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内容は、青壮年時代の国内、国外の登山や老年になってからのマナスル登山の話しなのだが、文章に品位があり、秩父宮殿下とのヨーロッパアルプス登山などを含め全体に戦前の上流社会の紳士らしさが満ちていて、読んでいて心が洗われるようだった。
意外だったのは、立山遭難の件。著者にしてこのような遭難事故を起こし、目前で友を1人失っているとは、どんな登山家にも遭難は付きものかと今更ながら考えさせられた。一の越から天狗平を経て松尾峠へ下山する際の遭難の経緯、彷徨、死の模様が、当事者しか書けない迫力をもって詳細に述べられ、胸が熱くなった。
ヨーロッパ山岳会や若い頃一緒に山へ登った外国クライマーとの深い交流を縷々述べた最後の章に、次のように書かれている。
「老年というものは不思議なもので、互いに口には出さないが、また会うだろうかという懸念の陰がどこかに潜んでいた。そして昔はよかったという。」
ずしんと心に響いた。私の今の心境そのもの。離れて住む兄姉や知り合いに会ったときは、まさにこう思う。口には出さないが、心の中ではお互いにこう思っている。
本書は、1968年著者が74才のときに発行されたものだが、現代の水準に引き直せば80才に相当するだろうか。そうとすれば今の自分の年齢に当てはまる。いつの時代でも年をとって感ずることは同じだ。やれやれ、思えば遠くに来たものだ。若い頃は、ここまで辿り着けるとは思いもしなかったのだが。もう頂上は目前か。
と、感慨に耽っていても認知症予防にはならない。寒い時期あれほど悪かった体調は、暖かくなってから期待通りに回復してきた。この調子なら丹沢の大倉尾根も登れそうだが、ヒルはいるだろうか。
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