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2019年03月21日 21:00回想の山旅全体に公開

御座山 〜南佐久の奥山にて〜

 日本二百名山が深田久弥氏のファン組織の「深田クラブ」により選定されたのは、昭和59年(1984)の事であるから、わたしが御座山(おぐらやま)に登ったのは、それ以前ということになる。その頃、私はしきりと地元の人に愛されているが、登山者にはあまり登られていない山に関心が向いていた。
 山峡の村を訪ねると、店らしきものといえば、ひなびた簡易郵便局と雑貨屋と相場が決まっていた。ところが、その頃になると、集落のはずれや時には集落の中心部に白い塗料を吹き付けたようなコンクリート壁に石油会社のマークがあしらわれたガソリンスタンドが目につくようになった。もちろん、コカコーラやオロナミンCなどのブリキの看板が全国津々浦々の食料品や雑貨を商う店先を飾っていたが、それは、ガソリンスタンドとは違って地域のたたずまいを構成する店の一部を装飾しているにすぎないものだった。ところが、ガソリンスタンドは、どうだろうか。都会でも、山村でも同じように堂々とした店構えなのだ。私には、日本の子どもたちが最も同一のイメージで実感できる商売は、ガソリンスタンドのように思われた。それほど、モータリゼーションの波は田舎にも激しく及び、道路の整備が格段に進んでいったのだった。

 御座山は、標高2,112m、南佐久第一の山である。その山容は堂々とし、千曲川の支流の相木川を南北に引き裂くように鎮座している。まことに人里離れた山である。北相木側はぶどう峠を経て上州神流川流域の上野村にわずかにつながっているものの、南相木側ともなれば生活圏は栗生で行き止まりである。
 いつものように夜行列車に乗り、小渕沢で小海線に乗り換え、早朝、小海駅に着く。南相木の村に向かうバスに揺られながら、道々つくづく思った。山間部に住む人々にとって、もはや周囲を囲繞する山々はさほど生活や生業に障害となるものでなくなりつつある。その代わりと言ってはなんだが、山道や峠は忘れ去られ、山が生活から遠のいていっている。古くから信仰の対象となってきた山はまだいい。山頂からの景色が素晴らしく、その渓谷美が登山者の注意を引き付ける山はまだいい。そうでない多くの山は、せいぜい森林開発の対象としてしか顧みられない。それも、この先どうなるかわからない。昭和39年(1964)に木材の輸入の全面自由化が行われて以降、林業の衰退は年々進むばかりだ。
 南相木側のバスの終点、中島に下り立つ。中島で目を引いたのは、立派なという形容詞がぴったり当てはまるような公民館であった。公民館は、戦後に人々が敗戦から立ち直り、日本人精神作興の地域の拠点として整備されていったものだ。過疎化が進む地域でも危機感からか、その当時も建設されていたとように思う。はじめの頃は、進学機会に恵まれない青年や男女同権時代の担い手のご婦人たちに組織的な学習機会を提供するとともに、生活改善運動、明るい選挙の推進活動などの啓発活動が盛んに展開されたが、次第に現代的な課題や地域づくりをテーマとした人びとの自主的な学習の場として、様々な学級・講座やグループ・サークル活動が活発に行われるようになった。この日は、日曜日の朝である。公民館の前には青年団の男女が既に何人か集まってきていて、何やら地域づくり活動に取り組むような様子だった。
 中島集落から、小1時間ほど歩くと栗生の集落に着いた。登山口は集落のはずれにあった。そこから、カラマツの造成林の中を歩いていく。このあたりは、甲武信岳から梓山に至る千曲川源流域のカラマツの美林ほどには木が成長していない。それだからだろう、山道が妙に明るくて、何か落ち着かない。暫くすると、地元の住人だという親子とおじいさんの5人グループに追い付いた。もう6月も中旬だ。夏のような日差しが時折差し込む山道を辿っていくと、蝉やカッコウ、鶯の鳴き声が聞こえてきて、気が晴れる。
 標高も1600mを越えると、ブナ、ナラ、カエデ等の落葉性の広葉樹の森になった。ここまで来て、やっと山に溶け込めたようで、落ち着いた気分になる。不動の滝は、名前に相反して水量が少なかった。ここを越えると、モミ、シラビソ類が目につき始め、奥秩父の山らしくなった。
 山頂に着くころにはガスがかかってきて、八ヶ岳も奥秩父の峰々も群馬県境の山々も、何も見えなかった。しばらく頂上に佇んでいると、子ども連れの地元のご一行がやってきた。子どもたちがガスの切れ目から見える相木川あたりを指さして、栗生の集落かどうか聞いている。静かなこの山は、地元の人たちに登られ、愛されているようだ。
 下りは、沢沿いに北相木側に降りる。下新井から山口まで歩いて、小海駅行きのバスに乗った。
【昭和55年(1980年)6月15日の山ノートの記録に、一部加筆】
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