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2018年09月17日 13:49回想の山旅全体に公開

奥秩父の沢 笛吹川東沢釜ノ沢  わらじが気持ちいいの巻

 先月(注:昭和53年(1978)8月)出かけた滝川の渓谷美がもたらした興奮から冷めやらぬものか、夜行列車に飛び乗ってしまった。奥秩父の代表的な沢登りルートの東沢を遡行し、甲武信岳に登り、信州の梓山へ日帰りしようというのだ。
 田部重治(1884〜1972)は、「秩父の山の美は、むしろ渓谷にある。しかしこれほど壮絶な、しかもアルプスに見られぬ潤いを有する渓谷は、どこにも見出すことができるだろうか」と述べている。もっとも田部らが東沢に入った大正4年当時に比べれば、東沢はもうすっかり整備されていることだろう。それでも、先人が感動した渓谷美の一端でも感じることができるかもしれないと、胸の高鳴りを抑えきれない。そんなことを列車の中で考えていたら、もう塩山に着いた。外は小雨模様である。朝5時発のバスまで駅構内で横になることにする。
 6時20分西沢渓谷着。バス停付近の食堂で一杯120円のみそ汁を飲み、腹ごしらえして、小雨降る中東沢に向かって歩き出す。山ノ神までは登山道をたどり、そこから地下足袋に履き替えて、河原伝いに幾度か徒渉しながら進む。8時10分には魚止滝に着いた。ここからはわらじをはいた。千畳のナメと呼ばれる巨大な花崗岩の一枚岩のナメや青みを帯びた釜が続く。これは気持ちがいい。9時15分には両門ノ滝、9時50分には広河原と快調に進むが、思わぬところに落とし穴があった。できるだけ沢登りらしい登り方をと考えたばかりに、水師沢に迷い込んでしまった。花崗岩が風化したザラ場に来て、引き返す。釜ノ沢との出合に戻り着いた時には12時になっていた。とんだ1時間のアルバイトだったが、ここでも経験不足を痛感せざるをえなかった。水量の変化や滝口の地形の把握の鋭敏さやルートを見通す力がほしいところだ。
 13時20分、甲武信小屋に着く。山頂まではあと一息、13時50分に頂上に立った。甲州側こそガスが立ち込めていたが、信州側は八ヶ岳山麓まで一望できた。山肌が美しく、秋の到来のま近さを感じさせる。
 下りは、千曲川源流部を沢伝いに梓山に向かう。途中千曲川の水源地などでのんびりしてしまったので、戦場ヶ原に近づいた頃には、4時を回っていた。最終バスまでに残り40分しかないことに気づいて、山頂を極めた開放感もすっかり吹っ飛んでしまった。
 カラマツの林の道をひたすらたどっていくと、戦場ヶ原に出た。一面の広がる高原野菜の栽培地が目に飛び込んでくる。山の夕暮れは早い。所々に軽トラックが止まり、一日の出荷作業を終えようとしているところのようだ。高原野菜の農地を貫く一条の道を汗だくだくになりながら競歩選手のように歩く。梓山に着いた時には、4時50分の最終バスは発車寸前だった。最後は、バス停めがけ、マラソン選手のように息せききって走る。ヤレヤレ、これで今日中に東京に戻ることができる。今も昔も、サラリーマンのつらいところだ。
 終わりに、敬愛する田部重治の文章を引用して、梓山の昔日の姿を偲ぶことにしよう。
 「梓山の秋は、四囲黄葉ならざるはなく、その間を甲武信岳、三宝山から戦場ヶ原をかすめてくる流れと国師ヶ岳からくる梓川とが流れて、村の北端で合し、それが秋山の西で金峰山からくる流れと合して、千曲川の本流を形成している。秋の八町が原と戦場が原と、十文字峠に続く高き峰の効用と、うるわしき紅葉のせてはしる清澄なる流れとは、名もうるわしき梓山と結びついて忘れることのできない印象となって私等を抜け出ることができないものとなってしまった。」(「十文字峠から甲府へ」P96 )

【参考】
1. 田部重治(たなべじゅうじ)の名前について
 以下の「PDD人名事典」によると、「田部重吉は、明治〜昭和期の英文学者・随筆家・評論家・翻訳家・山岳紀行家。旧姓は南日、田部家の養子、筆名は南日重吉」とある。
 重治は、改称か。
 なお、「笑説 越中語大辞典〜な」 にも、同様の記事がある。
http://biography.ldblog.jp/archives/65266066.html

2.文中の奥秩父滝川行(昭和53年8月)について
 以下の「回想の山旅 奥秩父滝川 岩魚なんていないの巻」をご覧ください。
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-172064
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