その木曽駒ケ岳に登ったのは、大学2年生の夏山シーズンも終わりに近い8月中旬であった。名古屋の実家から木曽福島に行き、駒の湯コースを登った。見送る母は、わが子の成長を実感したのか、何か嬉しげであった。
久しぶりの山行が単調な登坂を気の重いものにした。登山道が上松からの道と合流するとそこはもう森林限界より上で、夏山の午後特有のガスがかかっていた。ここまでくれば、宝剣岳がま近に見えるはずだが、見えなかった。今日泊まる予定の木曽頂上小屋は、すぐだ。のんびりと路傍の石に腰掛けてレーズンを頬張っていると、山の愛嬌物のオコジョが足元をちょろちょろしている。レーズンは食べるかなと思いながら1,2粒投げてみたが、見向きもしない。そのうち何処かに姿を消してしまった。木曽駒ケ岳の山頂には、山小屋に着いたその足で登ったが、夕方の山頂は誰ひとりいない。無念無想の気分で、しばし佇む。
翌朝、目を覚まして山小屋の裏手に出てみると、何とか宝剣岳や空木岳が見渡せた。だが、朝食を済ませていざ出立という頃には、雨がぱらついてくるあいにくの天気となった。宝剣岳の頂上は、四方ガスに包まれていて、昨日印象的な姿を見せていた三の沢岳も見えなかった。8月の稜線は静かなものだ。ひとり縦走路を淡々と歩いていく。途中、雨がわずかに強くなって、かえって視界がひらけた。もう高山植物の姿もほとんど見ることができない。ウサギギクが二輪、雨に濡れて咲いているばかりである。その日は、桧尾岳、熊沢岳、東川岳とアップダウンを繰り返し、木曽殿越小屋に泊まった。
3日目、空木岳山頂めざし急峻な道を登っていくと、展望が開け、ふるさとの山御嶽山が堂々とした姿を見せる。空木岳山頂に着く頃にはすっかり天気は好転し、木曽駒ケ岳までの縦走路が一望できた。ここで初めて、ゆったりとした気分で中央アルプスの山歩きの楽しみを味わう。
下山に要する時間を考えると、稜線上であまりゆっくりとはしておられないが、何と言っても好天の山は去りがたいものだ。南駒ケ岳の頂まで足を延ばて、国鉄中央線の須原駅まで長い下り道を一気に下ったのだった。
【山行記録】
昭和45年(1970年)8月17日(月)〜8月19日(水)
17日 木曽福島駅→駒の湯→頂上木曽小屋(泊)⇔木曽駒ケ岳往復
18日 小雨 頂上木曽小屋→宝剣岳→檜尾岳→木曽殿越小屋(泊)
19日 木曽殿越小屋→空木岳→南駒ケ岳→須原道→国鉄中央線須原駅
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