの山旅
- GPS
- 26:33
- 距離
- 13.0km
- 登り
- 1,931m
- 下り
- 2,067m
コースタイム
7月1日:御池小屋4:00-5:36小太郎尾根合流点-6:24肩の小屋ー7:16北岳山頂ー7:38八本歯ノコル分岐-8:01トラバース道分岐ーキタダケソウ撮影ー8:15トラバース道通行止め地点-8:36八本歯分岐ー9:06北岳山頂ー9:40肩の小屋10:20-11:50御池小屋12:30-14:20広河原バス停
天候 | 6月30日、晴のち曇り 7月1日、雨 |
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過去天気図(気象庁) | 2012年06月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
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コース状況/ 危険箇所等 |
登山道には残雪はほとんどなく、御池小屋から草スベリの登りはじめなどで残雪の上を歩く場所があるが注意して歩けば危険はない。今年は二股から八本歯ノコルへの雪渓は雪が多く、アイゼン、ピッケルが必要といわれた。また二股から下流は通行禁止になっている。キタダケソウが存在するトラバース道周辺に向かう稜線(八本歯ノコル分岐)からの道は残雪もなく、通行には問題はない。 |
写真
感想
今年最後のチャンスと思い、思い切って北岳に向かった。第一日目の6月30日はなんとか天気が持ち、偶然、山開きと重なった。山開きに参加するのは初めて。蓑を身にまとった明治時代のガイドの衣装をつけた主催者らとともに献花や行進に参加、撮影した。会場前にはお蕎麦と桃の無料提供、これには助かった。二時間のバス旅の疲れを取り、エネルギーを蓄えて、いざ出発。バス車中で話をして同じような目的(キタダケソウ)とコース(御池小屋土まり)のA氏と行動を共にすることになった。
11時20分頃、野呂川にかかる橋を渡り、初めはゆっくりと歩き始め、二股分岐を越えると次第にリズムに乗り、スタートは好調。花の撮影で休憩しながら約一時間半で急登を終えることができた。そして1時半過ぎに白根御池小屋に到着。小屋にチェックインし、着替えをして着ていた物を干して明日に備えた。ビールを飲みながらA氏と昼食を取っていると次第に雲が増え、気温が急に下がってきた。寒いので中に入るか散策するか考え、二股まで行ってみる。ニリンソウ、ミヤマキンバイ、シナノキンバイ、キバナノコマノツメ、ヒメイチゲなどを撮影。二股には数人の女性ハイカー、やはりバスで知り合った人もいた。大樺沢の残雪は多く、十分な準備と装備がないとリスクが大きそう。右股の登山道はアイゼンなしでも歩けるらしいが、雪とガスでコースが見えない。
夕食をたっぷり食べて明日に備える。
開山祭との関係で芦安ファンクラブ主催のキタダケソウ登山が明日開催されるため、関係者、参加者が大勢宿泊している。さらに夕食後、日本で唯一キタダケソウを研究している名取俊樹氏の講演があった。ラッキー!開山祭のみならず、キタダケソウの唯一の研究者の話まで聴けるとはーー。話は高山植物がいかに氷河期に日本にやってきたのか、間氷期の現在までなぜ、そのような高山植物が日本の高山に残ったのかなどから始まり、キタダケソウと他の高山植物との違い、なぜ北岳だけに見つかったのか?近縁種のヒダカソウや母種といわれる北アジアとの関係、地理的気候的な背景などの話があった。キタダケソウは同じキンポウゲ科のハクサンイチゲなどと比較して、多雪を嫌い比較的乾燥した冬を好む。また南アルプス、北岳周辺は日本海側の北アルプスや東北の高山などと比較して雪が少ない上、強風で雪が飛ばされるので冬には氷点下20度まで地温が下がる。それでもキタダケソウは死滅しないという。またキタダケソウの周りにはイネ科の植物がよく繁茂しており、それが保温効果をもたらしているらしい。農業で言うマルチにようなものだろう。 翌日の悪天候がなければもっと周囲をじっくり観察できたのだがーー。
冬の多雪による湿潤な冬は日本海要素と呼ばれ、多くの高山植物が日本海側でよく見られるが、キタダケソウは冬やや乾燥した太平洋側の北岳でのみ見られ、近縁種のヒダカソウも北海道のアポイ岳でのみ見られ、ここも太平洋側だ。北アジアで母種があるように、おそらく氷河期には当初キタダケソウは雪がやや少なく、乾燥した高山や寒冷地に見られたものの、氷河が後退して北岳で孤立し、他の地域は死滅してしまったようだ。多雪と冬湿潤という条件が出てくると、ハクサンイチゲなどそうした条件によく適応する植物に取って換わられたようだ。キタダケソウはそれだけ貴重な自然の財産であり遺産であるから、何とか大切に守りたいものだ。また名取氏の一番美しいと思う花は大樺沢に大群落を作るミヤマハナシノブだそうだ。赤石山系と飛騨山系のみにみられるものらしい。一度大樺沢を歩いてみてみたいものだ。
なお高山植物と地質との関係もお話されたが、参考としてwikipediaの高山植物相の地質との関係の記述を載せておく。
石灰岩地の高山植物
日本で石灰岩地が見られる高山は比較的少ないが、赤石山脈の北岳や光岳、飛騨山脈の白馬岳、清水岳などが挙げられる。また北海道の崕山や大平山などの石灰岩地は、標高1000メートルを少し超えた程度の比較的標高が低い山でありながら、高山植物が多く見られることで知られている。
石灰岩地の高山植物は、乾燥しやすい土壌のために多肉植物が多く生育することが知られている。また北岳にはキタダケソウを始めとする、古い時代に日本にやってきた種の生き残りと考えられる種が多く見られることで知られ、崕山と大平山に分布するオオヒラウスユキソウなどの固有種が分布するなど、日本の石灰岩地には貴重な固有種である高山植物が分布することが知られている。
またキタダケソウ属の植物は、日本やその周辺では石灰岩地である崕山にキリギシソウ、サハリン中部山地の石灰岩地にはカラフトミヤマイチゲ、かんらん岩、蛇紋岩地である北海道のアポイ岳にはヒダカソウが分布し、その他、石灰岩地やかんらん岩、蛇紋岩地ではないが朝鮮民主主義人民共和国にある冠帽峰の花崗岩地にはウメザキサバノオが分布している。このようにキタダケソウ属の植物は、東アジアにおいてはそれぞれの自生地がお互い遠く離れた山地に隔離分布をしている。キタダケソウ属の祖先は古い時代に日本やその周辺の東アジアにやってきて、現在は主に石灰岩地やかんらん岩、蛇紋岩地のある山地に遺存しているものと考えられている
(wikipediaより)
講演のあと名取先生に直接お話を伺った。なぜキタダケソウの研究者が他にいないのか尋ねると、若い研究者は北岳のような奥地のアクセスが大変な場所に重い機材を運んで研究するというようなことを好む人はいない。早くたくさん論文を書いて業績を出さないと研究者として自立できないので、アクセスの容易な場所を研究場所にする人が多いというのは、なるほどという感じ、残念な現実だ。また名取先生は元国立環境研究所で高山植物への温暖化の影響の研究などにも参加されていた。検索するとその研究が最初に出てくる。
講演後、部屋に戻り、サブザックに雨具やカメラ、水と行動食など必要なものだけをつめて8時消灯。A氏も不要な荷物をまとめて小屋に預けることにした。明日は雨と覚悟をしていたが小屋のスタッフは朝は晴、後雲が出て昼から雨という。しかし信じられない。
早朝3時半頃起き出し、外に出てみる。雨はまだ降っていない。朝食用のお稲荷さんと太巻きを少し食べて4時前に出発。A氏と草スベリに挑戦。雪渓を少し登って急な登山道に移る。4時20分、太陽が鳳凰三山の後ろから出はじめる。雲で光が少ししか届かない。さらに20分余り登ると吊尾根が見え、曲がったダケカンバが茂っている。このダケカンバは標高2750m付近の二股右岸コース分岐まで続いている。その上は這い待つが主体の高山帯になる。南アルプスは他のアルプスより南に位置し、太平洋が近いためか、比較的森林限界が高い。振り返ると鳳凰三山が雲の合間から大きく見えてきた。オベリスクが見える。富士山もガスの中から見えてきた。ミネザクラ、ショウジョウバカマ、コバイケイソウ、シナノキンバイなどを見ながら小太郎尾根に出る。残雪があった。稜線では最初にハイマツ上部にキバナシャクナゲの群落を見て、さらに風衝草原の代表的な高山植物であるチシマアマナ、オヤマノエンドウ、イワウメなどを撮影。雪田斜面や雪田付近に生えるシナノキンバイも。北だけに近づくと雨が降ってきた。雨具の上着だけ身につけて歩くが、ガスで先が見えない。なんとか肩の小屋に到着し、一休み。雨具を干し、暖を取って雨具のパンツもはいて出発準備。稜線は雨のほか冷たい風が吹いて体感温度が下がっている。帰りには小屋で暖かいものを食べることにしてとりあえず山頂に向かう。雨と風とガスの中、何とか山頂に出てすぐにキタダケソウの咲く八本歯ノコル分岐に向かって下っていく。分岐に出ると大岩にハクサンイチゲ、オヤマノリンドウ、イワウメ、ミヤマキンバイ、ミヤマダイコンソウ、イワベンケイなどのほか、チョウノスケソウが咲いていた。うれしい限り。
撮影をしてから雨とガスの中、八本歯ノコル、トラバース道に向かって下り始める。少し下ると待望のキタダケソウが現れはじめる。他のハイカーも撮影をしている。キタダケソウが出てくるとなぜか雨が収まる。撮影しながらさらに下る。トラバース道に入るとキタダケソウが左の谷側に見えてきた。しかし御池小屋の人が行っていたようにキタダケソウは終盤で、ハクサンイチゲが増えて、まだら状になっている。これは止むを得ない。キタダケソウを見て、撮影ができただけでも僥倖だ。しかも昨夜はキタダケソウの研究者の話も聴けた。こんなラッキーな山行も滅多にない。次第に雨も強まり、キタダケソウ、チョウノスケソウ、オヤマノエンドウらに別れを告げて下山態勢に入る。しかしまず北岳を越えねばならない。雨と風、寒さの中なんとか9時半過ぎに肩の小屋に戻る。雨具を乾かし、ラーメンで体を温める。小屋の中には大勢の女性ハイカーがストーブの周りに集まり、四方山話に花を咲かせている。御池小屋で見た顔が多かった。少し体を温めて10時20分、御池小屋目指して下山開始。体が冷えて少し頭痛がする。12時までに御池小屋に戻れば広河原3時のバスに間に合うだろう。小太郎尾根分岐から草スベリを下る。途中何組も抜きながら12時10分前くらいに小屋に到着、雨具などを小屋の外に干し、着替えをして荷物をまとめた。食堂で温かいお茶を飲み、少し補給して最後の下りに向かう。小屋では芦安ファンクラブの人々がキタダケソウ登山から戻ってきて、昨日顔見知りのリーダーのお一人と挨拶し、12時半少し前に出発。
雨足は強まるばかり。辛抱してひたすら下る。一時間半くらいで二股への道の分岐に出て、長かったキタダケソウ登山も終わりに近づいた。途中、何組もの下山者を追い抜き、中にはふらふらになって下る人々も見かけた。また多くの登ってくるハイカーともすれ違った。これからでは大変だ。明日午後晴れるかもしれないとGPSのついたスマホを見ながらA氏はいう。晴れればよいがーー、確かに予報では午後晴マーク。今年の梅雨ほど、晴れ間の多い年も少ないだろう。無事バス停に着き、着替えをして甲府直行のバスに乗り込む。A氏とのコンビで、キタダケソウに至るまでの苦しく悪天候の山旅を何とか乗り切った。Aさんありがとう。
なおGPSが最初なかなか作動せず、スタート地点がかなり広河原から上った地点になっていることと、御池小屋から二股への散策は出ていないので悪しからず。
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