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Yamareco

記録ID: 3979772
全員に公開
積雪期ピークハント/縦走
大雪山

厳冬期大雪山系縦走失敗記

2021年12月25日(土) 〜 2021年12月30日(木)
 - 拍手
GPS
128:00
距離
15.4km
登り
1,581m
下り
1,492m

コースタイム

12月25日 09:30黒岳7合目リフト乗り場→12:15黒岳山頂→13:00黒岳石室
12月26日 停滞
12月27日 11:30黒岳石室→??北鎮分岐→??中岳→15:00間宮岳→??裏旭野営指定地
12月28日 11:00裏旭野営指定地→??2074mコル手前撤退
12月29日 停滞
12月30日 9:50裏旭野営指定地→11:00旭岳→14:30旭岳石室→15:00姿見
過去天気図(気象庁) 2021年12月の天気図
アクセス
層雲峡は晴れていた
2021年12月25日 07:30撮影 by  iPhone SE (1st generation), Apple
12/25 7:30
層雲峡は晴れていた
お馴染みの景色
2021年12月25日 07:31撮影 by  iPhone SE (1st generation), Apple
12/25 7:31
お馴染みの景色
黒岳7合目事務所
2021年12月25日 09:28撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/25 9:28
黒岳7合目事務所
最初は緩やかな斜面
2021年12月25日 10:45撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/25 10:45
最初は緩やかな斜面
招き岩が見えた
2021年12月25日 11:19撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/25 11:19
招き岩が見えた
黒岳山頂、その後視界が一気に悪くなった、、
2021年12月25日 12:18撮影 by  iPhone SE (1st generation), Apple
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12/25 12:18
黒岳山頂、その後視界が一気に悪くなった、、
黒岳方面
2021年12月27日 09:31撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
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12/27 9:31
黒岳方面
凌雲岳
2021年12月27日 10:23撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
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12/27 10:23
凌雲岳
黒岳石室のトイレ。夏はお世話になった。
2021年12月27日 11:31撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/27 11:31
黒岳石室のトイレ。夏はお世話になった。
雪洞ありがと!暖かかったよ!
2021年12月27日 11:31撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
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12/27 11:31
雪洞ありがと!暖かかったよ!
2021年12月27日 11:47撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/27 11:47
凌雲岳
2021年12月27日 11:47撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
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12/27 11:47
凌雲岳
2021年12月27日 11:53撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/27 11:53
北鎮岳
2021年12月27日 11:54撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
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12/27 11:54
北鎮岳
2021年12月27日 11:54撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/27 11:54
2021年12月27日 11:54撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
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12/27 11:54
御鉢平方面は少しガスってた
2021年12月27日 12:15撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
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12/27 12:15
御鉢平方面は少しガスってた
2021年12月27日 12:15撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/27 12:15
2021年12月27日 12:15撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/27 12:15
2021年12月27日 12:28撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
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12/27 12:28
「御鉢平展望台」と書いてある、はず
2021年12月27日 12:40撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/27 12:40
「御鉢平展望台」と書いてある、はず
2021年12月27日 12:40撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/27 12:40
北鎮
2021年12月27日 13:54撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
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12/27 13:54
北鎮
中岳付近
2021年12月27日 13:54撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
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12/27 13:54
中岳付近
中岳(?)
2021年12月27日 13:58撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/27 13:58
中岳(?)
間宮岳。標柱がエビの尻尾に、、、
2021年12月27日 15:03撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/27 15:03
間宮岳。標柱がエビの尻尾に、、、
熊ヶ岳へ振り向く
2021年12月30日 09:44撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
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12/30 9:44
熊ヶ岳へ振り向く
2021年12月30日 09:52撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/30 9:52
旭岳山頂、何も見えん、、、
2021年12月30日 11:04撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/30 11:04
旭岳山頂、何も見えん、、、
スキーのトレースが、、!文明が、、!
2021年12月30日 15:12撮影 by  OPPO Reno3 A, OPPO
12/30 15:12
スキーのトレースが、、!文明が、、!

装備

個人装備
ハードシェル アルパインパンツ フリースジャケット ズボン(中厚手) メリノウール(上) タイツ 靴下 インナーグローブ ミドルグローブ オーバーグローブ 作業用グローブ(テムレス) ニット帽 目出し帽 ダウンジャケット ダウンパンツ フットウォーマー 登山靴(冬) スノーシュー ゲイター アイゼン ピッケル ストック(バスケット付き) ヘルメット カラビナ スリング 60cm スリング 120cm 細引き サングラス ゴーグル 保温ポット プラティパス 2L 地図(紙) コンパス GSP 時計・高度計 ヘッドランプ テント一式(本体 ポール 外張り) テントマット シュラフ(モンベル#0) シュラフカバー ツェルト ショベル 銀マット ランプ ガスバーナー ガスバーナー予備 コッヘル マイカップ 割り箸 スプーン トイレットペーパー マッチ ライター ガスカートリッジ(プリムスULTRA gas 250) 予備電池(単三) 予備電池(単四) モバイルバッテリー(10000mAh) モバイルバッテリー(20000mAh) ファーストエイドキット ゾンデ テーピングテープ ガスカートリッジカバー ナイフ ホイッスル 手帳・鉛筆 温度計 ココヘリ 携帯トイレ ラジオ ビニールテープ ビニール袋(靴用 雪用 ゴミ用) ハクキンカイロ ハクキンカイロ用ベンジン

感想

12月24日 札幌〜上川(池乃屋旅館)

 札幌駅の連絡通路は老若男女で溢れていた。ブランド品の紙袋をぶら下げた人々が行き交う駅舎で、みんな幸せそうな表情を浮かべていた。南口方面へ振り向けば、駅前通りのイルミネーションが眩しいほど明るく、世の中はクリスマスイブと呼ばれる夜である。

 2021年12月25日から年始にかけて、大雪山系・黒岳から入山し、トムラウシ温泉東大雪荘へ下山する。これが今回の計画である。
 冬の大雪を縦走しようと思うきっかけは、黒部で山岳写真家として活躍している志水哲也の著書『果てしなき山稜ーー襟裳岬から宗谷岬へ』であった。28歳の若き著者は1993年の冬から春にかけて、北の分水嶺とも呼ばれる襟裳岬から宗谷岬へと続く(日高山脈、大雪・十勝連峰、石狩山地、北見山地、宗谷丘陵が連なる)670kmあまりの稜線を、単独ノンデポで歩いた。彼の山行記録から大きな刺激を受け、以来、「厳冬期」「単独」「縦走」といった言葉に無性に憧れるようになった。
 志水哲也がやり遂げた壮挙に比べたらちっぽけな計画ではあるが、雪山経験が乏しく、意志も体力も大して強くない僕にとっては大きな挑戦に違いない。

 彼女が駅まで見送りに来てくれた。改札の外にいる彼女に手を振って、特急列車の止まるホームに向かう。これから10日間はたくさん心配をかけるだろうし、つらい思いをさせるかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちになる。

12月25日 上川〜層雲峡〜黒岳〜黒岳石室 
層雲峡方面:曇り時々晴れ、稜線上:強風、地吹雪 −25℃〜−20℃
09:30黒岳7合目リフト乗り場→12:15黒岳山頂→13:00黒岳石室

 出だしは順調だ。黒岳ロープウェイは強風で運休になることがしばしばあるが、今日は層雲峡側が晴れており、7合目まで一気に上がることができて、かなりの時間節約になる。これを楽観視して一日で白雲岳避難小屋まで歩こうと目論んでいた。
 リフトの終点である7合目で下車し、黒岳山頂を目指す。先行のバックカントリースキーヤーが数名いたおかげで、トレースがちゃんと付いており歩きやすい。とはいえ、二週間分の食料の入っている30kg近くの荷物が肩に食い込み、思うようには進まない。スキーのトレースをそのまま歩いても、スノーシューではやはり10cmほどさらに沈んでしまい、スキーとの浮力の差を思い知らされる。夏道のある東斜面では5〜10m/sの弱めな風だが、時折向こう側からジェット機のような轟音が聞こえてくる。
 ジグザグを繰り返しながら標高を上げていく。招き岩の黒い影がルートの斜め上に現れ、山頂は近い。
 山頂直下から、スキーヤーたちが雄叫びをあげて、颯爽と急斜面を滑って下りていく。一人のスノーボーダーが「頑張ってくださーい!」と遠くからエールを送ってくれた。
 山頂近くの雪が氷化しており、スノーシューではやや心細いが、ツルツルな急斜面の真ん中でアイゼンに履き替えるわけにもいかない。雪をしっかり踏み固めながら慎重に直登する。
 黒岳山頂(1984m)に着き、層雲峡側で聞こえた轟音の正体がすぐにわかった。風が一気に強まったが、神社と標柱が見えるくらいの視野はあった。しかし縦走路に入った途端、地吹雪で周りが真っ白になり、視界は皆無に近い。
 正面から吹いてくる西風でまぶたはまともに開けず、涙が出るも一瞬にして睫毛に付着したまま凍結していく。角膜も凍ってしまいそうだ。ザックからゴーグルを取り出す余裕もなく、石室に向かってひたすら進む。
 石室は深い雪の中に埋もれており、赤い屋根の部分だけ地上に出ている。これ以上進むことはできない。建物手前の吹き溜まりに雪洞を掘ってビバークすることにした。
 動きが止まると体が急速に冷えてしまうため、疲れてきてもとにかく掘りまくるしかない。2時間近く作業した甲斐があって、やっと横になれる比較的快適な一人用の雪洞が完成した。雪洞の中に逃げ込んで、一息つく。
 作業中、ハードシェルとソフトシェルのファスナーは胸元までしか閉まっておらず、気がついたらソフトシェルとバラクラバが雪まみれになっていた。体温で雪が溶けては氷り、裏地に付着して取れない。また、行動用手袋を着用したまま作業していたため、インナーのみならずミッドとオーバーグローブまで手汗と雪で濡れ、凍っていた。自分の不注意と経験不足に落胆する。
 まだ16時前というのにもう薄暗くなってきている。外気温はマイナス20℃以下まで下がるが雪洞の中は無風でマイナス5℃と暖かい。
 今日は行動時間こそ短いが、雪洞掘りでかなり疲れた。フルグラと硬い板チョコでエネルギーを補い、素手で冷えた足の指を温める。
 そして夜が訪れ、ゴーゴーと怒鳴る風の音、入り口を塞ぐツェルトがはためく音が雪洞の中に鳴り響いていた。僕はシュラフを身にまとい、仰向けになって暗闇の虚空にある一点を見つめていた。自分はとんでもない場所に来てしまったと思った。

12月26日 爆風 −25℃〜−20℃ 停滞
 朝6時頃、あまりに異様な静けさで目が覚めた。風が止んだかと思いきや、一晩中に吹き溜った雪で出入り口は完全に塞がってしまっていたのだ。ショベルで雪の壁に小さな穴を開けるや否や、猛烈な風雪が穴から入り込み激しく顔に吹き付ける。この風に吹かれながら行動することは到底無理だと悟り、再びシュラフに潜り込む。
 眠ったり起きたりしているうちに11時になる。ラジオをつけるとNHKの中国語講座が流れていた。どうやらこの場所は電波が悪いようで他の番組がまともに見つからず、仕方なく聞く。空腹を感じ始めたものの、飯を作るのが面倒だ。黒糖飴をボリボリ噛んで、シリアルを少し食べた。足の冷えを和らげるために暖かい紅茶を作って飲んだ。
 NHK中国語講座は思ったより面白い。「うちの犬は絵が描けるんだ。しかし何を描いているかさっぱり分からないんだ。」という謎の例文が出てきた。
 除雪と定時連絡があるため、めんどくさがりつつも出かける準備をする。まずは散らかっている荷物をザックに適当に詰めこむ。羽毛のジャケットとズボンを脱ぎ、ハードシェルに着替え、靴を履き、ゲイターをつける。それからバラクラバとゴーグルで口と目をしっかり覆い、最後にオーバーグローブをはめる。雪洞の中の空間が狭く、体も寒さで鈍くなったせいで、この作業に1時間ほどかかった。フル装備を身につけ、仰向けになって出入り口を塞ぐ雪の塊を足で蹴飛ばし、外へ出る。
 外は風速20m/s以上の冬嵐、視界は100m程度。ショベルを手にして素早く除雪する。石室周辺は電波が通じないが、黒岳方面へ50mほど歩けばdocomoとauいずれも使える。札幌にいる彼女と会社の上司、東京にいる友人に無事を伝える。
 昨日雪の深さを測るためにどこかに挿しっぱなしにしたゾンデを回収しようと石室周辺を探してみたが見つけられず、探しているうちにあまりに厳しい寒さと風に耐えられなくなり、雪洞へ戻る。つけっぱなしにしていたラジオから高校駅伝の結果が伝えられていた。
 ラジオニュースによれば、数年に一度クラスの寒気に日本が襲われ、日本各地では大荒れの天気となっているとのこと。北海道では平均風速20〜25m/s、瞬間最大風速30〜35m/sの強風警報が出ているそうだ。
 停滞対策としてザックに入れた『生と死のミニャ・コンガ』(阿部幹雄)を読み始める。
 雪洞の外には剥き出しの自然がある。僕に許された唯一のことは、この縦1.8m横1m高さ70cmの雪の箱の中で芋虫のように身を縮こまらせ、ただただヘッデンの微弱な明かりを借りてひたすら本を読むことだけだった。

12月27日 晴れのち風雪 −25℃〜−20℃ 風強め
 11:30黒岳石室→??北鎮分岐→??中岳→15:00間宮岳→??裏旭野営指定地

 予想天気図では等圧線の間隔は前日より広くなるが、大雪山あたりは気圧の谷となっており、晴れる期待が薄い、ので、早起きする必要もない、という僕の予測を見事に裏切ったのが27日の朝だった。
 ラジオ天気予報によれば、28日から再び冬型が強まるとのこと。年始にかけて1月2日まで回復せず荒れ続ける可能性もあるという。進むにしても引き返すにしても、今日というチャンスを逃すわけにはいかない。
 しかし稜線上のホワイトアウトと爆風を体験した今では、僕はすっかり自信を失った。たとえ今日中に高根ヶ原を抜け、忠別岳避難小屋にたどり着けたとしても、ヒサゴ沼避難小屋やトムラウシあたりで荒天に捕まることはおそらく避けられない。悪天候が続くと雪も相当積もるだろうし、カムイサンケナイカールのトラバース中に、雪崩が起きる可能性も大きくなる。そもそもホワイトアウトの中でルートファイティングがうまく行くだろうか...
 今の自分では下山予定日までにトムラウシ登山口にたどり着けるとは思えない(例えば生還できても予定下山日を過ぎて大騒ぎを起こしてしまいそうだ)。
 ただ、層雲峡へ引き返すのもあまりにも情けない...
 夏と冬に何度も登った旭岳なら、視界が多少悪くてもなんとか下山できるはず。
 ということで、僕は石室を後にして白く輝く北鎮岳へ歩き出した。

 北海道最高峰旭岳と黒岳を結ぶ表大雪の縦走路は、夏には至るところ数多くの高山植物が咲き乱れ、遅くまで残る雪渓と相まった絶景を求めに来る登山客で賑わう、北海道の代表的なトレッキングルートである。しかし厳冬期のこの場所は、生き物の痕跡が一切見当たらない(ナキウサギはどこかの穴に隠れてたくましく生きているはず!)。絶えず吹き続ける西風と舞い上がる雪煙は頑なに人間を拒絶している。
 右手の凌雲岳(2125m)は登山道がついておらず、夏山の登山対象とされていないが、3月〜5月天候のある程度安定する時期には山スキーヤーに人気があるらしい。左手御鉢平方面は少しガスっており、烏帽子岳の尖った山頂が微かに見えた。
 凌雲岳を後にして、前方のなだらかな山頂を持つ巨大な山は標高北海道第2位の北鎮岳(2244m)だ。夏に黒岳や愛別岳を目指す途中三回ほど頂上に立ったが、三回とも展望がなかったせいで、自分の中ではどうしても印象の薄い山となっている。雪に覆われた北鎮は、とても柔らかく優しい印象を受けた。山スキーができるなら山頂から滑ると気持ちいいに違いない。
 風が通り過ぎる雪原はシュカブラができており、アイスバーンとなっている場所も少なくないが、斜度が緩やかなため、スノーシューでも問題なく歩ける。中岳分岐をすぎた頃、視界が悪くなる一方で、風も強まるばかりだ。時刻は14時になろうとしている。もっと早く出発するべきだったと後悔する。間宮岳(2185m)直下のコルで危うく東側の斜面に下ってしまいそうだった。
 コル手前の急な斜面を下り始めた頃はひどいホワイトアウトとなってしまい、視界ほぼ皆無、見えるのは自分の足元のみ。地形も方向も何もかも全くわからず、気が狂いそうだ。GPSに頼って一歩一歩慎重に下っていく。ようやく斜度がゆるやかになり、なんとか裏旭野営指定地周辺に着いたようだ。
 行動が止まると体が急速に冷えてきて、一刻も早くテントを立てこの風を避けなければならない。しかしポールが風に持って行かれてしまい、本体のグロメットにはうまくはまらない。
 風を真正面から受けながら作業しているうちに、耳の感覚がおかしいと思って触ってみたら、解凍途中の鶏胸肉のような感触だった。慌てて半分しか立っていないテントの中に一時避難し、素手を耳に当てて温める。休んでは出直し、何度やってもうまくいかず、邪魔な風や話を聞いてくれないポールにだんだん苛立ってきた。なんとしてでもテントを立てねばと焦燥感に駆られ、「「ウォオぉぉ!!」「フワあぁぁ!」「クソおぉぉ!!」と叫びながら、ありったけの力で飛ばされようとするテントを抑えてポールを曲げた。やっとポール2本ともグロメットにはまり、テントが完成した。
 靴のままテントの中に倒れこみ、心臓の高鳴りが止まらずとも、ひとまず命は助かったと少し安堵する。エネルギーは激しく消耗したはずなのに食欲が全く湧かない。カタカタ凍った板チョコ一枚とシリアル少々を食べ、温かい紅茶を少し飲んで、横になる。
 ラジオをつける。やはり他の山域でも悪天候で遭難事故が相次いでいるらしい。氷ノ山で男性一人が行方不明。北海道では26日に上ホロカメットクで30代女性一人が仲間とはぐれて遭難し、天候が回復した27日午後一人で歩いていたところをヘリに発見され救助されたと聞く(この時、遭難女性は実は自分の知人であることをまだ知らなかった)。
 シュラフの中で胸に手を当ててみたら心臓の鼓動をしっかり感じた。なんだか嬉しくて、興奮していた。

12月28日 晴れのち風雪 停滞
11:00裏旭野営指定地→??2074mコル手前撤退

 眩しい日光で目が覚める。外は晴れていて、今日こそ旭岳経由で下山しようと考えた。
 結局昨夜眠りについたのは23時過ぎで、起床と出発がかなり遅くなった。
 テント撤収して山頂を目指す。撤収中、銀マット一枚が風に飛ばされ失われた。歩き出した頃はすでに雲行きが怪しくなっていた。300mほど進み、2074mコル手前で再び視界が悪くなって、やがてホワイトアウトに。
 このまま進むと危険だと思い、テン場へ引き返す。作ったばかりのトレースは吹雪の中でもうなくなりかけていた。
 やはり強風の中でのテント設営は難航する。無風状態だと10分でできてしまう作業は、1時間以上かかった。コーグルの内側が凍って使い物にならず、ゴーグルを外すと今度はメガネレンズも凍ってしまう。10分ほど作業すると寒さに耐えられなくなり、その度未完成のテントの中に逃げ込む。作業中、いつもかけていたメガネもどこかに落とした。仕方なく予備用の度付きサングラスで代用する。
 風がより一層強くなったか、テントの向きが悪かったか、飛行機の轟音と勘違いするほど強い西風が波のように絶えず押し寄せてくる。その度テントごと、体ごと持ち上げられ、半分宙に浮く状態になる。テントの中の空間が極端に狭くなり、背中で風に対抗するだけで精一杯、まともに寝ることもできない。

 『生と死のミニャ・コンガ』を読了。1981年北海道山岳連盟隊のミニヤコンカ(中国四川省 7556m)遠征中、山頂直下で事故が発生し、ザイルで結ばれた7人が同時に滑落し、死亡した。その場にいたメンバーで、たまたまザイルに加わらなかったことで生還を果たした唯一の隊員は著者の阿部幹雄であった。「なぜ自分だけ生き残ったのか」、その理由を自分に問い直し続ける辛い葛藤が書き綴られており、読んでいて何度も目を潤ませた。

12月29日 風雪 停滞

 旭岳の裏側にあるこの場所で足止めされて三日目になる。
 昨日はひどい目にあったから、天候が回復しない限り、テントから一歩も出ないことに決めた。
 高山みなみが詩を朗読する特別番組がここ数日放送されている。今日は谷川俊太郎の『生きる』。コナンが詩なんかを真顔で読んでいると想像すると、内容がなかなか頭に入ってこない。
 いまこの場所にいること、これ以上生を味わえる濃密な時間はない。
 風が一向に弱まってくれない。そろそろうんざりだ。
 ハンナ・アーレント『人間の条件』を読み始める。左手と右手交代で太ももの間に入れて温める。
 テントの中に一日中閉じ込められると、時の流れ方、あるいはその受け止め方が変わってくる。ラジオから1時間おきに現在時刻を伝えられ、その瞬間、時計の針が狂ったように一気に進んだ気がする。その1時間は一瞬のように思えて、永久のようにも思える。時は金でもないし、効率的に使おうともしない(その発想すらない)。僕は時間の国から疎外され追放され、枯渇した時の川の河床を無関心に傍観しているだけなのだ。

 人間はどこにいるんだろう。70億もの人間がいるというのに、別にこんな場所でも2人や3人がいてくれてもいいだろう。
 10年近く前に読んだサン=テグジュペリの『人間の大地』を思い出す。飛行機が墜落し、北アフリカの砂漠を何日もさまよい死にかけた著者がアラブ人の遊牧民に助けられる。他の内容はほとんど忘れているが、このエピソードだけは覚えている。
 いつも通う北18条駅前の本格中華が恋しい。熱いお風呂に浸かりたい。人間に会いたい。

12月30日 風雪 −20℃前後
9:50裏旭野営指定地→11:00旭岳→14:30旭岳石室→15:00姿見

 31日と1日は大荒れ決定。風が少し弱まる可能性のある今日中に下山できなければ、少なくとも1月2日までチャンスは訪れない。食料燃料は十分に残っているが、テントポールがもつかどうか極めて怪しい。
 4時起床、風はまだまだ強い。依然として食欲があまりないが、頑張って味噌ラーメンを作って食う。
 7時、風弱まらず、視界なし。少し弱気になって、救助を待とうかと一瞬考えたが、一刻も早く風呂に入りたいし、そもそも電波が通じない以上自力で下山するしかない。フル装備を身につけテントの中でラジオを聴きながら待機する。
 9時、少し風が弱くなった。視界も回復し、旭岳の尾根、熊ヶ岳と後旭岳も微かに見えた。素早くテントを撤収し、出発する(一昨日落としたメガネは無事発見)。
 旭岳山頂(2291m)までの標高差は200m強しかない。山頂まであと100mの地点で再びホワイトアウトとなったが、温泉と温かい食事が待っているぞと自分に言い聞かせながら、強気で行く。クラストした斜面にアイゼンを効かせて尾根を直登すると間もなく山頂に到着。真っ白な中、山頂の標識を探す気にもなれず即下山。下山中は西風に直撃されることになり、ゴーグルの内側が凍って全く見えない。ゴーグルを外せばわずかな視界を得られるが、目が吹雪を浴びてなかなか苦しい。
 地形がほとんどわからないため、夏道を示す鉄骨が道しるべとなる。視界は10mあるかないか程度で、かろうじて次の鉄骨が見える。OPPOのスマホは限りなく頼もしく、モバイルバッテリーで充電さえしていれば、体感マイナス40℃の極寒をものともせずサクサクと動いて現在地を示してくれた。
 突如として動く黒影が前方に現れた。人の影だ。いや、こんな天気に人が登ってくるはずがない、幻でも見たのか。しかしその影はだんだん鮮明になり、間違いなく生きている人間の姿であった。
 5日ぶりに会った生身の人間。色々話したいところだが、お互いの声が風に紛れてよく聞こえない。短い挨拶を交わして下山を続行する。
 相変わらず厳しい状況だが、近くに人がいると分かっただけで、心境はだいぶ変化した。
 山頂直下で出会った方が登頂後、足の遅い僕に追いついてきて、二人で下山することとなった。さっきまでの心細さと緊張感からかなり解放されることができた。
 最終ロープウェイは15:40、なんとしても間に合いたいので足を早めるが、まっすぐ歩くことがなかなか難しく、直進するつもりでも何度もルートから外れた。
 標高を下げれば下げるほど風が弱まり、視界も少しずつ良くなっていく。3時間歩いて、やがて100mほど先に旭岳石室が見え、一気にほっとする。深雪ラッセルをするも気持ちは軽快極まりない。
 目指す先に姿見駅の駅舎があって、観光客がいた。日本語、英語、中国語の放送が聞こえた。
 旭岳方面へ振り向く。相変わらず真っ白で何も見えない。その真っ白な世界から僕は帰ってきた。


【反省・総括】
 
 姿見駅前で下山をご一緒にしてくださった方と写真を撮りあって、LINEで交換した。彼もなかなかの猛者で、日帰りで旭岳に登るその前日まで、ツェルト一つで五日間をかけて十勝岳から富良野岳山麓の原始ヶ原まで縦走したという。
 一週間近く閉じ込められたが、幸いにして顔と足の指が軽微な凍傷になった以外、五体満足。

 今回予定していたコースは、天気でほぼ全てが決まる。エスケープルートが存在しない上、2000mを超える稜線では常に冬の季節風に晒されるため、悪天に捕まってしまうと行動・撤退が非常に難しく、長時間のビバークを余儀なくされる。
 当初、4、5日行動できればラッキーと想定していたが、実に甘かった。大寒波の影響もあって、実際12月25日から1月3日までの間、ある程度良い条件が揃ったのはせいぜい2. 5日位しかなかった。年末年始という厳冬期の中でも特に天気が不安定な時期に縦走を実行するなら、もっと予備日をとっておくか、視界がきかなくてもある程度正確かつスピーディーにルートを見つける能力は必須である。
 また、本コースはアップダウンがあまりないものの、水平方向の移動距離が長く、スノーシューよりもスキーのほうが適していることは言うまでもない。今後より一層スキーの練習に励みたい。
 ほかにも教訓として、雪洞を掘る際には作業用手袋を使用すること、ファスナーをしっかり閉めること。ゴーグルは一回凍ると使い物にならなくなってしまうため、凍らせないように工夫するか、予備用ゴーグルを持つこと。細かいことではあるが、油断するとひどい目にあうと思い知らされた。
 結果として今回は厳冬期大雪相手にほとんど勝負にもならず完敗に終わった。自分の実力不足を痛感したほか、雪洞ビバーク、ホワイトアウト下山など貴重な体験もたくさんできた。これらの経験を糧に今後しっかりスキルアップを図り、いつかまた冬の大雪に挑戦したいと思う。


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コメント

ひとつの物語を読んでいるようで、まさか!!と思うシーンがあり、
投稿なさってるから生還してるしょ!と、何度も自分にツッコミを入れたくらいです。
ご生還よかったです。
私は雪なしばっかりで、いつかは………と、思いつつ、何年もすぎてしまいました。
本当早く経験したいです笑

楽しく拝見いたしました。
ありがとうございます^ ^
2022/2/7 7:48
kaomonさん、長文を最後まで読んでいただいてありがとうございました!!

実際私も、もしかしたらヤバいかも?って思う場面がいくつかもありました、、、(笑)

結果自分の実力に見合わない無茶な計画を立ててしまったのですから、どうぞ反面教師として参考にして頂ければと思います、、、

夏山も、雪山もどちらもすばらしいです!
いつ始めても遅くはありません〜(^_^)
2022/2/7 21:27
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無雪期ピークハント/縦走 大雪山 [日帰り]
大雪山縦走北鎮岳ルート
利用交通機関: 車・バイク、 電車・バス、 タクシー
技術レベル
2/5
体力レベル
3/5
ハイキング 大雪山 [日帰り]
技術レベル
2/5
体力レベル
3/5

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