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明代の大旅行家の徐霞客は、「五岳帰来不看山、黄山帰来不看岳」（五岳に登ったら、他の山などもう見る気もしないが、黄山に登ったら、その五岳さえ見る気にもならない。）と称賛したという。
黄山は、標高1,860m、72の峰、24の渓、3つの滝、2つの湖を有するという。特に、奇抜な松、石、雲海、温泉は「四絶」と呼ばれる。高さに比べてその山容は雄大で、素晴らしいのだ。
長江沿いにある蕪湖の町から黄山に至る道は、実に遠かった。午前6時40分の長距離バスに乗り、8時間かってようやくふもとの町に着いた。
窓ガラス一つない長距離バスが珍しくない中にあって、このバスには手製と思しき日除けのカーテンもついていた。しかし、窓からの風と日除けとの調整にはひと工夫もふた工夫もいった。着いたときは、もう全身すっかり埃まみれである。
乗客は、中国人ばかりである。大きなつばの麦わら帽子、やや長めの半ズボンにビニールサンダルと中国の日用品を身にまとい、メタルフレームの眼鏡とリュックを除けば、姿は中国人そのものだ。いよいよ日本語を話さない一人旅のはじまりである。
後方の席には、南京から来たという青年グループがテープレコーダーを持ち込んで陽気に音楽を楽しんでいる。どこで手に入れたのか、アリスの「帰らざる日々」の音楽が聞こえてきた。車窓の風景も黄山に近づくにつれて、日本の農村の風景に似てきて、不思議な感覚に陥る。
途中の径県のとある集落でバス休憩となった。食事したい者はどうぞという感じである。早速どこにでもありそうな食堂で５毛（日本円で65円程度）の食事をとる。ここでさっそく食糧切符の「糧票」が役立った。
スイカや黄瓜やちょっとしたお菓子を売っている露店もあったので、西瓜を一切れ買って、食べた。中国は何でも量り売りである。西瓜も一斤（500g）１毛３分の量り売りだった。旅行中はどんな時でも山登りで愛用したテルモスを持っているので、飲用水の確保には困らないが、やはり西瓜などはうまいから食べたくなる。
黄山の麓の温泉でバスを降りると予想に反して人があふれかえっていて驚いた。もの売りの声が響き、観光に訪れたる若者の嬌声や地元の子どもたちが飛び回る騒々しい音があふれている。子どもたちが取り巻いてきて、登山用の杖を1毛でどうだといって勧めてくる。どうやら皆、数キロ下の集落からきているようだ。この辺りはお茶の名産地だから、普段はお茶を栽培しているのだが、にわか観光景気に皆ここに集まってきて商売をしている。
黄山へのアプローチは、地図を見て蕪湖からぐらいだろうとやってきたが、杭州、南京、上海と各地から直通長距離バスが出ているのだった。
とりあえず、黄山賓館に行き、チェックインをすませて、再び人ごみの中をぶらぶらしていると、また子どもにつかまった。小学4年生だという。体格が劣っているのか、もっと年少に思えるが、話していると活発で面白い。
山案内人を紹介するから連れて行けという。警察が6月1日から私設ガイドを禁止するとのお触れを出したらしく、大ぴらに客引きができないようで、交渉もひそかに運ぶ必要があるらしい。ここは、中国の「山案内人」と一緒に登るのも一興かと約束を交わす。
しばらくすると、まだ少年の面影を留める若者が、くだんの子どもと一緒に現れた。彼は、その子どもの兄であった。程と名乗り、17歳で、初級中学を出ていると自己紹介した。ちなみに初級中学は集落から3�卍�下ったところにあるが、高級中学（日本の高校に相当）となると15�劼睥イ譴燭箸海蹐砲靴�ないらしい。この時代、初級中学を出ていれば立派なものである。
簡単に明日の待ち合わせ場所を打ち合わせて、別れた。さて、明日からどんな山旅が待ってることだろうか、楽しみである。
（1981年7月15日の旅行日記から）
注：五岳とは、通常、東岳の泰山（山東省）、南岳の衡山（湖南省）、西岳の華山（陝西省）、北岳の恒山（山西省）、中岳の嵩山（河南省）を指す。
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