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本書はその打ち切られた後の山岳遭難捜索についての様子が分かる奇特な本だ。
遭難の初期は要救助者は生きている前提なので、捜索活動は時間との戦いだ。一般的にはデッドラインは72時間と言われている(無論、要救助者の置かれている状況によって変わる)。本書のケースは捜索打ち切り後、つまりまず生還は望めない状況での捜索となる、時間も経っていて山の様子も大きく変わる。つまり、長期戦となる。
著者の中村富士美さんはもともと看護師で病院の外における医療について興味を持っていた所に、山岳遭難の関係者と面識を持ち、最終的にそういった団体を立ち上げたと言う。捜索の現場に足を踏み入れたら実際に遺体を発見してしまったらしい。
今年の1月に房総半島の高宕山で遭難事故が起きた。警察が3日かけて捜索したが見つからず捜索は打ち切られていたが、その数日後に民間捜索団体マウンテンワークス(本書の著者の立ち上げた団体とは別)が遺体を発見したとの報道がなされた。HPを見たらやっぱりクライマーだの山岳ガイドだの山岳救助隊OBだの山の玄人の他、ドローンオペレーター数名、山岳救助犬まで紹介されていた。著者の団体LiSS(リスと読む。マウンテンライフサーチアンドサポートの略)は比較的新しい団体のようだ。
他にもそういう団体や組織はあるのだろう。
本書で紹介されたケースは棒ノ折山、飛竜山、秩父槍ヶ岳、丹沢、皇海山、巻機山の7ケースが紹介されている。
捜索活動をするにあたり、遭難者のプロファイリングを綿密におこなう。当日のスケジュールも服装も分からないでは探しようがない。最近はこういうヤマレコやYAMAP等含めたSNSで情報発信している人が多いのでそこから探る。ネットで登山用品等購入してないか洗い出す。新しく買ったらすぐに使いたくなるのが人情だ。性格はイケイケか、慎重派か。残された所持品や家族の言葉が大いに参考になる。つまり、初動の警察捜索と違って依頼者の家族とコミュニケーションする時間がとても長い。信頼関係を構築してようやくヒントを掴む。小さなヒントを元に再捜索、遂に遺体発見。各章に2枚の地図が掲載されていて、1枚目は遭難者の予定していたコースが記載された地図。2枚目はそれに遺体の発見された場所がチェックされている。遭難の第一原因は道迷いと言うが、登山道からかけ離れた場所で見つかっているのがよく分かる。
話は変わるが人生の岐路を伝えられる場所の一つは病院の診察室だ。今の幸せな状態がこのまま続くと思っていたら、あっさりと癌ですと告知される。言われた本人も家族もその衝撃を受け止めるのに少なからぬ時間を必要とする。ガツーンとやられた感じになる。このガツーンが山岳遭難の場合はじわじわ来る。まず本人が帰らない所から始まる。家族はまさかという疑念と大丈夫、今にドアが開く音がする、スマホに着信が入ると思っている。でも来ない。ついに警察に電話で相談して事態は大きく動くが見つからない。その後に紹介されたボランティア団体に、何だか放り出されてしまったとどこかで思いながら流れで電話をかける。警察にとっては仕事の一部で、他にも仕事があるのである程度割り切ってさばさばやらねば向こうも身が持たない。それはわかっていてもやるせない。
家族はどこかで落ち着きを取り戻し行方不明であると言う事実を受け入れなければならなくなる。死んだに違いないと思っていても心の何処かで生きてるかもしれないと言う希望も持ってしまっている。不安や怒りやらで極限の状況、前に進めない状態とも言える。区切るためにも遺体を見つけたいのだが、見つかっても今度はやっぱり死んでたんだなと最悪の事実を受け止めなければならない。
著者はなるべくそういう家族に寄り添って捜索活動をしていると言う。頭が下がる思いだ。
なかなかに面白かったが個人的にはもう少し具体例が多く掲載されててほしかった。
何でこんな本ばかりを最近読んでいるのかというと、身を引き締める為である。初心忘るべからず。ソロ活の多い自分は最新の注意を持って山に入らねばならぬ。家族を本書の主人公にしてはならんと思えば一歩一歩にも集中力が増すというものだ。
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