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さて、那須地域の地図に目を向けると、観光と自然保護の間で揺れた地域であることを実感する。先のスキー場もそうだが、地域の西に目を向けると、大佐飛山や男鹿岳を中心とする秘境感の漂う山域がある。この山域で一般登山道があるのは日留賀岳くらいである。日本山岳会の中央分水嶺踏査報告書を見ても、この付近の容易ならざる踏査の難しさを垣間見ることもできる。こんな秘境にかつて2つの山岳道路の建設が意図されていた。
1つは、オフロード界隈では有名な「塩那道路(塩那スカイライン)」(栃木県道266号)、もう一つは、那須から朝日岳・三本槍岳・大峠を経由して会津へ通じる「山岳観光道路」であった。
後者の方は、具体的な計画が決定される前に、1971年9月末に三斗小屋温泉の高見沢大蔵氏が、たまたま測量中の職員を発見し、その後道路建設を危惧した地元の方を中心に、「奥那須を自然を守る会」を結成。精力的な活動をすることもあって、具体的な計画が決定されぬまま、事実上立ち消えになった(詳しくは写真3の書籍に記載)。
一方、前者の方は、工事用道路は一旦完成したものの、諸事情(詳しく書くと余りにも長くなる)により現在は山岳部分が廃道化措置がとられており、現在は国土地理院の地図では表示されていない。しかし、google map(写真2)や「山と高原地図」では、「塩那道路」がはっきりと掲載されている。これを見ると、そのルートは驚きだ。男鹿岳の南側の女鹿岳から日留賀岳手前のコルまでほぼ稜線上を道路が通過しているのである。
今のように山を歩くようになると、こういった山岳道路が一般共用されていたら・・と思うとあまりにも恐ろしく感じるものだが、山を歩いてなければそんな感情は湧かないのだろう。
当時は、列島改造やリゾートブームでそんな開発も当たり前だったのだろう。そんな時代の中にあって、将来を見据えた先人の皆さん達の行動には本当に頭が下がる。
先ほど取り上げた「奥那須を守る会」は、主な行動指針の一つとして、「知らないものは愛しようがない」というものがある。「知らないこと」は、その人にとっては「存在しないこと」を意味する。そして、「言葉」より五感で感じる「体験」こそが,自然を守る原動力になり、それが上記守る会の活動の中心であった。那須を歩くとことで改めてそんなことを思い、改めて「三斗小屋温泉誌」と「三斗小屋温泉150周年記念誌」を手にとってみた。
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