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2019年03月25日 20:42回想の山旅全体に公開

七面山 〜木喰上人のふるさと丸畑から〜

 富士は、言うまでもなく日本一高い独立峰である。その姿は、南アルプスはもとより、遙か北アルプスの頂からも目視することができる。しかし、その富士は何か小太りした富士であることが多い。それでも、富士の姿を指呼し得た時は、他の山とは違った特別の感慨が頭をよぎるものだ。いったい人を引き付けてやまない富士の魅力とは何なのだろうか。
 葛飾北斎の富嶽三十六景の代表作といわれる凱風快晴は、赤富士とも呼ばれ、神奈川沖波裏や山下白雨とともに名高い。赤富士は明方の光や残照に映える富士を指すといわれることが多いが、晴れわたる空の下、大きく裾野を広げた富士の姿も堂々として、美しい。富士の美しさは、すそ野の広がりの美しさ、果てしなく広がる大空を裂く稜線の美しさに尽きる。だからこそ、北斎は富士を時に遠近法を誇張的に用いて前景と対比しつつ、平面的に構成したのびやかな構図の妙によって、富士の魅力を引き出すことに成功したのでないだろうか。私には、立体的な陰影のある富士は、時としてあまりに箱庭的であるように感じられる。
 富士見峠、富士見平、富士見台といった名前を冠した、秀麗な富士山の姿を誇る展望点は多いが、富士の持つすそ野の美しさを堪能できる山は、決して多くはない。甲州の三つ峠などは有名だが、身延山の奥山の七面山はその条件を十分満たす山である。
 七面山は、標高1989メートル、もともと山岳信仰の山であったが、日蓮上人が身延山に日蓮宗久遠寺を開いてから、法華経信仰の聖地の一つとなったといわれている。ちょうど富士山の真西に位置することから、春分、秋分の日のあたりには、富士山頂から朝日が昇ることで知られている。それだからだろう、七面山を思う時、しきりと黒富士のイメージが浮かんでくる。お彼岸のお中日に七面山から見る富士は、朝焼けの空に均衡のとれた優美な黒い山体を横たえているに違いない。
 今回の山旅は、下部町(注:現在は身延町)の木喰上人のふるさと丸畑(まるばたけ)を訪ねることから始まった。木喰上人は、江戸時代に廻国修行をしながら微笑仏と呼ばれる仏像を全国各地に残した人である。丸畑は、丸山と呼ばれる高さ663mほどの山の日の当たる山間の斜面、いわゆる表山に貼りつくようにしてあった。江戸時代にはすでにこんな斜面の上まで畑を切り開いてしまったのだろうか。畑には、桑とトウモロコシが植わっていた。
 このやぶ山を、標高差にして250mほどだからと気楽に考えて、午後3時過ぎてから、しかも人家のない北斜面から登ったのがいけなかった。5万分の一の地図は、登りきれば山道があることを示していた。ところが、どうやら沢筋を見誤ったのか、踏み跡らしきものはやがてなくなり、後は当てずっぽうに登っていって何とか尾根筋に出てみたのだが、そこは背丈ほどの夏草が鬱蒼と生い茂る藪が続いていた。どう進めば丸畑にたどり着けるか、かいもく見通しもつかない。そうこうするうちに、とうとう夕闇が迫ってきて、地図もろくに読めない明るさになってしまった。見上げれば空には星もきらめき、天気も心配なさそうだ。腹をくくって山中で一夜を明かすことにした。セーターを着込めば、8月ということもあり寒くはなかったが、ヤブ蚊の襲撃に眠れない夜を過ごしたのだった。
 翌日、気を取り直して、富士川の支流の早川の角瀬まで移動して、七面山・敬慎院の裏参道を登り始める。暫くすると雨が降ってきた。七面山は、いかにも歴史ある信仰の山らしく、裏参道にもかかわらず、山道の両側には杉の木が亭々とそびえたっていた。蹴鞠のように葉の密生した枝や超然と直な姿で屹立している幹にしきりに雨が降り注ぎ、山特有のガスがかかってくると、四囲は色を完全に失い、濃淡だけの世界となる。そんな中を黙々と登っていく。
 雨脚が一層激しくなってきたので、栃の木安住坊という坊屋に雨を避けることにした。そこで1時間半ほど何をするでもなく、坊の傍らの庭とも呼べないような庭先を眺めていると、雨もようやく小降りとなる。 明浄院、奥の院を経て、午後1時30分に敬慎院に着いた。ここで1泊をお願いすることにした。悪天候にもかかわらず、表参道の羽衣から多くの信者が登ってくる。ある者は家内安全を願い、ある者は発願成就を願って登ってくるのだろう。
 敬慎院の山門の随身門は、誠に絶好の富士見台であった。そこに佇み、雨雲湧く谷間より時折姿を見せるモノトーンの富士を飽きること眺めた。敬慎院では参籠する信者と一緒に祈り、一夜を明かした。
 翌朝、七面山から昨夜の雨に濡れそぼつ笹原の道を踏み分けて進む。おかげで、腰から下がすっかりびしょ濡れになってしまったが、尾根歩きを楽しみながら、八紘嶺(1918m)を経て静岡の梅が島温泉に抜けた。
(昭和50年8月の山日記から、一部加筆)

追記:木喰上人のふるさと丸畑再訪
 昨年(平成30年)木喰上人生誕300年を記念して身延町なかとみ現代工芸美術館で展覧会「木喰展〜故郷に還る、微笑み」が開かれた。それを見るのを兼ねて、木喰上人のふるさと丸畑を再訪した。丸畑では昭和61年(1986)に開館した木喰の里微笑館を見学した。付近の四国堂(昭和53年再建)や永寿庵、木喰上人の生家跡を見てまわり、往時の丸畑を偲んだ。

注1:カラー写真の一つは、北側から見た丸山。丸畑の集落は、南斜面にある。
注2:木喰の里微笑館
https://www.town.minobu.lg.jp/kanko/annai/midokoro-mokujiki.html
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