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2018年09月02日 15:59回想の山旅全体に公開

11月の塩見岳  月明かり、そして純白の世界

月明かりは、山歩きにとって実に心強い味方だ。今回の出発日も、天気予報と月齢を参考に決めた。満月が近いのだ。
京都を発って、名古屋で中央線の夜行列車に乗り、辰野で飯田線に乗り換え伊那大島に向かう。ここからバスで終点の鹿塩に行く。着いた時には、時計は既に午前11時を指していた。バス停からは、まずは塩川小屋を目指して歩くことになるが、途中車に乗せてもらえたから、少し時間の節約になった。うまくいけば、三伏峠に陽のあるうちに着けるかもしれない。
小屋を過ぎ、暫くして尾根にとりつく。急登である。必要以上にジグザグに切ってある道を、本谷山を左手に見つつ、高度差にして900メートルほどひたすら登っていくと三伏峠に着く。その間、塩見岳の姿を見ることはできない。峠に近づいたころ、ようやく木の間から間ノ岳と並んでその存在感のある山容を認めることができた。実際、その姿を目にした時には、既に陽は雲の彼方に沈んだ後で、塩見岳はほのかな残光の中に静謐さをたたえていた。「あれが塩見か」。峠まで登ってこられたという安堵の感情が入り混ざり、妙に落ち着いた気分であった。月明かりの中、三伏小屋(注:現在の三伏峠小屋とは別で、既に廃小屋。三伏沢の方に少し降りたところにあった。)に向かう。小屋は無人で、先客はいなかった。
 明けて塩見岳へアタックする日は、快晴の天気に恵まれた。午前6時前には小屋を出発する。塩見岳に朝日が当たるのは遅い。三伏峠からは、黒々とした塩見岳が眼前にあるだけである。権右衛門まで森林帯を行く。針葉樹やダケカンバの森をゆったりと進む。富士山は、ほぼ頂上付近まで上らないと完全な姿を見ることができない。最後はハイマツ帯から岩稜の道だ。しばし山頂にて四方の眺望を楽しむ。
頂上を極め、心に刻んだ山姿を下山の途中に振り返り見る時ほど、限りない幸福感に包まれる時はない。今回の山行でもそうだ。本谷山を前にしてダウンをとり、柔らかな日差しに包まれながら、ゆったりとした気分で、じっと登り来た山を眺めていると、「来てよかった」という感情がしみじみと沸き起こってきて、ついつい琵琶湖周航の歌を口ずさんでしまった。午後1時過ぎには、三伏峠に戻った。
 この季節になると、午後4時40分には日没になる。その時刻に合わせてもう一度峠まで登ってみる。峠でしばらく佇んでいると、塩見岳頂上の右寄りの肩から満月が静かに上ってきた。荘厳さと慎み、静寂さを常にたたえ、天空に鎮座する塩見岳に愛おしさを抱かずにはおられれない。
 その夜、今季第一波の寒波がやってきた。夜中に起きてみると、うっすらと雪が積もっている。夜明け前には雷が鳴りだし、いよいよ寒冷前線が近づいて来たことを実感させる。午前8時に朝食をとって9時過ぎに天気図をとる。やはり、かなり迫力のある西高東低の冬型の気象図だ。その後も一向に嵐は収まる様子もなく、誰もいない冬季小屋で一日沈殿することになった。
外は粉雪が舞い、終始風が強い。小屋はかなりの年代物で、時折強い風が隙間から吹き込み、その度に雪が舞い込んでくるのはいただけないが、セーターを着ていればそれほどの寒さではない。午後4時前には早めの夕食の準備に取り掛かる。夕食を取ると、もうやることがない。仕方なく知っている歌をアイウエオ順に歌って気を紛らわせる。
あれほど吹いていた風も深夜12時ごろにはぴたりとやんだ。午前3時ごろ小屋の外に出てみると星空である。寒波が過ぎた後の塩見岳は、どんな表情を見せることだろう。ちょっと、踊り出したい気分だ。
 朝になると、晩秋のさみしげな塩見岳は一変し、神々しい輝きと力強さを表していた。四方を見渡すと、あらゆる木々が白いモールで飾り立てられている。青空の中に三伏沢にめがけて深く切れ落ちる頂は、昨日までの晩秋のモノトーンの山の姿と二重映しとなって心の底から感嘆の声を上げたくなる。 
麓では、抜けるような青空に昨日までとは違った冷たい風が吹きぬけていることだろう。きっと、南斜面の山肌にへばりつくようにして暮らしている人々は、はるか稜線のかなたに一線を画すように白いものが覆いかぶさっているのを発見し、いよいよ長い冬の到来を知ることだろう。もう、このような集落に残って暮らす者は、年老いた山持ちばかりである。「ついに来たね」と年老いた主とかみさんが珍しくあいさつを交わすのはこんな朝だろう。
 それは、山頂が最もあでやかに変貌を遂げる朝でもある。すっかり葉の落ちたダテカンバと白骨化した枯れ木、モミで彩られたさみしい色合いの晩秋の山の世界が一夜にして変貌し、あらゆる木々の枝に銀色のモールをつけて輝いている。青空から差し込む陽の光までもがこの純白の世界の訪れを賛美しているようだ。こんな幸運に巡り合えた登山者は、自然のメタモルフォゼの完璧さに畏敬の念を禁じ得ない。

【山行記録】
昭和47年11月19日(日)晴
11:00鹿塩着、11:15出発。12:40塩川小屋(途中車に乗せてもらう。)、13:35水無沢尾根とりつき地点(標高1,600m)、14:35三合目水場、15:15五合目、16:35分岐点 17:05三伏峠、月明かりの中を17:35三伏小屋

11月20日(月) 快晴 月齢15.1 
一日中、風はほとんどなく、山頂にガスがかかることもなし。
4:30起床、5:50出発、6:30本谷山、7:55権右衛門山コル、8:35塩見小屋跡、9:35塩見岳山頂、10:15山頂発、10:45塩見小屋跡、11:10権右衛門山コル、12:15本谷山、13:15三伏峠 昼寝、一旦小屋へ。 15:30再び峠に行き、16:00撮影地点着、16:40落日を見る。しばらくして、塩見の肩に満月がでる。

11月21日(火) 雪  富士山9時の天候:気温マイナス11度、雪
深夜0時ごろから前線の影響が感じられ、2:00ごろからは雪が降り始める。5:00から8:00ごろにかけて雷を伴い寒冷前線が通過。一日中風強し。
小屋でひとり沈殿。深夜12時頃から風が収まり始める。

11月22日(水) 晴
朝、一面の銀世界。積雪は峠付近で40センチほど。
7:00写真撮影にため峠に。8:30撤収完了、8:50三伏小屋出発、11:10分岐点、12:00三合目、12:20同出発、12:47水無沢尾根とりつき点、13:30塩川小屋、15:00鹿塩。
鹿塩あたりまで雪があった。

【備考】
1.塩見岳は、南アルプス中央部にあり、標高は3,052m。
2.平成30年8月現在、鹿塩から塩川に通じる林道大沢線はがけ崩れのため通行止め。塩川小屋も休業中である。
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