戸隠山-高妻山-雨飾山縦走(藪・沢下降)


- GPS
- 50:37
- 距離
- 34.3km
- 登り
- 2,916m
- 下り
- 2,174m
コースタイム
2日目:一不動避難小屋〜高妻山〜乙妻山〜西大門沢下降〜林道小谷杉之沢線〜乙見峠(ヒッチハイク)〜雨飾高原キャンプ場(10.5h)
3日目:雨飾高原キャンプ場〜雨飾山ピストン〜小谷温泉雨飾山荘(4.5h)
天候 | 1日目:雨(台風通過) 2日目:曇り 3日目:雨 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2010年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
新宿〜長野駅(夜行バス) 長野駅〜奥社(路線バス・川中島バス) ●帰り 雨飾山荘〜南小谷駅(バス・町営バス) 南小谷駅〜自宅(特急あずさと各駅停車を乗り継いで) |
コース状況/ 危険箇所等 |
・一不動避難小屋は天候急変など非常時以外は使用禁止(し尿問題のため)。 ・乙妻山西側は猛烈な藪。踏み跡ほとんどなし。3つ目のコル西斜面は草付きの崖。 |
写真
感想
●出発
戸隠山から雨飾山へ続く稜線は、乙妻山から北側の藪が濃い。無雪期の縦走は普通に考えれば不可能で、おそらく試みた人はほとんどいないだろう。しかし、沢の遡行下降を混ぜれば戸隠山から雨飾山まで抜ける縦走が可能になるのではないだろうか。何より、戸隠・高妻・雨飾という名山を一度に登れるとは何と美味しいルートだろうか。そんなことを思いついてしまい、今年の夏の予定としてほかにもっと相応しいアイディアは出てくるとも思えなかった。そして単独、この未曾有のルートに挑戦してしまった。
仕事は木・金と休みをとった。水曜日の夜中に混雑する新宿のバス集合場所から長野駅へと出発。霊峰である戸隠山をひとり目指す私はさながら修験者だ。日本海では台風が接近している。明日、甲信越地方にもっとも接近する。そのとき私は戸隠山への痩せ尾根を攀じているだろう。期待と緊張感が高まる。
●蟻の門渡り
戸隠山の登山口にテントが張ってあった。近づくと、山岳救助隊の方が出てきた。「山に行くのか」、そうだ、と答えると止めろと言われた。こんなに風が強く視界が悪いなか山に行ったら死んじゃうぞという。もちろん、私は危険が伴うことは理解している。しかし私の意思は変わらない。
「地形」「経験」「天候」、問題はこの三つだ。岩場やナイフリッジの連続する危険なルートであることはもちろん知っている。通常であればそれを通過することができる経験と実力も私にはある。天候に関しては、実際に進んでみなければ判らない。蟻の門渡りを通過する一瞬だけが問題だ。その一瞬に、もしかしたら風が弱まるかもしれない。山に入る前から判断する必要はない。「もし厳しければ無理せず戻ってきます」と告げ、山に入った。救助隊員の方の言葉は私の意思を変えることはなかったが、私をより慎重にさせてくれた。
ちょっとしたクライミングのように岩場が多い。しかし、あらゆる岩場に執拗なほどに鎖が設置されていた。鎖に掴まると余計に危ないので、岩をつかんで慎重に越えていった。登るのはよいが、ここをもしも下るとしたら少し難儀だ。もしも蟻の門渡りを越えるのが危険だと思ったとして、戻るという判断ができるのか怪しいと思った。
高度を上げるほどに風が強くなり、霧の中からナイフリッジが現れた。私にとってベストの選択は、可能な限り慎重に通過することだ。補助ロープを取り出し、空身でフィックスロープを張った。いささか仰々しい気がするが、絶対に失敗することはできないのでこのくらいがちょうど良い。ザックを取りに戻り、問題なく通過した。「どうだ、簡単じゃないか」――大事なのはルート工作をしたことじゃない。空身で渡ってみて安全を確かめたことだ。
●一不動
一不動に到着する頃から雨が強くなってきた。計画では今日中に核心の乙妻山を越え沢を下る予定であるが、この天候ではリスクがある。時間は早いが、今日はここで終了することにした。一不動はし尿問題が深刻らしく、天候急変など緊急時以外は宿泊が禁じられている。今回は台風なので緊急時ということになるだろう、と自分に言い訳をする。
避難小屋で着替えをして昼寝した。窓が小さく昼間でも真っ暗だ。床が傾いている。窓には御札が置いてある。土間には奇妙な棒が刺さっている。先人の残した怪しい荷物が置いてある。床下には何かが潜んでいそうである。とても気持ちが悪く、落ち着かない。独りでここに泊まるのは怖い。3時ごろに雨があがったので、外にテントを張った。早めの食事を済ませ再び眠った。昨日はバスであまり眠れなかったのでいくらでも眠れる。
日が暮れかけた頃、外で何かが話している。はじめ鳥の声かと思ったが鳥ではなさそうだ。奇妙な高い声、低い声、いろいろな声で呼びかけあっている。おそらく十数匹はいそうだ。テントのすぐ近くにも何匹かいるようだ。外を覗いてみると、不気味な黒い影がいくつか見えた。熊よりは小さい。狸よりは大きい。「もののけ姫」に出てくる猩々のようだ。そうか、猿だ。ここは猿たちの集会場所なのだ。もし食料目当てに集団で襲われたらひとたまりもない。「ぐわあぁぁぁっ!」テントのなかから力一杯の雄叫びをあげてみた。一瞬沈黙が訪れたが、再び奇妙な会話が始まり夜中まで続いた。雄叫びくらいで縄張りを奪えるほど野生の世界は甘くなかった。
●核心部―乙妻越えと沢下降
天気は曇り。悪くない。昨日は予定よりだいぶ遅れをとっているので、今日は行けるところまで行かなければならない。今日の頑張り次第で場合によると雨飾は諦めなければならなくなる。今日は13の番号付きの仏を越えていく道をたどる。奇しくも今日は13日の金曜日。ブユだろうか、一不動を出発したときから虫がずっとまとわりついてくる。二釈迦、三文殊、四普賢、五地蔵・・・十三虚空蔵(=乙妻山)へ到着。さていよいよ最後の仏を越える。
乙妻山の先は一般道がない。藪道になる。2つ目の小ピークまではあまり濃くない。ラッセルに例えると膝下程度。3つ目の小ピークから濃いチシマザサとブッシュで悪戦した。見通しが利かないのでコンパスでこまめに方向を確認しながら、できるだけ尾根を外さないように進む。藪のトラバースは非常に困難だ。特にチシマザサの藪では下るのは簡単だが登るのは難しく、トラバースしようとしてもどんどん下に追いやられてしまう。少しでも尾根を外せば戻るのに多大な労力を要することになる。笹の葉には白い羽虫が大量についており、掻き分けると白い胞子が飛散するかのように虫の霧ができる。飲み水ももうほとんどなく、すっぱいクロマメノキの実が唯一の癒しだった。
3つ目の小ピークから先は草付の急斜面、というよりほとんど崖だ。さいわいダケカンバの木が適度な間隔で生えているので、支点にして懸垂下降をすることができる。20メートルの補助ロープで懸垂下降すること計6回(最後の2回は空中懸垂だった・・・)急斜面を越えることができた。この先がどうなっていようとも、もう戻ることはできない。
この先はさらにチシマザサの藪が濃くもはや尾根をたどることは不可能だった。藪に追いやられるがままに斜面を北に下っていった。足の裏と尻で滑るに任せて降りていくと沢にたどり着いた。何時間かぶりに水にありつけたことと、虫から開放されたことにまず安心。ここでフェルト足袋に履き替えた。
西大門沢は傾斜が緩く滑り台のようなナメが多い。おそらく人がほとんど入ったことがないであろうこの沢がとてもきれいだったのでうれしくなった。文字通り独り占めだ。小滝をクライムダウンしたり釜をへつったりして降りていくと、気をつけていたのに服もザックも濡れてしまった。今夜は焚き火をして服を乾かしながら誰もいない川原に泊まりたい。沢沿いにはビバークにあつらえ向けの川原が何度も出てきて誘惑に駆られた。しかし、昨日の行程が台風で遅れてしまった分、今日は頑張って行けるところまで行かなければ。でないと明日、雨飾山には登れなくなる。
●林道歩きとヒッチハイク
林道に出た。計画では西側の小沢を登り返して藪の稜線を行くことになっているが、さっきの藪が予想外に濃くもう一度藪に突っ込む気力はない。林道沿いに歩けるところまで歩いてみよう。林道だから日が暮れても、脚が棒になっても構わない。今日中に雨飾山の麓のキャンプ場までたどり着きたい。まだ雨飾に登れる可能性があるなら諦めずに賭けてみたい。
ニグロ川沿いの林道をひたすら歩き杉の原小谷線に出る。雨が降ってきた。坂を登ること1時間で乙見峠に着いた。時間は4時前。脚はすでに棒状態。キャンプ場まではここからさらに3時間かかる。さすがに厳しいか・・・。
折りしも男性1人乗りの車が通りかかった。もうなりふり構ってはいられない。同乗を乞うと快く許諾してくれた。「今日中にそのキャンプ場に行きたい理由でもあるの?」と問われ、今日中に着けば明日もうひとつ山に登れるのだと答えると、少し感心されているようだった。
●ゴール―憧れの雨飾山
朝、テントを雨が打つ音で目覚めた。げんなりして止めようかなという気持ちも出てきたが、やっとの思いでここまで来たことを思えば止める訳にはいかない。雨具を着こんで6時に出発。荷物はほとんどテントに置いてありザックは空に近い。
森の中の急坂を登っていく。森の中は湿度が高くむわっとして暑い。久しく普通の登山道を歩く普通の登山をしたことがないのでペースが掴めずすぐに脈拍が限界になった。昨日まで濡れた靴下で歩き続けてきたので踵がすりむけて痛い。独りだとすぐに休みたくなり100歩歩いては30秒休んだ。荒菅沢に出てやっと山頂が見えた。上のほうは岩壁がむき出しになった荒々しくも美しい山容だ。雪渓が少し残っており、沢の水は手を浸けていられないほど冷たい。しばし憩う。
森林限界を越えると風が吹いて涼しくなった。傾斜はさらに急になったが見通しがあるので気持ちは楽。山頂高原が近づいてきた。するとなぜか胸にこみ上げてきて涙が出てきてしまった。諦めずにここまで来られた達成感ともうすぐ旅が終わってしまうさびしさが混ざったような気持ちだった。山頂に到着。風が心地よい。写真では残らない何かを残したいと思い下手な絵を描いた。
早くも10時半にキャンプ場に戻ってきた。テントを撤収していたときにやんでいた雨が一瞬だけ降り、乾きかけていたテントも服も装備もすべてびしょ濡れ。空からの性質の悪い嫌がらせだ。雨飾山荘の温泉で3日分の汚れを落とし帰途に着いた。
コメント
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私も去年会いました、その方は山岳救助隊では無く毎日高妻山を登っている仙人という噂です。
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