これまで、「百名山」のことを書いて、皆さんからコメントをいただいているうちに、少しずつ「百名山」なんてどうでもいい存在になってきたのだから不思議である。
とは言うものの、「百名山」に対して私がどのようなスタンスをもっているかを述べないことは、これまでコメントをくださった方に対して失礼だと思うので、あえて述べたいと思う。ただ、これは私の「百名山」観であって、他の方が「百名山」に対してどのような価値観で登っているかについて干渉するつもりはないので、その点は誤解しないでいただきたいと思う。
では、なぜ、私が自ら「百名山」踏破を行うことを忌み嫌わなければならないのか?私として3つの観点から述べたい。
第1 自分の登山に、他人の尺度を使うことに対する疑問
信仰など明確な目的を持った方を除いて、現代において、山に登ることは、スポーツの一貫といえよう。ただ、スポーツの中でも、一時として同じ光景はないという自然を相手にしながら、天候や山やコース選択、時間の読み、ギアの選別、危険の回避・・・など、自分の知恵や知識を総動員して、その時々の状況判断が試される高度なスポーツといえる。その中で「どの山に登るか」「その山のどこを歩くか」という点は、最も自分の個性を発揮できる点の一つといえよう。そのような場合に「自分が登りたい山にたまたま『百名山』があった」、あるいは、「どこを登っていいから分からないからまずはハズレのなさそうな山を選ぶための登る山の参考に『百名山』を参照して登った」とか言うならなんとなく理解できる。しかし、「百名山」をミッションの如く「踏破」しようとする行為や「コレクション」することについては、私自身の創造性や個性を発揮できないと思ってしまう。
自己満足の世界だから人それぞれではないか、といったご意見や登山選びに別に個性なんか関係ないだろうというご意見もある。もちろん、どのような価値観をもって山に登るかなど、お互い様であり、他人からとやかく言われる筋合いのものではないだろう。しかし、私に関していえば、一度きりの人生の貴重な時間を割いての山登りである。せっかくなら自分の力量の範囲内で思いっきり個性や創造性を発揮したいと思うのである。深田大先生という一個人、あるいはとある団体が選んだ「◎◎名山」を拠り所として、単なる他人が選んだ山のコンプリートを目指すことに、私は何の面白みも感じないない
私にとっては、登りたい山を選ぶ(私の場合は「感じる」といった方が適切)ことそのものが楽しいのである。地図を広げながら、地図上の池塘や稜線に思いを馳せながら計画することの面白さ、ある山の山頂から隣の山の美しい稜線、険しい稜線を眺めながら「あそこを歩きたい」という思い、あるいは「日本百名山」(深田久弥)や「花の百名山」(田中澄江)などの著作を読んで、こんな山の歴史を感じたい,花に会いたいという時もあるだろう・・・そういう内から湧き出る思いを私は大事にしたいと思っている。
過日述べたように、私には、時間もお金も限界がある。たった一度の短い人生において、登る山を他人の選考に基づく「随筆」や「ガイド」ひいては「目次」なんぞに縛られるなんて・・・残念ながら私にはできない。このようなことをしていると、せっかく「登りたい」と思っていた山がいつの間にか「登るべき山」、「登らなければならない山」そして「ミッション」へと変容していくかもしれない。
2019年夏に私が初めて磐梯山へ登ったとき、午前中にスライドした岐阜県からの登山者が、ガスで覆われた磐梯山(「百名山」)山頂をさっさと往復ピストンで下山して、すぐに西吾妻(「百名山」)へ登る予定だとか・・・。コースをゆっくり登れば、晴れた磐梯山からの絶景や磐梯山の表と裏の二面性(これは「日本百名山」でも深田久弥が磐梯山の魅力として描いている部分でもある)を体験できたかもしれないのに、最短距離であり、かつ「日本百名山」でもほぼ描かれていないあえて人の多い最短距離のメジャーなルートをピストンして下山していった。私の推測に過ぎないのであるが、その方は、おそらく磐梯山を「満喫」するより、「百名山」の「ピークを踏む」ことを優先させたのであろう。
脇道にそれるが、東北以外から、「百名山」「踏破」を目指して福島へ来る方は、安達太良山と磐梯山、西吾妻山の三山を短期間に一気に登ることが多いようである。そして、その中の多くの方が、「鉄山」や「箕輪山」、「銅沼」「魔女の瞳」を見ないうちに、見事ミッションを達成して帰って行くのであろう。そのようなことをする方にとっては、面白いかもしれないが、こういう登山の何が面白いのか私にはさっぱり理解できない(私が理解できず、自分が登る動機にはなりえないという、ものであって、そういう登り方をするべきではない、と言っているのではありません)。
あるいは限られた時間のなか「本当に登りたい山」が「百名山」の後に回されてしまい、ついには登れないまま一生を終わるなんてことにもなりかねない結果となるのではないだろうか?
登山という主体的な行為が他人の基準によって、他律的な行為になってしまう危険をはらんでいると思う。それは、なんとも残念としか言いようがない。もし私が「百名山」の踏破なんかを目指してしまうと、きっとそうなるんだろうな、などと考えるのである。
(以下、つづく)
その1から興味深く拝読しました。
私自身は、既成の「●名山」などのリストは意識しつつも(というより、もはや意識から外すのは不可能…)、自分の登る山はそれに囚われずに決めており、 tektektek2003さんの考えに共感するところが多くありました。
(偉そうなことを言えるほどの登山歴ではありませんが。)
日記やコメントを読んでいくうちに思い出したのが、ご存じかもしれませんが、「避衆登山」という言葉です。
藤島敏男氏の造語で、「避寒、避暑という言葉がある以上、避衆ということもいえるであろう。つまり人になるべく会わないような山へ登るということである」というものです。
一部の人気の山に登山者が集中する現象を嫌い、これを揶揄し、なるべく人のいない山に登るべしとする、少々へその曲がった主張が入った言葉であると理解しています。(そんなへそ曲がりが私は好きなのですが ^^)
http://yamatabi.info/yamanohon74.html
この言葉を知ったのが他ならぬ深田久弥氏の「名もなき山へ」という著作です。
深田氏と藤島氏は良く一緒に山へ行っていたようで、藤島氏の「避衆登山」の主張に深田氏が同意する場面が出てきます。
もし深田氏が生きていたら、きっと、「百名山」もいいけど、「避衆登山」もいいよ、と言うでしょうね。
私は「避衆登山」至高主義ではないですが、最初から最後まで誰とも会わなかった、あるいはほとんど会わなかった山行は、山自体が地味であっても深く記憶に残ることが多いように思います。
登山の目的は人それぞれですから他人の選択やスタイルを批判する気は毛頭ないですが、自分自身は引き続き、星の数ほどある山の中から、自分が登れて、自分が登りたい山を選んでいきたいと思っています。
ryuta1219さん、コメントありがとうございます。
こんな駄文に目を通してくださって、ありがとうございます。
「●名山」について「もはや意識から外すのは不可能・・・」という感覚、全くそのとおりだと思いました。その中にありながら「自分が登れて、自分が登りたい山を選んでいきたい」という思いも共感するところです。
「避衆登山」、ご紹介くださってありがとうございます。私にとって初めて聞く言葉ではありますが、表向きだけで捉えるなら、今の私自身の登山にも通じるものがあるかもしれません。SNSの発達で、百名山はもちろん、南蔵王も秋田駒は、花の旬ともいうべき時期に人が押し寄せる。登山を始めてまだ数年の私ですが、今年になって、そのような人が押し寄せる特定の時期の山の素晴らしさを感じ、そこに行きたいと思いながらも、自分の足はそこへ向けることができないもどかしさを感じています。
もちろん、生涯を通じて山登りを行っていた藤島敏男氏の境地としての言葉だと意味や重みは違うのでしょう。ryuta1219さんが仰るとおり「へそ曲がりの主張」ではあるものの、大衆迎合に対する抵抗としての意味も多分にあるのだと思います。
「名もなき山へ」も「山に忘れたパイプ」も読んだことはありませんが、是非、手にとってみたいと思いました。
ありがとうございます。
先回の日記から跨いで再び失礼します。
なんてことはない、まったくもってワタクシと同じ意識・価値観で山に向かわれているんですね。しかも悲しいことに『私には、時間もお金も限界がある。』ここまで同じなのは逆に少し嬉しく思いました(笑)
これをお伝えしたかっただけです、失礼しました。
SM100Cさん、前回に引き続きのコメントありがとうございます。
「たたかい」という表題なので、もっと戦闘的かつセンセーショナルな内容を期待させてしまったみたいで恐縮です。
私自身は、「たかが『百名山』、されど『百名山』」といった心境なんですね。それを自分でどう整理したらよいか、客観的にみて、どのようなものなのかを、一般に公表してみることで、より整理したいと思いました。
「時間もお金も限界がある」ことは、多くの登山者に共通する悩みなのではないか、と思います。しかも「百名山」という存在が、よりその悩みを際立たせるのだと思います。
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