「のどがひどくイガイガするのよ。」
顔をあわせるなり妻が心配そうに言い出した。
2ケ月前に生まれた孫の顔を見るため息子の家の前で待ち合わせたときこと
かごの中で手足をバタバタし始めた様子が動画で送られてきたので、我慢出来ずに会いにきた。近所なのだが、コロナのためこれまで遠慮していたのだ。
「熱は?」
「ないのよ。」
うーん、微妙だ。
このまま引き返すべきだが、手土産に妻の作った肉じゃがを持参してきていた。折角だから料理を渡すだけでもとマンション入口のボタンを押した。
廊下ではすでに上の孫がニコニコ顔で待っていた。嫁さんが赤ちゃんを抱えて出迎えていた。
「どうぞ、どうぞ」
と勧められたが、妻は料理を渡すなりドアの外へ退き、自分は玄関へ一歩踏み込み息を止めて赤ちゃんの顔を眺めた。残念だが、二人ともすぐに引き返さざるを得なかった。
家に戻ったら妻の熱が上がってきた。
夕食もとらずに辛そうに早々とベッドに入った。
これはコロナに感染したのか、まさか・・・ワクチン接種は2回済ませているのに
念のため、寝る場所は自分の個室に移し、タオルは別々のを用意した。
それと寝室にはなるべく立ち入らないようにした。
他に対応策は考え付かない。
その夜、妻の熱が上がった。38度を超えた。
2日目、目を覚ました時も38度近かった。
どうしよう、どうしたらいいんだろう、二人とも自分たちは大丈夫と思っていたのに。
これだけ年を取ると的確な行動に移れない。
おろおろしているうちに熱が下がり始めた。何となくひと息ついたとき、先に知らせておいた娘から
「区の発熱センターへ連絡しなきゃダメよ!」
と強い叱責の電話がきた。
そうだ、そうすべきだったと気が付き、妻が自ら発熱センターへ電話したが、電話が繋がらない。何度かけても同じ。妻の掛かりつけ医は夏休み中、自分の通っている病院へも連絡してみたが、土曜日なので午前中で終わります、とのことで時間的に無理
その後、熱は上がってこないし、容体も一応安定したようなので、自分は午後のウオーキングに出かけた。
その留守中に息子が薬局で購入した検査キッドを持参し、手袋をはめて唾液を採取してくれ、その日に唾液を検査機関に郵送し、到着翌日に結果がスマホに送られてくるよう手配してくれた。気の利く息子だと感謝、自分では考え及ばなかった。自分の直感では、コロナではないと思いもう少し様子を見ようと思っていたところだが、もちろん検査してもらえるのはありがたい。
夕食を一緒に昨日の肉じゃがで食べたところ、味はちゃんと感じて美味しいという。昼には居間でコーヒーを淹れていたら、いい香りがすると起き出してきて、一緒に飲んだ。
3日目、朝には平熱に近く下がった。自分としてはこれで確信した。コロナではなく単なる夏風邪だと。ただ咳が出始め、これが止まらなくなった。せき込んでいかにも苦しそうだ。
4日目、妻が掛かりつけ医に電話したところ、来ないでほしいと断られたという(老医者1人だけで看護婦もいない医院だから無理もない)。仕方ないので、仕事の帰りに妻が普段飲んでいる風邪薬を買ってきて、とにかく服用してもらった。
5日目、妻の腹部いっぱいに発疹ができた。副作用だ。いままでこんなことはなかったのに、妻も年を取ったかとちょっと・・・ガックリ
「シロップの薬を買ってきて。」
妻が言う。以前、息子が激しい咳で困ったときに飲ませたら一発で治ったそうだ。
6日目、仕事帰りにシロップ薬を買った。夕食後に1回、就寝前に1回飲んだ。
夜に息子の依頼した検査機関から「低リスク」とのメールが届いた。陰性の意味だと解した。予想していたとはいえ安心した。
7日目、咳は依然として止まない。発疹も強くなった気がする。シロップ薬の服用を中止した。熱は、時々37度を超えたりして微熱が続く。それよりも咳のほうが苦しそうだ。コロナではないのでしばらく様子を見守ることにした。
だが、咳は一向に治まらない。そのため夜に眠れない。段々と妻の身体が弱ってきて、気持ちがひどく落ち込んできた。
「なんか別の病気かしら。」
いつも能天気な妻も沈鬱な面持ちだ。こんな弱気になるのはめったにない。結核かしらとつぶやいたりする。起き上がるのも億劫そうだ。
自分の頭の中にはちらちらよからぬ病名がよぎり始めた。
咳がとまらない、微熱が続く、・・・結核よりもっと恐ろしい病気かも・・・
11日目、月曜日になるのを待って、自分の通院している病院で診て貰うよう強く勧め、ためらっている妻を車に乗せて連れて行った。駐車場所がないので家で待機していたら、発熱外来へ回されPCR検査を受けさせられた、咳止めの薬はもらったと連絡があり、途中買い物をしてきたとやや明るい表情で帰ってきた。
12日目、翌日の朝、病院から検査結果は陰性ですと電話で知らされた。
これでコロナでないことはほぼ確定した。だけど今はコロナでなくて、ほかの病気が心配なのだ。昨日に続き今日も病院へ向かわせた。はらはらしながら待っていたら、呼吸器科の医師にレントゲンを撮ってもらい何も異常なしとの診断を受けて帰ってきた。ようやく本格的な病気から解放された。ほっと安堵した。
今では妻の咳は大分よくなった。だが全快したわけではない。夜中にせき込んで目を覚まさせると悪いというので、自分はまだ個室の床に敷いた薄いマットレスで寝ている。
背中の固い感触は、自然と山小屋を思い出させる。親切だった山小屋の主人、水晶小屋で同じ布団に寝た同年輩の東北人、明日は黒部五郎岳だと張り切っていたなあ、毎日いろいろなシーンを思い浮かべながら眠りに就いた。心が解放されてよく眠れた。
結局は、単なる夏風邪に過ぎなかったのだが、このご時世のため本当に大騒ぎになってしまった。
我が家のコロナ騒ぎの顛末です。長々とすみません。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する