山岳関係者でも偽物はすぐにばれるが「嘘の山の知識をまことしやかにいう、似非の関係者」はわかりにくい、しかも情報社会で似非が広がりやすく誰にも止められないし「本物と似非」が混在していることは悩ましい。
いつも情報のリテラシーとともに「羅針盤」になるような識者を探しているが「溝手康史弁護士」はそんな数少ない識者の一人だろう「山小屋」そのものが悪いとか是非の話ではなく法律家としての冷静な目で「山小屋」と「自治体」と「山岳遭難」の関係を全国でもたった一人紐解いている。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~mizote/2023.html
山岳事故の多くは、初心者や未熟者の事故である。
未熟者・・・・・この言葉を登山者は嫌う。
心理学では、人は平均以下と見られることを嫌う点が指摘されている。
登山者も、自分は人並み以上だと考える傾向がある。
未熟者という言葉は、平均以下のニュアンスがある。
また、数年程度の登山歴があれば、経験者であり、経験者=熟練者と考えやすい。
山歩きは特別な技術が不要で、誰でもできるので、山歩きの未熟者と経験者の違いがわかりにくい。現実に事故が起きれば、山歩きの未熟者と経験者の違いがよくわかる。山歩きで事故を起こすような人=未熟者である。
登山が手軽にできることが、事故の多さをもたらす。
金がかかるとか熟練を要するレジャーやスポーツは誰でも気軽にできない。
富士山は、五合目まで車で行けること、登山道が整備されていること、山小屋が多いこと、診療所があること、救助体制があること、世界遺産であること、マスコミがよくとりあげることなどが、事故の多さをもたらす。
普段運動をしたことがない人でも、山歩きであればできそうだと感じる。現実に、山歩きは特別な技術がなくても誰でもできる。しかし、誰でも事故を起こさないということではない。
登山が気軽にできることが、事故の多さにつながる。
金をかけずに誰でもできるのは、登山、釣り、ジョギング、ランニング、散歩などだ。「金をかけずに誰でもできること」を禁止することは、難しい。
富士山では、夏以外の登山を禁止したが(ただし、効力のない禁止)、事故が多いのは夏である。夏の登山を制限すれば事故は減る。
弾丸登山が問題になっているが、富士山でトレイルランニングをする人はすべて弾丸登山者だ。弾丸登山が問題なのではなく、未熟者の弾丸登山が問題なのだ。富士山で事故を起こす人のほとんどが、山小屋の宿泊客だが、山小屋の宿泊が問題なのではなく、未熟であることが問題。山小屋に宿泊すれば、高所での滞在時間が長くなるので、高度障害が生じやすい。弾丸登山は、高所での滞在時間が短いので、高度障害が生じにくい。高度に弱い人は、山小屋に宿泊しない方がよい。
富士山登山がもっと不便であれば、事故が減る。富士山登山が便利過ぎることが、事故の多さをもたらす。
富士山では、登山を便利にして登山者を増やす政策をとっていることが、事故の多さをもたらしている。
事故を増やす政策が事故をもたらす。
人気のある山では、1日の登山者数を100人くらいに制限するのが、世界の潮流である。これは、事故防止のためではなく、環境保護のためだ。
発展途上国では、国がガイドをつけることを義務付け、金がかかる登山にすることが多い。金がかかることが、登山者数を抑える。
富士山が登山者を無制限に受け入れるのは金のためだ。
登山者数を制限することなく事故防止を呼びかける一方で、観光産業と役所は登山者を増やしたいのだ。
役所は、事故防止を呼びかける一方で、事故につながる登山者数を増やそうと努力している。
登山者が増えるのは、初心者や未熟者が増えるからだ。登山の熟練者はそれほど多くなく、山小屋が熟練者であふれかえることはない。熟練者は、テント泊を好み、混雑する山を嫌う。
→以前から「山岳遭難防止」については「安全心理学」分野の確立と「交通心理学・災害心理学・労災心理学」の山岳への応用を発信をしているが、これについて触れているのは、ルポライターの羽田治氏の「他人事・自分事」という正常性バイアスの解除についての発信と今回の先生が触れている「登山行動についての心理学」についてだけである。
が誰一人としてこの「登山者の行動心理学」について研究する関係者がでてこない、観光や山岳関係者には「人材がいない」というより、「交通・災害・労災」問題は改善すれば利益の改善やお金を生むことにはなるが「山岳遭難」は改善してもお金や利益にはならないからと最近理解している、したがって2025年問題2030年問題と次々と訪れる人口構成問題の境まで減っている登山人口440万人がさらに自然に激減するまでは「山岳遭難事故」は減ることは決してないだろう。
https://www.amazon.co.jp/%E6%9C%AC-%E6%BA%9D%E6%89%8B-%E5%BA%B7%E5%8F%B2/s?rh=n%3A465392%2Cp_27%3A%E6%BA%9D%E6%89%8B+%E5%BA%B7%E5%8F%B2
昔はよく山には哲学があると云われたものだが、いまでは死語だし「理屈を道理として深く考える登山者も減っているから」この文章の意味を理解できる方は本当の山好きなんだろうなと思います。
最近は日本古来の登山の原点である「宗教的な意味合いの自然に対する畏怖心と共存よりも、スポーツクライミング的な征服して満足感を得るピークハント的登山が増えている」
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する