赤石岳-悪沢岳 〜この瞬間のために〜
- GPS
- 29:09
- 距離
- 53.7km
- 登り
- 4,663m
- 下り
- 4,848m
コースタイム
- 山行
- 5:16
- 休憩
- 1:26
- 合計
- 6:42
- 山行
- 5:05
- 休憩
- 0:39
- 合計
- 5:44
- 山行
- 4:39
- 休憩
- 0:10
- 合計
- 4:49
天候 | 8/10晴れ、8/11晴れ、8/12雨時々霧、8/13大雨、8/14雨のち晴れ |
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過去天気図(気象庁) | 2022年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
8/14(日)林道閉鎖状態にて畑薙白樺荘まで徒歩移動(5時間)。白樺荘より15時発毎日あるぺん号(10,000円)にて東京駅へ、20時30分着。 |
コース状況/ 危険箇所等 |
中岳と悪沢岳との間のコルから悪沢岳への岩場はストックを仕舞いましょう。丸山から千枚岳への岩場には梯子が架けられ、安全になりました。 |
その他周辺情報 | 椹島ロッジ 南ア南部の拠点。風呂やテレビ付きの部屋、レストハウスなど。食事も美味しい。コインロッカー(24時間300円)、夕食付き13,000円 赤石小屋 水場は小屋の前。ティーサーバーでいれた紅茶とチーズケーキ、美味しかった。小屋番さん素敵です。素泊り10,000円 荒川小屋 水場はちょっと遠いけど、晴れていればご来光望めるロケーション。「あるよ」の小屋番さん、親切だった。素泊り10,000円 千枚小屋 水場は小屋の前。乾燥コーナー有って助かった。小屋番さん、帰りの便の相談に乗ってくれた。夕食付き12,000円。 白樺荘 畑薙臨時駐車場から徒歩40分、入浴料510円、休憩室広く、食堂のメニュー少ないが料理は高品質。 |
写真
感想
3年前、荒川岳を目指した。けれども入山が1日遅く、予想以上に足の速かった台風を前に撤退するほかなかった。翌年、そして次の年、その山域の営業小屋はすべて休業、山行は叶わなかった。
今年3月、そのほとんどの小屋を管理する企業の発表があった。やっと再挑戦ができる。受付開始の6月1日、必要な宿泊予約を行い、日頃の行いを正して、大人しくその日を待つことにした。よもや再び台風に襲われるとは思わずに。
8月9日(火)椹島へ
午前9.時、静岡駅に降り立った。1時間後、静鉄バスの南アルプス登山線に乗り込む。快晴、乗客は10名ほど、いつかと同じ出だしに少し不安になったが、3時間のバス旅を楽しむことにした。
定刻どおり畑薙に到着、東海フォレストの送迎バスを待つ。ヘルメットをかぶり、マイクロバスに身を任せて椹島へ。午後3時過ぎには、個室の中に居た。レストハウスでのんびり読みかけの本を読む、一つ目のイベントをこなした。そして午後8時、横になろうとした時に仕事のメールが飛び込んできた。機内モードにするのを忘れていた。見なかったことにした。
8月10日(水)赤石小屋へ
天候は晴れ。ロッカーに着替えなどを預け、5時30分に出発した。心配していたとおり体は重く、何度も足を止める。こりゃ先月の男体山どころじゃないな、そう呟きながらゆっくりと進む。今回の山行は、毎日5〜6時間の行程だから慌てることはない。歩荷返しで帰りたくなったが、何とか小屋まで辿り着いた。
赤石小屋前には、飲料水と手洗水のサーバーが別れて置いてある。コロナ対策は徹底されており、館内は清掃が行き届いている。昼食後、食堂でチーズケーキと紅茶をいただくことになった。女性の小屋番さんは、ティーサーバーでダージリンをいれてくれた。窓からは赤石岳の雄姿が望める。怖いくらいに贅沢な時間に、危うく夕食を忘れてしまうところだった。荷を軽くするためにレトルトから手を付ける。
いつもどおり18時前に就寝、明日のご来光を祈りながら眠りにつく、はずだった。少しの出遅れが不眠の種になる。隣から地響きのような音がし始めた。一旦気になるともうどうにもならない。しばらくして頭と足を入れ替えたが、結局一晩中悩まされ続けた。
8月11日(木)山の日 赤石岳登頂の日
そんなこんなですっかり寝不足のまま、3時50分、小屋をあとにする。360度の眺望に恵まれた富士見平で黎明を堪能するにはちょうど良い時間なのである。果たして、その富士見平には4時30分に着くことができた。周囲の山々は未だ眠りについている。ふと東に目を向けると唯一無二の姿が静かに佇んでいる。雲は南に移るに連れ、朱から紫にそして橙に変化していた。間もなく山の日最初の光が射す。あらゆるものに感謝できる、かけがえのない時間が迫っていた。
とても静かだ。何度体験してもその瞬間を享受できることは、大きな喜びだ。もうあとはどうでも良い、とまでは思わないが、とにもかくにも贅沢な二つ目のイベントは、期待どおりに成し遂げられた。
その後はひたすら赤石岳を見上げながら歩く。一旦下り、急登。余韻は足取りを軽くさせていた。7時37分、赤石岳山頂に立った。いつだったかここに立ったような気がしたが、それはさておき、赤石山脈の盟主から望む富士の姿は美しく、しばらく無心で見つめていた。
風を避けるために避難小屋の方へ向かう。小屋前には多くの人がいた。なにやら騒々しい。聞けば、急に発達した台風が北上していて、金曜日には関東を直撃するという。まさに青天の霹靂、泣きそうになった。3年前とここまで符合すると、何やら意図を感じざるを得ない。そんなに日頃の行いが悪いのかなあ、ぶつぶつ言っていると、周囲からは、聖は諦めよう、椹島に下りよう、そんな言葉が聞こえ始めた。
私は、と言えばこののち荒川岳を目指すはずなのだ。きっと、たぶん、徐々に弱気になってゆく。そんなとき、TJARの一番手が現れた。皆拍手を送っている。あまりというか極端に関心が無いのだが、彼がスター選手であることだけは理解できた。そしてこの出来事が私を東へ向かわせた。単純さゆえの気の持ち直しである。
小赤石岳、大乗寺平を経て、荒川小屋に近づく。まだ10時半、このまま千枚小屋まで足を延ばせば、たとえ台風の到来が早まっても明日の対処がしやすくなる。しかし難所を疲労した状態で乗り越えられるのか、自問自答を繰り返しながら小屋に到着した。すぐに宿泊の手続きを始めた。(なんという、、、)気力、体力を総合的に判断した結果なのさ、自分に言い聞かせながらコカ・コーラを口にしていた。
昼前にはすでに食堂で本を開いていた。まだ富士山は眼前に佇んでいる。本日の贅沢な時間、台風のことなど忘れかけていた。それでも、どう見ても「あるよ」の田中要次にしか見えない小屋番に、「来ますかねえ?」不安そうに尋ねる。「来るよ」と言われそうだったので「やっぱりいいです」寝床へ戻る。
15時40分、コーヒーを淹れるが、薄く、失敗した。続いてコーンスープとクリームシチューで夕食、食料を使いきった。明日の荒天に備え、17時には横になった。
8月12日(金)荒川岳登頂の日
夜半、風雨強く、何度か目が覚めたが、体力は回復したようだった。4時前から動き始める。雨はまあまあ降っている。できるだけ進んでおきたかった。4時45分出発、昨日と違って森林限界以上だからすぐに明るくなる。お花畑で追いついた女性は、三伏峠に向かうと言う。この雨の中、あの大崩壊地縁を通って一気に鳥倉まで行くの?今年も只者じゃない女性と出会った。
やがて雨は小降りになったが、霧は晴れない。前岳、中岳を通過し、悪沢岳に迫った。予想どおりの岩場だった。乾いていても緊張を強いられるが、この状態だと難易度は少し上がるな、やけに余裕がある。もはや高齢者、ニュースにならないよう気を付けなければならない。
8時、悪沢岳山頂に立った。今山行の目的地である。昨年の農鳥岳のように、「3000メートルの静寂」は叶わなかったが、それでも3年越しの登頂は感慨深かった。計画ではコーヒーを淹れることになっていたが、この天候では致し方ない、千枚に向かおう。
丸山から千枚岳への間に存在する、垂直の壁にはハシゴが架けられていて、難易度はDからB程度にまで下がっているように思えた。千枚岳到着の頃、俄かに雨足が強くなった。思えば、3年前は左回りで歩いていたから、ここで引き返したのだった。今から思えば、あのときの悔しさなんて大したものじゃないが、「思い残し」はその後の原動力には成った。
千枚小屋には、10時20分頃に着いたが、続々と登山者が到着していた。団体の飛込みもあって館内はほぼ満員になったようだった。乾燥コーナーは、みるみるうちに雨具でいっぱいになった。17時前に夕食。久しぶりの山小屋ご飯は美味しかった。
それからしばらくして、小屋のスタッフから衝撃の言葉が発せられる。明日の送迎バスの運休が決まったと。とうとう椹島停滞。14日の動き方を考えているうちに眠れなくなってしまった。
8月13日(土)下山
3時20分に起き、4時5分に出発した。雨天の樹林帯、なかなか明るくならないが、道は明瞭、なんといってもこの道は3度目だ。雨は徐々に強まり、清水平に到着する頃には本降りになった。さらに遠くでは雷鳴が轟く。存在感のある岩場を乗り越えるが、ここからが長い。最後の1時間半は、わき目も振らずひたすら歩いた。林道へとつながる吊り橋は、稲光のあとすぐに駆け抜けた。今山行で最も怖い時間だった。
椹島ロッジには、コースタイムどおり9時に着いた。昨日からの連泊組が多く、乾燥室には既に雨具とザックが所狭しと並んでいた。ロッカーに預けていた荷を取り出し、レストハウスで山菜そばを食べながら下山届、新幹線のキャンセル、あるぺん号の予約などを行った。
宿泊手続きをした後、シャワーを浴びる。最もゆったりと、安堵に満ちた時間が始まった。登山をし、無事に下山し、独りの時間が得られたことに感謝した。17時夕食。品数多く、定評どおりの美味しさだった。
8月14日(日)畑薙へ
予報に反して強めの雨が降っている。送迎バスの運行見通しは立たず、夕べから考えている、畑薙までの6時間歩行を敢行することにした。6時45分発、林道をひたすら歩く。24キロメートル弱はやはり長かった。途中、大吊橋やダム湖を見ながら少しは気が紛れたが、単調な歩きは、昨年の両俣とは比べようにもならない。
雨は完全に上がって、強い日差しを受けている。結局、白樺荘には5時間後に到着した。珍しくまめが3ヶ所できている。一刻も早く温泉に浸かりたかった。
入浴後、予想外(失礼)に旨いカツカレーを食べてから休憩室で横になった。交通手段は、東京への直通バス、静岡へのバス、乗合タクシー、そして井川地区自主運行バスの4通りあったが、様々な理由から最も窮屈な直通バスを選ばざるを得なかった。
今年も夢のような時間を過ごせた。怪我も無く、心が折れることも無く、苦しさと楽しさに満ちた6日間だった。また来年もこんな日々が訪れるだろうか。マスクを付けながらふと考えてみた。
豆助に捧ぐ 14年間ありがとう
コメント
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実はお盆休みは私も悪沢岳を第一候補で準備をしていました。行けていたらバッタリお会いできたのかな〜、と思うと台風を恨みます。。。
でも代わりに素晴らしい絶景をkimichin2さんの写真で堪能させていただきました(^^)ありがとうございました!本当に素晴らしい旅、お疲れさまでした!
いつも様々なスタイルの山行レコを拝見し、凄いなあ、楽しそうだなあと思っています。
ruhasamanさんと共に歩かれているだけでも尊敬に値しますし、お子さんやわんことのほのぼの歩きを見ているだけで癒されます。
今回の登山では、様々な場面で自身の現在の能力を思い知りました。
トレーニングは続けていますが、加齢と共に徐々に体力が失われてゆきます。
過信せず、当たり前のように下山できるよう気を付けてゆきます。
優しいコメントをありがとうございました。
レコ拝見し、7年前の2015年8月に同じコース(時計回り)を死ぬ思いで縦走したときの記憶が蘇りました。
(*)初日、畑薙に自家用車で入山したものの、体調が芳しくなく、翌朝静岡の市街地に戻り、内科の診察を受け、風邪薬を処方してもらい、同じ日の夕方、再び畑薙に戻ったこと
(*)天候が悪く、荒川小屋で連泊したこと
(*)千枚岳の西側の岩場は当時はハシゴがなく、ここを下りで通過する人はすごい、と思ったこと
(*)自家用車のキーが見当たらなくなり、畑薙までバスで下山したのち、再び椹島まで往復、復路のバスがなかったので夜道を20キロ畑薙まで歩いてもどったこと
体力的にも精神的にもギリギリ、本当によくぞ無事に下山できた、というような山旅でした。
赤石岳山頂で、台風来週の報を耳にされ、そのまま縦走されたとのこと。当時の私は悪天予報でも縦走続行しましたが、今の私だったら台風と聞いただけで、赤石岳から椹島に一目散に下山したと思います。年齢を重ね、慎重(言い換えると臆病)になりました。
ともあれ、無事のご帰還なによりでした。お疲れさまでした。
そうでした。
7年前、私も聖岳に登っていて、ちょうど同じ頃、臨時駐車場に居ました。
それで当時、toshishunさんからコメントをいただいたのを覚えています。
苛酷な山行だったのですね。
今回は、3年前台風で撤退した山行の再挑戦だったこと、赤石岳で耳にした情報の真偽が定かでなかったことなどから、続行しました。
慎重派の私にしては少し「大胆」だったかもしれません。
自身の体力や経験を過信せず、これからも安全な登山を心がけようと思います。
コメントをありがとうございました。
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