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その桜たちも雨に打たれ、風に吹かれ、一枚一枚の花弁を可憐におとしながら足下を飾りはじめた。
独眼竜よ、君はこの桜をどこで見ているのでしょうか。
大空を飛びまわる鳥のように山々を駆け巡り、一流から超一流へと羽ばたき始めたばかりなのに。
超一流に成ると、ほんの躓くことさえも許されなかったのでしょうか。
思い出します。私は出合い小屋へ先に入り浅い眠りに就いていたのだが、深夜0時過ぎに遠くから
ものすごいスピードで力強い足音が近付いてくるのが聞こえ目を覚ましたのを。
権現岳東稜バットレスと大滝を予定より早く終え、力の有り余っている君は左方ルンゼの滝を登り、
疲れきって初めは登るのを断っていた私もその姿に感化され追っていく、とても喜んで迎えてくれた
ことを思い出します。
滝谷を終えて北穂高の避難小屋で疲れきっていた私は、予定の行程を早めたいと言い出したときに
もう今期の冬山に入るチャンスは無いと、とても残念がっていたのを思い出します。
しかもこれらの記憶は、まだ君がヒマラヤでの事故の傷が癒えてなかったときのことだ。
今思い出すと、あの頃から何かにとり憑れたように急ぎすぎていたのだろうか。
私には解からなかったが超一流である我々のリーダーは、独眼竜で登っている姿や少し急いでいる
姿に気付いていたようだ。
若かりし頃の沢や又ヒマラヤでも八百万の神々に助けられていたはずだ。他にも多くの山々で。
しかし今度ばかりは、もうそれも叶わない所まで行ってしまったのでしょうか。
もし私が伝えることができるとしたら、湖の底のような静寂だったのかもしれない。しかしそれも
もう叶わないこと。
今、私はジムでこの文章を書いている。君は1週間毎日ジムに通うより、週に1日山に入っていたい
と言っていた。皆それぞれのライススタイル、アプローチが有るのは解かっている。ただ何故だろう
自分が恥ずかしい。
君のエネルギーはあらゆる所で、あらゆる形をもって伝わっているはずだ。時間は掛かるだろうが
私も君の足跡を少し追ってみようと思う。
時が経つ程に君を失った喪失感は大きくなっています。
お母さんは気丈に振る舞い、私のたわいの無い思い出話に笑顔で耳をかたむけてくれました。
久しぶりに見た君の顔は、私が覚えている顔よりずっと逞しく大きく力強くなっていましたが、もうそこ
に魂は宿っていないようでした。
独眼竜よ、君は誰よりも山を愛していた。君に一番喜んでもらえることは、やはり山に登ることなの
でしょうか。
今度逢うときは静寂をも知る、超一流の冒険家として。そして世界中をその限りないエネルギーで
満たしてほしい。