|
|
警察施設の狭い玄関ホールには、受付開始30分前なのに受験者はすでに10人以上も集まっていた。自分も含め高齢者はさすが心配症で用心深い、5分前に着けばいいなどとは夢にも考えない。
時間になって玄関ホールに係員が現れ、あれこれ細かい注意をしゃべり始めたが耳が遠いのでよく聞こえない、まあいい、前回も受けているしやることは同じだと思っていたら、「今回はタブレットを使って行う。」と言い出したのでドキッとした。あれ、それはちょっと困るな、あれは苦手だ、宅配便でサインを求められる時に使ったことがあるが、自分の名前を素直に書けなかった、手の動きとは連動せずバラバラに文字が崩れてしまう。不安が湧いてきた。
説明が終わり、受験料1、050円を払って、部屋へ移るよう言われた。受験者15人中自分の番号は12番なので最後に近い、目の前の窓口で免許証を示してお金を支払うのだが、人によってずいぶん手際が違う。前もって免許証とお金を握りしめ、さっと係員へ渡す人もいるし、窓口で初めてバッグを開け、もぞもぞと財布を取り出し、またもぞもぞと免許証を探す人もいる。高齢者の常なのか、いや、若い人にもいるからなあ・・・などボンヤリしているうちに自分の番になった。
もちろんさっと終わった。指示された部屋へ移ったら自分の前の番号の2人が椅子に座っていた。試験場は定員9名なのでまだ入れずに待っているのだ、いま受けている人が出てくれば交替に入ることになる。別に急ぐ必要もないのだが、こうゆう待つシーンでは何故か焦ってしまう。待っている間もなんか落ち着かない。警察の施設とはいっても取り調べを受けるわけでないのだから落ち着いて、でもタブレットっていやだな・・・そのうち前の人が部屋から出てきて、すぐに試験結果を渡されて帰って行った。
やがて、12番の方は中へ、と声がかかった。ドキドキしながら部屋に入り、最初に渡された紙ばさみを係員に渡したら、3番の机にどうぞ、との指示、3番はどこだろう、一生懸命タブレットに向き合っているほかの受験者の机の間を通り番号を調べながら一番端っこの机に座った。
タブレットだ、画面には説明文が書いてある、熱心に読み始めたら、中段に「試し書き」という空白部分があったので傍らにあったタブレット用のペンを持ち上げ書いてみようとした瞬間、背後から「ダメダメ!」という厳しい声、「ヘッドホン付けなきゃダメでしょう!」女性係員に叱られた。見張っていたのだろうか
そうそう、そう言えばそんな説明を受けていたっけ、画面の文字に気を取られてうっかり忘れた。慌ててヘッドホンを付けたら声が聞こえてきたが、その間に女性係員は画面を次へ移動させて去ってしまった。ああ、タブレットペンの使い方に慣れておこうと思っていたのに
画面にはすでに例の絵が4つ並んでいた。ヘッドホンからは例によって記憶しておくようにとの声、1画面に絵が4枚づつ現れ、それが4画面に切り替わっていくので計16枚、画面がめくれるたびに、ああ、もうダメ、憶え切れない、せめて最初に出たキカンジュウと大好きなメロンだけはしっかりと頭に入れて、だけどこれは入学試験でもなんでもないし、2つしか回答できないからといって何も問題はないから、それで認知症の疑いをかけられることは絶対ないから、と自分を落ち着かせた。
それにしてもヘッドホンの声が不安を掻き立てる。
まづ4枚の絵の名前を順番に教えてくれた。
「キカンジュウ、コト、メロン、デンシレンジ」
なるほど、自分も順番につぶやきながら憶えようとする。
ところがそれが終わると、
「それではもう一度言いますね。」と親切ごかしに、
「メロン、キカンジュウ、デンシレンジ、コト」なんてさっき言ったのとは順番を狂わせて言っている。
これではもう頭が混乱する。4画面ともそれをやられてめちゃめちゃ、順番が乱れて頭を整理できない。(でも後で冷静に振り返ってみて、その方がかえって脳に刻まれたかもと思ったりした。どうだろうか)
絵の表示が終わり、画面は変わって乱数表が現れた。例のやつだ、数字がぎっしり無限と思えるほど並んでいる、このテストは好きだ。
ヘッドホンが命令する、
「並んだ数字のうち2と5を消せ」
目を皿にして夢中で2と5の数字に斜線を付けてゆく。数字はまかせて、自信あるよ、どんどん半分ほど進んだところで画面がフリーズ、もう終了か、もっと続けたいね
「次は1と6を消せ」
え、またやるの、面白いね、これも半分ほど進んだらフリーズ、終わった。
さあ、いよいよ本番だ、ヘッドホンがやさしく言う。
「さっき見た絵を思い出してできるだけたくさん書いてください。」
待ってました、と言いたいところだが、一挙に緊張してしまう。もう余裕はない、早く書かないと忘れてしまう、忘れないうちにと焦って急いで思い出すままランダムに書き殴った。
「キカンジュウ」、トップの画面は忘れない、次は、・・次は・・順番構わず思い出すごとにダダダーと書いていった、意外にも左欄8行はすんなり埋まった、わー、こんなに書けるとは、半分できれば上出来、と思っていたのに、・・・そうだ「クジャク」だ、あわてて書く、待てよ、動物がもうひとつあったな、何だっけ、・・・「ウシ」だ、・・あ、「トラック」も、・・・待てよ、キカジュウの隣には・・・「コト」だ、・・・さっき「クジャク」と「ウシ」が動物ペアだと考えたが、「メロン」とペアになる食べ物は、なんかあったな、・・・確かにあった、何だっけ、・・・エート、エート、・・・そうだ!「トウモロコシ」だ、ヤッター、我ながらすごい! 早く書かねば
あれ、書けない。
「はい、終了です。」
無情な声がヘッドホンから流れた。ああー、もうちょっと待ってくれてもいいのに
というわけで、当初は不安だったが、結果は上首尾だった。
「認知症のおそれがある基準には該当しませんでした。」
との結果通知書を貰って心安らかに帰途についた。試験という名のつくものにパスすると嬉しいものだ。
昼食を軽めに済ませていたので、途中とげぬき地蔵入口にある「伊勢屋」で大福を買い、オフイスに戻ってゆっくり食べた。「伊勢屋」の大福は下町の懐かしい味がする。団地住まいの若い頃は、これを食べるのが贅沢な楽しみだった。
更新は来年1月、お前、いつまでこんなこと続けるつもりだ?
そんな声も心の中から聞こえてくるけど、いや、まあ、なんとなく、そのうち・・・・
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する