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はじめは”ウブで可愛らしい”雪山ハイクだったのだが、通っているうちに軽アイゼンを使いこなし、2000mくらいの山に登る様になる。
ある時、GWに雪の涸沢に遊びに行ったのだが、紺碧の青空の下で眼前に迫る『白銀の奥穂高』を見たとき、私のハートにキューピッドの矢が刺さってしまった。
『あの白い頂の上に立ちたい♥』
そんな訳で本格的に雪山を始めることになった訳だが、今回は、そのために受講した雪上歩行の技術講習会の話をしようと思う。
※ツアー編の後のはなしです
まずは雪山講習会に参加してピッケル、アイゼンワークを学ぶ事にしたのだが、どんなものがあるか調べるところから始めた。
ネットで検索したり、山道具店のパンフを集めたりと色々探してみると、実に様々なタイプの講習会が見つかったのだが、押し並べて見ると『滑落防止策』に対する考え方の違いで大きく2タイプあることに気づく。
ひとつは
『滑落してしまった場合に念のため備える』タイプ。アイゼン歩行と、滑落停止技術も習得する内容の講習。
もうひとつは
『絶対滑落しないようにする』タイプ。高精度なアイゼン歩行に一点集中し、滑落はおろか、絶対バランスを崩さない技術を習得する内容の講習である。
万が一滑落したら助かるのは五分五分ということを聞いていたし、未然に防止することが大事かな?と思ったので、後者の講習に惹かれたのだが、
ちょうど以前岩登りの講習でお世話になったガイドさんの初級雪山講習が、まさにその考え方であり、教え方にも定評があったので、そちらにお願いすることにした。
ただ口コミでは教育熱心で、厳しいという噂を聞いていたので、講習当日までドキドキしていた。
講習会当日は中央線のとある駅での待ち合わせた。
『一体どんなガイドさんなんだろう?』
実際ガイドさんにお会いした時は穏やかな印象で『普通の人だな』と思ったが、全員揃ったところで、いきなり受講生全員怒られた。
((((;゚Д゚)))))))
なんでかと言うと、受講生のほとんどがピッケルをザックに外付けしていたからである。一般的に公共機関で移動する時には良くないとされるが、以下のような目撃談を例にきっちりシボられたのである。
立山のケーブルカーの駅でザックにピッケルを外付けした登山者が階段を登っていたのだが、ピッケルのシャフト(棒の部分)の先が階段を下ってくる人の『口の中』にスポッと入ってしまった。
しかもそのまま気づかずに登ってしまったので、上顎を『グリグリッ』と突き上げてしまったというのだ!!被害者は床に倒され、悶絶状態となり、しばらく動けなかったという。
きっと、こういうのを『万が一』というのだろうが、まさにその「一」が当たってしまったわけだ。
『人生終わりますよ!!!』
これには全員反省し、帰りは外すようにと固く誓いを立てさせられた。
練習場となる氷の滝に着くと、アイゼンワークの本番の講習が始まった。
氷上で練習するのはアイゼンの爪を正確に効かせる必要性があるので、雪上より正しいやり方を覚えやすいからなのだそうだ。
雪の上だと、アバウトに足を置いてもそれなりに歩けてしまうので、人によっては間違えて学習してしまう『ケース』があるらしい。
ちなみにその話を聞いているとき、突然講習生の1人が怖ろしいことを告白しだしたのでビックリした。
『雪上講習は受けたことがあるが、ゴロゴロ回転しながら100メートル以上滑落してしまったので、学び直すためこの教室に参加したんです』
というのである。
((((;゚Д゚)))))))
まさか目の前にその『ケース』に該当する人がいるとは思わなかった。
『助からなかったら、ここにいません』
みたいなことを平然と言うので、身を震わせつつも、これから始まる練習に対して本気モードを全開にした。
さて、初日のヤマ場は何と言っても傾斜の強い斜面を登る練習である。
本格的な雪山では60度〜70度近い傾斜も平気で登場するので、非常に重要である。
モチロンこれは傾斜の強い斜面でやらないと意味がないのだが、なんせここは氷の滝。練習台となる斜面は45度前後ある。
『これ、半分アイスクライミングじゃね・・・?』
初心者にはそう思えるインパクトだ。
しかも初めはバランス感覚を身につけるため、あえて足を肩幅以上に開き、しかもピッケルなしで登るよう指示される。
これ、どういう体勢になるかというと、
・手は、氷の上に置いているだけ。
・登る時はアイゼンの爪でキックして穴を開けるので、片足立ち。
つまり、ほぼ1点支持である⁉
((((;゚Д゚)))))))
なかなか繊細なバランス感覚が要求される。
アイゼンが滑りにくいのは『足が水平になっている状態』で『足に真上から体重がかかる時』なので、登る時に勢いをつけて乗り込もうものなら斜め方向に力が掛かり、足を滑らしたり、足場を壊してしまう。
なので一旦"次の足"に体重を移し切り、足に真上から体重がかかった状態にしてから、立ち上がらなければならない。
イメージ的には『あみだくじ』を辿るように左右に重心移動しては立つを繰り返すのであるが、クライミング技術の領域なのでちょっと難しいし、氷上なのでなかなか怖い。
はじめはみんな怖がり、
『誰が始めにやる?』
という空気感が漂っていたが、
最初に『やります!』という勇者が現れ、そして登れると、
『じゃあ自分もできるかも!』
と1人ずつトライしていった(笑)
私は2番手に登った。私はクライミングをちょっぴりかじっていたので、人の動きを観察してから登る方がいい事を知っていたのだ。
始めにトライした勇者の登り方や指導を受ける様子を見て、自分は完璧にこなし、しっかり褒められたのはご愛嬌である。v( ̄▽ ̄)
これをひたすら反復練習してコツをつかみ、そのバランス感覚をベースに、同じような調子で10種類くらいの雪上歩行技術を習っては反復練習を繰り返した。
最後に初期制動※の説明を受け、その日の講習が終わった。あっという間だったが、気がつくと日が暮れかけていた。
※転んでしまった時に滑落が始まる前に、停止させる技術のこと
次の日は、実際に雪山に登った。
本当は赤岳に登る予定だったが、雪が少なかったので、行者小屋から中岳沢を上がって阿弥陀岳に登るルートに変更になった。
しかしこのルートはなかなかキビシイ。何故なら40〜50度近くの傾斜を延々と直登して行くからである。
そのくらいの傾斜だと、
両足とも爪先立ちの『フロントポイント』か
片足だけ爪先立ちの『スリーオクロック』
で歩かないと滑ってまうのだが、爪先立ちは”滅多に使わない筋肉”を使うので消耗が激しい。5分10分ならまだしも、1時間近くそれで登り続けるのは辛いものがある。
ネットを見ていると、
『歩いていたら知らぬ間にスリーオクロックできてました〜☆』
みたいな記事がたま見かけるが、よほど運動センスがいいか、緩い斜面で爪先立ちをサボっているかのどちらかである。
『こんなの長時間やってられっか!!』
(♯`皿´)
というのが講習生全員の心の叫びだった。
実際ガイドさんも、『そのままでは辛かろう』とイロイロコツを教えてくれた。足の指を握りこむようにして爪先に力を入れるとか、斜面を細かく読んで、楽な足運びにこまめに切り替えるなど。
おかげで辛さは軽減し、なんとか登り切ることができた。
中岳沢を登りきると、ついに『ラスボス』が登場する。60-70度近い急傾斜の阿弥陀への登りであり最大の核心部だ。しかも雪が少なく、雪と岩と氷がミックスしてさらに難易度を上げていた。
危険地帯なので、ガイドさんがアンザイレンの準備に入ったが、何故か雪面に正座をして作業を始めた。雪上で座るときのコツだということだが、それにまつわる怖ろしい話をしてくれた。
昔、2人のおばさん登山者が、どこかの雪山の稜線まで登ってきたらしいのだが、
『ドッコイショ』
と雪の斜面に腰かけたところ、
そのまま谷底に滑り落ちてしまい、2人とも
帰らぬ人となってしまったのだそうだ。
((((;゚Д゚)))))))
なので斜面に一時的に座るときは、たとえ緩い斜面であっても、斜面に対して正座で向き合うように座り、アイゼンの前爪を雪面に突き刺すように癖をつけておいた方が良いと教わった。
さて、アンザイレンの準備も完了し、清水の舞台から飛び降りるような覚悟をもって、いざ核心部に突撃してゆくが・・・
『アレ⁉・・・・・』
『なんで?・・・・・』
『・・・・・簡単だ⁉』
怖くない。しかも岩や氷と戯れている感じがちょっぴり楽しい。
本来であれば、『危険、怖い』というネガなイメージのつきまとう核心部であるが、登れるようになった事で、逆にほんのり魅力を感じてしまったのだろう。
『どこまでも、どこまでも登っていきたい・・・』
素直にそう思えた。
かれこれ雪山を3年やってきたが、身の周りでたくさんの滑落に遭遇した。
赤岳では地蔵尾根でのナイフリッジでツアーメンバーが滑落し、阿弥陀岳では雪壁を下降中に、山岳会の人が回転しながら脇を墜落して行った。
奥穂高の小豆沢では急斜面を人が滑落停止しながら私の脇を落ちて行き、さらに1時間後に同じ場所で滑落事故で人が亡くなった。1日前にはやはり同じルートの雪壁で人が落ちて亡くなっている。
『雪山での歩行は95点ではいけない。
100点でないといけない』
そう言われた。
”意識"が緩むと、足場の選び方や置き方に妥協と漫然さが生まれ、運次第で滑落を招くのだそうだ。これは技術が高くても起こりえるという。
運の要素を排し、
足場に意識を払い続け
精度の高い歩行をし続けること。
それが『100点』であり、
『滑落しない歩行技術』
ということなのであった。
言われれば『そりゃそうだ』と思うが、なかなか出来るものでもない。
で・・・宿題?が出された。
そう出来るようになるために経験を積みながら反復練習し、歩行精度を高め、注意力を切らさない癖をつけてくださいね・・・と
『まったくおっしゃる通りだが大変だな・・・』
と思ったが、それは私にとっては明るい道標であった。
その後『宿題?』をこなしながら、ついにGWに奥穂高に登った。核心部である白出のコルの傾斜70度の雪壁は、やや雪の状態が悪くてひるんだが、自信はあったので『進む勇気』で踏み込む。氷の滝での練習を思い出しながら登ったのは言うまでもない。
そして、眼前に広がる白銀の北アルプスの峰々を前にした時は、感動と喜びに心が震えた。不安や恐怖もあまりなく、そう言った感情に邪魔されずに、素直に山と向き合えたのは良かった。
講習会の内容は本当の雪山の核心部を歩くようなハードさではだったが、それ故に、本当に危険な場所に対応できる技術が身についたのだと思う。
また、講習がいかにも厳しいような書き方をしたが、だれもがわかるように丁寧に説明し、できるようになるまでずっと指導してくれるという、非常に丁寧なものだった。
いまでも、
『意識を切らさずに、足場をちゃんと選んで、重心移動して・・・』
という助言は今でも脳裏をよぎるし、氷の滝で学んだの体の動かし方はしっかり身についている。
講習会は私の血肉になり、今でも白銀の世界で自分を導き続けてくれているのである。
他の雪山チャレンジ日記を読む
www.yamareco.com/modules/diary/36225-category-6
いやー・・・全く未知の世界のお話でとても興味深く読ませて頂きました。本格的な雪山へのステップアップには初心者でもこれだけの心構えと練習が必要だということですね。雪山では95点でなく100点、まさしくそうなのだと(やったこともない私でも)思います。今年のG.W、まだ雪山の穂高で滑落事故が相次いでしまったことがありましたね。穂高岳山荘の宮田八郎さんのブログ「ぼちぼちいこか」で宮田さんが、簡単な装備で経験も大してない登山者が大勢押し寄せ、遭難事故を起こしている現状を嘆いておりましたね。
http://bochiiko8.blog.fc2.com/blog-entry-448.html
cajaroaさんが参加されたような講習がもっと多くの雪山登山初心者の方々に浸透し、細部に至るまでの心構えと技術をそこで学ぶことが出来るのであれば、悲しい事故の件数も確実に減らすことができるのでしょうね(ゼロには出来ないでしょうが・・・)。私は常に単独で山に向かうということや冬の時期にそれなりの山へ向かう環境が整えられないことから今後も丹沢で軽アイゼンで歩ける程度の雪山にしか登らないと思いますし、このお話を読んでより無茶なことはしてはならないと気持ちを新たにすることが出来ました。詳細なお話、ありがとうございました!
ryoさんこんにちは
GWの穂高に行ったのは実は今年で、宮田さんのブログのお話されていている事故が起こった渦中での登山でした。僕らが山頂に着いた時は、まさにジャンでのヘリの救助活動の真っ最中・・・、
宮田さんがピックアップされていることは、ほんの一握りの話です。日記で書いた以外にも、雪壁で転んで、あと一歩で滑落!というシーンを目撃したり、隣のテントの人は北穂で雪崩に飲まれて流されたなど(亡くなった方もいらっしゃいました)、私の身の回りでもかなりのニアミス・事故がありました。私が見ただけでも、それだけあるのですから、実際にはもっとたくさんあったのだと思います。
技術が足りない人、かつて自分もそうでしたが、そういう人は特に、行けるか行けないか、技術が足りているか足りていないかの判断が難しいのだと思います。技術や知識が乏しければ判断が難しいのは必然なのですが、ただ、そこでよくわからないまま一歩を踏み込んでしまうと、生死という結果に表れてしまう世界なので、事故につながりやすいのではないかと思っています。
私が参加したような、詳細なところまでキッチリ教えてくれる講習が増えたほうが本当にいいと思います。
ただ現状ですと人数と金額によってクオリティが様々ですし、古い技術や教え方に固執したりする講習もあったりするそうで、(道具が進歩しているのに使い方や考え方が古かったり)と、参加する側も相当目を凝らしてみないとならないのが現状のようです。後者については少しずつ改善されてきているという話は聞きました。
冬の丹沢いいですね!私も雪山を初めたころは夏靴に軽アイゼンとゲイター付けてよく行きました。秋に甲斐駒ケ岳のような所に行かれるのであれば、軽アイゼンに慣れておかれると、多少雪があっても安心ですよーー!
※今月の山渓にまさに私が教わったガイドさんによる歩行技術の解説が載っていますので、もし冬の丹沢に行かれるのであれば、参考にされると良いですよ。軽アイゼン(特にチェーンアイゼン)+トレッキングポールでも使える技術です。
すごい長文でしたが(^_^;)
読んでいただきありがとうございました!
雪山は憧れますが、手に汗握る話ですね。
今の自分には、まだまだ考えられない境地ですが、山歩きを始めたばかりのころは、予想だにしなかった先鋭的なエリアに進出しつつありますので、身につまされました。
命と隣り合わせの危険な遊びをしているのを再確認です。
ちなみに雪山でないのに、時々山中で転んでいますので、100点でなければならない、が無理ですので、今はまだとてもとても考えられませんが…
machagonさんこんにちは!
まぁ、雪山大好きなんですが、やっぱり危険な遊びです・・・山レコでもなくなってる方いらっしゃいますし、よくニアミスの記事が上がってきます。
読まれた事あるかもしれませんが、レコでは遭難されたご家族の想いの手記も上がっていました。
http://www.yamareco.com/modules/diary/152174-detail-94812
そんな状況なので特に初級者、中級者は準備と技術は重要だと思っていて、講習会はもちろん、クライミングでトレーニングをしたり、夏にルートの下見をするなどリスクを減らすようにしています。私はチャレンジとは準備にあると自分に言い聞かせています。
山で転ぶのは困りましたね。ウチは相棒がよく転んでましたが、歩く姿をビデオで撮影して本人に見せ、フォームを強制的に直させました。(笑)ご参考になるか・・・な?
仕事柄、厳冬期の北ア遠征は出来ないので憧れています。雪山の美しさは何とも言えない魅力に溢れていて、ずっとそこに身を置きたくなりますよね〜
wakatakeyaさんこんにちは!
コメントありがとうございます!
雪山は本当にいいですよね。一度あの白い峰々を見てしまうと、もう後には戻れなくなってしまいます。
(雪山やられるのですね。レコ拝見いたしました!皆さんとても楽しそう!)
先日、日記で酒造のお仕事をされていると拝見しましたが、冬季は日本酒造りのシーズンなのでしょうか。私のようなデスクワークの仕事をしているものには、季節という自然と関わっているお仕事というのがとても素敵なものに感じます!
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