1985年頃の古い話だから、その時の光景がフラッシュバックするという程ではないけど、今でも雪の中で揉まれた感触をはっきり覚えています。若干、記憶があやふやな所もありますが、一つの体験談として書いてみます。
記録が残っておらず正確な日時は覚えていませんが、11月の第1週目か2週目だったと思います。1人で奥穂に登る予定で涸沢にテン泊し、白出のコルへ向っていました。
その年は雪が多く、ザイテングラードの取り付きまででさえ膝下のラッセルがあるような状態でした。通常ならザイテングラードを登るのですけど、横のアズキ沢に下山してきたパーティのトレースがあり、雪と岩が混じった夏道を登るより楽そうなのでアズキ沢を登ることにしたのです。
白出のコルとザイテングラード末端の中間を越えたあたりで下山して来た人と挨拶を交わし、暫く登ると落ちてきた雪がバサバサと膝に当たりました。
また降りてくるパーティかと思い上を見あげた瞬間、正面から目に見えない大きな力を受けて後ろへ飛ばされたように感じ、同時にゴウゴウと地鳴りのような音が耳を塞ぎました。
最初は体が縦に後転し、その後は縦か横か判らない位に回転して上下の区別がつかなくなりました。冬山装備の入ったザックを背負っているはずなのに重さも感じません。息を吸うために口を開けても鼻や口に雪が押し込んできて呼吸もできず、真っ白で何も見えません。身体を包んでいる雪が激しく動いているのがヤッケを通して伝わってきます。
手足を動かして雪崩の表面に泳ぎ出ようとしましたが、上下が判らないので単にもがいているような状態。雪崩に巻かれたら泳いで表面に出るというのは知っていたけど、泳ぐどころではありませんでした。
そのうち雪崩の底の方に潜り込んだようで、目は開けているはずなのに視界が暗くなり、身体中を締めつけている圧力も段々強さを増し、胸と腹が圧迫されて苦しくなってきます。
そんな状況にもかかわらず意識は妙に覚めており、
『埋まったら、鼻と口の回りに両手で空洞を作り、呼吸が出来るようにしなくては』とか考えたり、何年か前に八ヶ岳で見た、雪崩で圧死 した人のことが頭をよぎり、雪に埋もれた自分の姿がオーバラップして、
『もしかすると、これで終わりになってしまうのか』などと思いながらも、手足は動かし続けていました。
やがて身体を締めつけていた圧迫感が緩んでくると視界が薄明るくなり、
『浮き上がり始めている』と思った瞬間に頭が雪の上に出て、
ザイテングラードの末端の側壁が迫ってくるのがスローモーションのように見えました。
『あそこに、叩き付けられたらまずい』と思ってもどうする事もできず、
再び沈み込まないようにもがいていると、やがて体全体が雪の上に浮かび上がり二、三回転して、この時になってザックの重さを感じました。
両足を広げ回転を止め、ピッケルを脇の下の雪に刺して滑落停止姿勢をとろうとしても、雪面全体が動いているため上手く行きません。それでも何とか足を下にした姿勢になり、雪と共に滑り落て行きます。すぐ真下を、雪崩に巻き込まれる直前に擦れ違った人が一緒に滑り落ています。アイゼンで蹴らないように離れようとしても思うようになりません。
そんな状態で暫く落て行くと、すうっとスピードが弱まり、側壁の数十メートルほど手前で止まりました。同時に、手応えのなかった雪がギュッと締まって、雪の中にあった半身が固められたようになりました。
幸い、どこにも怪我はなく、ピッケルを持った方の手が出ていたので自分の体を掘り起こして起き上がると、すぐ下に流されていた人も大丈夫だったようで、よろけながら側壁まで歩いて行き一息ついていました。他にも流された人が二、三人いて、同じように起き上がろうとしています。声を掛け合って確認すると、埋まっている人はいないようで、流された人もピッケルや帽子を無くしたり、少し擦り傷ができたくらいで全員無事のようでした。
以上が、雪崩に流された時の体験です。
これの2年前の1983年の3月に、八ヶ岳の中岳沢で雪崩による遭難事故があったとき、行者小屋で事故に遭われて亡くなった方々が搬送されて来るのを見ました。
涸沢では誰も大きな怪我はしなかったけど、雪崩の底に入った状態で固まっていたら、どうなったかは判からず、全く運次第であったとしか言いようがありません。
だからこそ雪崩に会わない事が第一で、いつもそれを考慮して行動する必要があるのは当然、いかにシーズン始めとは言え、雪がある時に沢筋を歩く方が間違っていると言われれば、その通りです。
しかし、頭では判っていても実際に山に行くと、危険かそうで無いかの判断が難い時もあるし、判断そのものを忘れていたりする事もあり、教科書通りには行かないものです。
※写真は本文とは無関係です。
雪崩は怖いです。
想像しただけで恐ろしくなります。
1983年3月の事故の翌週(だったと思う…)に入山しましたがまさかと思う場所でした。
あれ以来どんな斜面でも雪さえあれば雪崩ると思うようになりました。
それでも夢中でラッセルしてると危険な斜面に入ってしまうこともあります。
やはり判断が難しいですね。
精進します。
chiroさん
>どんな斜面でも雪さえあれば雪崩る
まさに、その通りですね。
中岳沢は夏冬を問わずポピュラーなルートだから、誰しもが「まさか、あんな所で!」と思ったのではないでしょうか。
同じように意外な場所と言えば、富士山の御殿場口に二ツ塚という、なだらかな丘があって、そこは昭和40年代にはスキー場がありました。そのなだらかな所で雪崩が起きた事があって、冬の富士に登った時に、太郎坊の小屋番の人が注意するように言っていたのが、記憶に残っています。
今ではそういう話も風化して忘れ去られており、いずれまた同じような事が起るような気がします。
>夢中でラッセルしてると危険な斜面に入って
トレースがなくて、膝を越えるようなラッセルなんかしていると、いつ雪崩が落ちてきても不思議じゃないような所だったりする事もありますね。
ルートとして避けられない場合もあるし、そういう時の判断は本当に難しいものですね。
guchi999さん、こんにちわ。
雪崩巻き込まれても大事に至らずよかったです。
自分も大学生のとき冬の中岳沢を通過してます。今も、赤岳、阿弥陀岳へ多くの方が利用されてますよね。亡くなられて方にはご冥福をお祈りしますが、運としか言いようがないですか。
八ヶ岳と言えば、1月15日(昔は成人の日)に小同心を登り稜線までの雪面で怖い思いをしました。当日は大雪で40~50cmの新雪が積もったのですが、自分らの数m先で雪面が2~3cm裂けるんです。稜線に到達するまでに2~3回裂けました。雪崩れるかと怖くて心臓はバクバクでした。
体調が回復したら山登りを再開しますが、安全登山を肝に銘じています。
fujikitaさん
私は春山ですが、トラバースをしようとしたら雪面に亀裂が入って焦った事があります。
そういう時は、それまで安定していると思っていた斜面も危険に思えてきて、安全圏へ達するまでの緊張感は凄いですよね。
冬の小同心は2度ほど登りました、どちらも天気が悪くて雪が降っていて、2度目の時は膝上のラッセルだったから、条件が違えばfujikitaさんのように怖い思いをしたのかも知れません。
guchi999さん
凄い体験してますね〜!
最近は山での体験が継承されにくくなっているようなので、こういう話はとっても貴重だと思いました。
若い時分、友人から、雪崩に流された体験を三日後に生々しく聞いたことはありますが、幸い自分は経験せずに済んでいます。
その友人も「流されながら沢山のことを考えた」って言ってましたけど、やっぱりそうなんですね。
そうですね、雪崩に巻き込まれたら「泳げ!」って教わったけど、上下が分からなくなるんじゃ、うまく泳げそうもないですね。(そう思ってもやる価値はありそうかな?)
もう雪崩の起きるようなコースは登れないと思ってましたけど、どんな斜面でも雪が付いたら雪崩れる可能性があるんだと、確り頭に叩き込んでおこうと思いました。
f15eagleさん
お友達も流されましたか この体験は絶対にお勧めできないけど、雪崩経験のある人は意外と多いのかもしれませんね。
流されていたのは、時間にしたら1,2分(もしかしたら数十秒?)の事だったでしょうけど、色々なことが頭に浮かびました。とにかく諦めては駄目だと自分に言い聞かせて手足を動かしていたように記憶しています。
私は家人から冬山禁止を言い渡されているので、雪崩れるような山へは行かないけど、スキー場でも無いとは言えないから、気をつけようと思っています。
あわわわ。。。
心臓バクバクで読んじゃいましたよ〜。。。
泳げ!とか、口と鼻を覆え!とかよく聞きますが、実際にそんな場面に遭遇したら、ワタシはたぶん固まってしまって何にもできないでしょう。。。
生還なさったぐち先生はやっぱ凄い!!やっぱ最後の瞬間まで諦めずになんとかし続けることが重要なんですね〜。
ご無事でなによりでした。
クニさん
オーバーハングでの墜落とかは出来る事がほぼ無いけど、雪崩れや滑落は可能な限りあがき続けるのが大事ですね。諦めたら、それでお終いですから。
多くの人は本能的に体が動くのでしょうけど、中には何もできなくなって運を天にまかせてしまう人もいます。岩場で固まってしまうとか、滑落して縮こまってしまうというように。一緒に行ってアクシデントがあったとき、その人がそうだと見ていて本当に怖いです。
クニさんは、岩場でニャーニャー泣いていても何とか登ってしまう人だから、そうでは無いと思いますけどね。
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