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2014年11月13日 18:37落ちる。全体に公開

冬の花火(松濤岩から真っ逆さま)

北穂の幕場あたりに出た時はもうあたりは真っ暗。
11月下旬なのに下界で花火が上がっている。
嫌な予感。
新雪のラッセルに閉口して知らず知らずのうちに稜線通しのルートになる。
行き詰まると涸沢側の雪面をずるずる降りて、また少しずつ斜めに上がり稜線で行き詰まったら、雪面をずるずる降りる。
それをいくつか繰り返し、ふと正面を見ると北穂の小屋が同じ高さのすぐ目の前に見える。
あら、おかしいな。滝谷の下降点はいつ通り過ぎたのだろう。
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あ、と思った瞬間ピッケルを握りしめ、制動確保。(滑落停止)
うっそ。雪面がない。
空中だ。
頭から落ちていく。
握りしめたピッケルはどこかにぶつかり簡単に飛んでいった。
岩がどんどん近づいてくる。
岩に頭から突っ込む。
火花が出た。
あーこれが死の合図か。

死んだかと思ったがまだ意識がある。
雪の斜面を落ちている。
なんだよ。もう一回痛い思いするのかよ。
あれ、スピードが落ちてきた。
助かるか?
もがくと止まった。

全身の異常を確認する。
手、足、体、頭から異常の報告はこない。
とりあえず頭が下では困るので起きあがろうとする。
あれ、足が動かない。
あ、荷揚げの荷物は?と背中の背負子を手で確認するが、何もない。
気が付くと背負子に首を突っ込んでいる。
背負子が制動を掛けたようだ。
どうにか起きあがると、見覚えのある岩がある。
夏に滝谷下降点から北穂沢をグリセードで降り始め、コケたときに見た岩だ。
上を見上げる。
え、松濤岩のてっぺんから落ちたの?
一斗缶に詰め込んだベーコンブロックなど連続登攀のための高級食材がみんななくなった。
あれ、アイゼンも片側が外れてなくなっている。
2メートル程上に背負子にくくりつけておいたビニール袋に入れたおせんべいと煙草とライターが見える。
取りに行こう。
とその瞬間、右足に信じがたい激痛が走る。
おそるおそる右足を見るとちゃんとあった。

どうにかビニール袋までたどり着き、腰を据える。
ガスは晴れて星が綺麗だ。
ここで落ち着かなくては遭難する。
まずは一服。
意外と冷静である。
煙草をくわえ、ライターで火を付けようとする。
するとどうしたことか、ライターを持った右手が振幅20僂破萇達官復している。
左手でどうにか振幅を押さえて煙草に火を付ける。
うまい。
さてどうしたことか。
今は寒く感じないが、落ち着けば冷えてくるだろう。
北穂小屋は目の前だ。
這っていけば入れるだろう。
でももう登山者は正月まで来ないだろう。
救助隊は来てくれるだろうが、高くつくよな。
幸いにも涸沢小屋の冬期小屋には個人装備をおいてきた。
北穂沢を下ろう。
新雪なので背負子で制動を掛けながら冬期小屋に戻れた。

そこで3日間死んでいた。
これ以上とどまると捜索隊が出る。
降りよう。

小屋の戸を開けると大斜面。
出だしの急斜面はスコップに付けられたロープを伝って降りる。
(この年はスコップの掘り出しはできなかったと思います。ごめんなさい。)
あとはお得意のシリセード。
だいたい立てない。
少しでも浮かした右足が雪に触れると疼痛。
誰もいない涸沢を降りていくと正面に仙人のような人影が二つ。
やばいと思い立ち上がり、何でもないふりをして二人をやり過ごす。
「大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。」

カールを過ぎると雪は減り、シリセードができない。
左足と右手に持った背負子で進む。

後ろから先程のお二人がやってくる。

君が冬季小屋から這って出てきて、斜面を下りてくるところを見ていたよ。
今日は奥穂を諦めて君をサポートして降りなくてはならないなと思っていたら、君は我々に気がつくと突然立って歩き始めて「平気です。」と言った。
こいつは根性があるから奥穂をピストンした後でも大丈夫だと思い、行ってきたよ。

それからはお二人が西糸屋までサポートしてくれました。
途中の今日で閉めると言う徳澤園の冬季小屋で電話を借りて東京に電話する。
一歩遅れれば捜索隊が出るところでした。

普段はアプローチとして飛ばしていた涸沢から上高地への道がとても綺麗だ。

西糸屋ではじめて足を見た。
膝から下が青黒い丸太になっていた。
岩に激突したおでこには傷がない。
目の下に欝血があるのみです。
岩に激突したのは頭に着けていたヘッドランプで、それが火花を散らして粉々になったようです。

翌朝、西糸屋の方が白樺で松葉杖を作っておいてくれました。
安曇野の救急車が来てくれました。
病院では強く入院を勧められましたがタクシーを呼んでもらい松本駅に向かいました。
タクシーの運転手さんがザックを背負い、肩を貸してくれ、列車の座席まで案内してくれました。
向かいに座るご婦人に「どうしたんですか。」と聞かれ「ちょっと山で馬鹿をやってしまって。」と答えると5000円を包んで渡してくれました。

山でサポートしてくれた方は早稲田大学山岳部OBの権藤さんともう一人の方のお名前は失念しました。
落ち着いてから権藤さんには電話をしました。
「電話を貰って君をサポートしてよかったと思えた。これからも山を続けなさい。」といわれました。
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この日記へのコメント

登録日: 2011/10/11
投稿数: 466
2017/7/9 20:56
 RE: 冬の花火(松濤岩から真っ逆さま)
これですか
奇跡的ですね、ホントによくご無事で
11月下旬の穂高を単独行ですが。
凄いとかいいようがありません。
後、驚異的な体力ですね。

因みに松濤岩でググるとborav64mさんの冬の花火のヤマレコの記事がトップで出てきます
登録日: 2014/4/2
投稿数: 1450
2017/7/9 21:37
 RE: 冬の花火(松濤岩から真っ逆さま)
はははは。
連続登攀のために一斗缶に詰めた食料が残念でなりません。
1キロのベーコンブロック。サラミ。食べたかったです。
ある意味相当な量のごみを北穂沢に撒き散らしたことになります。
まーしかし岩がどんどん近づいてきて頭からぶつかって火花が出たときは死んだつもりでした。
これを筆頭に死んだと思ったことが数回ありますが、その結果得た教訓!?
「歴史が私を必要としている。」
はははは。


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