奥秩父の西沢渓谷の入り口として有名な広瀬は静かな谷合の集落でした。
広瀬ダムの工事が始まり、水没する村道が上部に付け替えられ、
その新しい土地を新地平といいました。
高校一年生の3月上旬に初めて奥秩父を、初めての冬山として体験しました。
雲取山から飛龍山へ向かう下りは広々とした大きな雪の斜面で青岩谷に向かって
大きな雪庇が張り出していました。
これが雪庇かと感動したものです。
この話を先輩に話すとあんなところに雪庇が出来るわけないと嗤われました。
何はともあれ気分は加藤文太郎。
凱旋気分で雁坂峠を降りました。
林道に出て暫くすると犬の親子がついてくる。
柴犬だったと思います。
私の前を歩き、集落へ先導してくれる。
子犬は路肩に生えている草にじゃれつきながら母親についていくのだから、酷く忙しい。全く前を見て歩いていない。
子犬は草を何に見立てて格闘しているのだろう。
犬の親子がついてこなくなって数分後に、また母親の犬が現れた。
私の前に出ては振り向き、私の顔を見る。
また私を追い抜き振り返り私の目を見つめる。
小さく吠える。
子犬がいない。
さては落ちたな。
母親の犬の案内で林道を戻ると崖下で子犬の鳴き声が聞こえる。
幸い、先に川へ降りる道が見えたので大きく回って崖下から子犬のところまで上がり、
助けてあげる。
子犬はどこも怪我をしていなかった。
抱っこした子犬を母親の犬に戻すと母親の犬は私の汚い顔をなめてくれる。
さすがに子犬も反省したのか今度はおとなしく母親と歩いている。
集落が見えてくると、村の人が登ってくる。家族のようだ。
すると子犬はキャンキャン吠えて突進していく。
そのまま飼い主とともに村道から少し降りたい家に帰って行った。
私はそれを見届けバス停に向かいました。
気がつくと親犬がついてくる。
この先に用があるのかな。
ダムに沈む集落も見えてきた。
バス停が見えてきた。
バス停の方から犬の大きな吠える声も聞こえてきた。
小柄な母親の犬はその声に明らかに怯んでいる。
ここはすでにこの犬のテリトリーではないのだろう。
それでも私の後ろを歩いてくる。
バス停の近くの民家ら犬が吠え続ける。
私はバスに乗ってから乗客にこれ見よがしにロングスパッツを外す。
ふふふ、君たちは知らないだろうが山の上は冬山なのだよ。
僕は加藤文太郎さ。ははは。
まだ、犬が吠えている。
うるさいなーと窓の外を見ると、あの犬が私を見ている。
バス停の大型犬に吠えられても耐えて私を母親犬は見ている。
バスが発車して、見えなくなるまでバス停の広場に彼女は座って私を見送ってくれた。
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