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駅から鈴木街道を辿り、左折して新小金井街道に入ると、街道から大きく下がったところに鈴木小学校があり、街道反対側に遺跡資料館があった。資料館といっても工事現場のプレハブ小屋のような風情だった。
中には、目当ての黒曜石から作成した多くの石器のほかにも、鈴木遺跡発掘時の地層標本、縄文時代の大型動物を捉えた落とし穴の土壌標本もあった。鈴木小学校建設時に行われた調査で確認されたものだそうだ。
展示されている多くの黒曜石の原産地は、「蛍光x線分析」の結果によれば、現在の長野県、静岡県、栃木県、伊豆諸島にまで及んでいるようだ。旧石器時代にも物資の流通があったことに今更ながら驚いた。
旧石器時代には鈴木小学校の敷地は石神井川の源流だったようだ。たしかに急に落ち込んでいる地形からもかつて源流であったことを伺わせる。寒い気候の中少ない人数のグループが移動しながら暮らしていた後期旧石器時代、鈴木遺跡の場所は水や食べ物などを手に入れやすく複数のグループが出会う貴重な場所だったようです。その後縄文時代には水は枯れてしまい源流は下流に移動してしまったものの野生動物の狩場としては貴重だったようです。江戸時代に玉川上水が整備さると石神井川との高低差を利用して水車による火薬製造が企てられたこともあったようです。グーグルマップで確認すると石神井川上流端は現在小金井公園の北端に設定されているようです。
暖かくなってから桜でも見ながら石神井川上流部を含め再び鈴木遺跡資料館付近を再訪してみたいと思いメモを残しました。近くには武蔵野うどんを食べられる店も多いようです。訪れた平日の12:30頃近くの小平うどん店の外に数十人が並んでいましたが、時間を改めて再訪したいものです。
本記録の一部は、鈴木遺跡資料館で頂いた【旧石器時代の鈴木遺跡・令和3年3月31日・小平教育委員会編集】【国指定史跡・鈴木遺跡たんけんマップ・小平市鈴木遺跡資料館・令和3年3月31日発行】を参考にしました。
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