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無駄だとおもったけど、聞いてみることにした。いつも無愛想な司書が、やはり残念そうに答えた。
「入ったばかりで、まだラベルも貼ってないんですよ。」
彼女のデスクの後ろに、確かに見覚えのある1Q84のブックカバーがあった。今度は青いQの文字。
「もう予約されている方がおられるし。」
当分自分の番はない、ということだ。僕は当てがはずれたフィリップ・マーロウのように肩をすくめて口笛を吹きたくなった。私立探偵じゃないからそんなことはしないし、そもそも僕の口笛は壊れたオルゴールのように情けない音しかでない。
「でも…」
立ち去りかけた僕の背中を、司書の声が追いかけた。
「でも、本当に空気さなぎの話の続きを知りたいのなら・・・」
僕はゆっくりと振り返った。眼鏡の奥に大きな瞳があった。穏やかな微笑が顔全体にこぼれて、その背景が一瞬だけ輝いたように思えた。ひっつめの司書の顔を初めてまじまじと見た、と思う。もうただのひっつめの司書じゃなくなってた。
「知りたいのは空気さなぎのことじゃない。素敵な殺し屋の青豆さんのことでもない。リーダーの娘のふかえりの未来でもない。」
「天吾さんのこと?」
「月のことさ。だれだって気になると思う。夜空に二つの月が浮かぶ、あの1Q84の世界のことがね。」
「早く確かめたい?」
その言葉の意味が一瞬わかりかねた。
「僕は急がない。本を読まなくても生きていけるし、ただ生きていくだけでも、ほかにやることは一杯あるからね。食事を作り、片づけて、洗濯をしシャツにアイロンをかける。時間が余れば気に入った本を読む。気に入った本が全てに優先する訳じゃない。」
「あなたからすればね。でも本の立場からすれば…」
本の立場?そんなものがあるのを初めて知った。
「一番に読まれたいっていう人間がいるかもしれない。」
彼女はおかしそうに笑った。ヤナーチェクのシンフォニエッタを聞いても、この子はこんな素敵な微笑を見せるのだろうか。
「書架に置くのは明後日の予定なの。それまでは私のデスクに積まれているだけ。それを誰か知らない人がちょっとお先にーって読んだとしても、別に私は困らないわ。」
「個人としてはね。でも司書としてそれは?」
「いい?私も少しだけどプロの自覚はあるわ。でもね、時々息苦しくなるの。本を管理するって、工場で缶詰を管理したり、登山靴の在庫をチェックしたりってこととちょっと違う。それは、もっと人間臭い仕事だと思うの。目録順に並べたり、作家別に並べたり、ラベルを貼って、貸出データベースを作って。そんなことだけで私の仕事が終わるのが、もちろんそれこそが私の仕事だってわかってるけど…」
「で、時々、知らない男に順番を無視して貸し出したりする?」
笑顔にわずかな赤味がさした。
「こんなことは初めてと言ったら…どうしますか」
「2日で600ページだね。じゃ、食事を簡単なものにして洗い物をなくして、アイロンのいらないポロシャツにするさ。」
僕のウインクを見て、彼女は一歩あとずさった。やれやれ、これじゃIQ=84のウインクだな・・・
*以上、30分で作った創作ですけど、四分の一くらいは実話(笑)
*読後コメントは、しばらく控えます。これから読まれる方も結構いらっしゃるでしょうから。 1,2巻、ちょっと復習しておかないと、最初の20ページくらいまで、ボーっとしちゃうよ。
ははははは!
読んだ気分になりました。ごっつぁんです。
壊れたオルゴールのあたり、それっぽいですね。
内田樹さんが、フランス語版を少し自分で日本語に訳してみたあとに原文を読んだら、本物よりも春樹っぽかったというのをどこかで書いていて、なるほどぅ〜と思いましたよ。
読後すぐに書いちゃったので、校正必要ですね(笑)
笑っていただき、寝不足のかいがありました^^
これから書評いろいろでると思うので、楽しみ、楽しみ。ではお仕事いってきます〜
kiyoshiさん、はじめまして。
かな〜り楽しませてもらいました
私も一昨日、BOOK3を読了したばかりだったので、すぐにこの日記に飛びついてしまいました。
春樹氏は正直、長編は苦手だったのですが、
BOOK1、2はとても楽しめたので、
4月16日のBOOK3発売、すごく楽しみに待ってたんです。
18日に山に行ってきたんですが、
行き帰りの電車の中で読もうかと、
直前まで持ってくか迷って、
ザイルの重さに負けて、置いていきました
青豆みたいな、すっくと立ってる感じ、あこがれます。心身ともに無駄なぜい肉がないところも!
ヤマレコ日記で本の話題に出会えるのは貴重なので、とってもうれしかったです。
お仲間発見(笑)
といいますか、私はそれほどコアな春樹ファンじゃないですけどね。先週の日記にも書きましたが、アンダーグランド以降は読んでいなかったんですよ。でも1Q84は長編だけど、Book1のスピード感が抜群で、一気にいきました。さて、3巻の感想をお互い書きたいところですが、ネタばれ注意!なので、ちょっと控えましょうか^^
ザイルと春樹なら、それはやっぱりザイルです。この大型弁当箱のようなBOOK3のはいる余地はないですよね。青豆みたいなって、windyさんは女性だったのですね。青豆は春樹さんの女性キャラの中では一番クールですし、何より病的でもweirdでもないところがいいですね。
kiyoshiさん、こんにちは。
kiyoshiさんの文章、しっかり面白い小説になってますね。しっかり書いて出版されてはいかがでしょうか。(^_^)
私は村上春樹の本は読み進むことが出来ません。最初の数ページで読む気力を失ってしまうのです。私には合わないのですね。本屋での立ち読みしかしてませんが。
えっと、この花粉症の村上春樹みたいな文章では、コロッケ程にも売れませんのでやめておきます(笑)(yamarecoの皆さんの文体模写はいつかやってみたいな〜^^)
私は、合わない作家というより、合わない作品がありまして…漱石の「三四郎」なんど読みだしたか。我が家の本棚には3冊くらい文庫が眠ってますし、宮部みゆきの「理由」なんて、三回目は4分の3までいったのに〜
でも私のパロディ読めたのでしたら、きっと村上春樹大丈夫と思います(笑)
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