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テント泊の装備に食料9日間に非常食を1日分持つとなると、リュックの重さは優に30キロを超えることになる。当時のリュックサックは、横長の綿帆布でできたキスリングだった。重い大型なキスリングを担ぐのは、ちょっとした要領が要った。まず、腰を十分落としてキスリングを上腿に引き上げて載せ、次にバランスを崩さないように注意しながら片方の腕と肩をベルトに通し、一方の手のひらでリュックの底を支えながら立ち上がった後、もう一方のベルトに腕を回し入れるというものだ。合宿前には、歩荷訓練と称してキスリングにレンガなど詰めて校舎の階段を何往復もしたのも、今となっては懐かしい思い出だ。
食料計画も今のようにフリーズドドライフードはないので、大変である。肉類は、しょうゆ漬け、みそ漬け、塩漬け、油揚げと前半の夕食には出た。野菜は。玉ねぎ、ジャガイモ、人参にキュウリという貴重品もあった。朝は、ラーメン・うどんが中心、昼はビスケット・クラカーにソーセージかハムといったところである。サブエッセンとして飴、レーズン、ピーナッツ、チョコ、せんべい、水ようかんなど多種多様なものがあり、夜にはココアなど飲んだ。
以下、いくつかの思い出話である。
１）ちょっとビビったモッコの渡しに針金の橋
初日、平岩駅からバスで七本かずらまで入る。そこから蓮華温泉を通り瀬戸川に出ると、モッコの渡しである。対岸にワイヤーが張ってあって、それに吊り下げられたモッコに乗って一人ずつわたる。雨で増水した川は濁流となり渦巻いていた。なかなかスリルがある。顧問2名、OB2名、現役部員9名の合計13人のパーティーである。そこを渡り終えるのに1時間かかった。そこからしばらく歩いて白高地沢出合でテントを張る。夜は景気よくすき焼きのごちそうだ。
次の日、歩き始めてしばらくすると針金渡しがある。直径5ミリの針金2本につかまって濁流渦巻く白高地沢を渡る。とても下を覗けたものではない。この日は、途中から雨が降り出したが、朝日岳直下の避難小屋跡まで登った。重い荷物を背負ったまま、全員ペースを合わせて登るのは忍耐のいるものである。
２）初めての高山植物
チングルマ、ハクサンイチゲ、シナノキンバイ、ミヤマキンポウゲ、ウルップ草、コバイケイソウ、コマクサ、クロユリなど、高山植物との出会いがあった。その度に気分が変わり、元気をもらった。夏山の最大の魅力といっていい。
３）頂上の郵便局で出した絵葉書
3日目、朝日岳から雪倉岳を経て白馬岳まで歩く。山頂は、別世界のようなにぎやかさ。俗世界に舞い戻った気分だ。頂上小屋には、夏季期間だけ開設される簡易郵便局があった。そこで大型の後立山連峰の絵葉書を奮発して買った。そこから、記念に家族あてにはがきを一通、先に届くことを願いながら出す。
次の日は、早朝再び白馬山頂までいったが、ご来光は拝めなかった。それでもゆったりと大雪渓を眺めることができて、大感激。残念ながら、一人ひざを痛めていた部員がここでリタイアーして顧問とともに大雪渓を下って下山することとなった。2人を見送り、ゆっくりと出発して、天狗の小屋まで行く。以下、予定より1日遅れの行程となった。
４）キスリングのサイドポケットが邪魔になる時
5日目は、いよいよ不帰の嶮をいく。OBの先輩が脅かすので、緊張の出立である。天狗の大下りを降りて、いよいよ岩峰の道である。スタンス・ホールドとも豊富で、しっかりしているので、一安心。それでも、キスリングが岩肌に接触するところは、ひやひやものであった。この日は、唐松岳から五竜小屋まで思った以上に順調についた。途中、ライチョウの親子の姿も見られたし、テントサイトではブロッケンの怪が見られたり、大満足の一日だった。
５）種池の満天の星空
次の日は、最も長丁場の稜線歩きが待っている。登山道がほのかにわかるようになったところで出発。五竜の登りで朝日を拝む。八峰キレッド、鹿島槍ヶ岳、爺が岳から種池まで軽快に歩く。今年は残雪が多く、心配した水場の確保は問題なく、胸をなでおろす。
夜中に起きると、夜空を埋め尽くす満天の星。星があまりに多くて、私の天文知識では、星座の同定ができない。ただ、天の川がくっきりと横たわっているだけだった。
６）針ノ木岳へ最後の登り
長いつらい夏合宿もこの200メートルの登りで終わりだと考えたとき、言葉にならない感情がほとばしり出てきた。そんなことは意識しまいと足元を見つめて歩を進める。振り返れば見渡せるであろう白馬岳まで続く後立山連峰の稜線。我々はそれよりもっと北の朝日岳、雪倉岳から来たのだ。足元を見つめながら、背中の向こうに展開する風景がありありと目に浮かんできた。
針の木岳は眼下に黒部ダム、対岸に立山や五色ケ原が見渡せる。針の木峠を反対方向に下っていけば、平の渡し。明日は、空身で蓮華岳にアタックして扇沢に下りるだけだ。
ひと夏の山旅のすべての思いをかみしめて登った山は、忘れられない山となった。
（追記 2021.4.12 ）
後立山連峰縦走中に家族宛てに出した絵葉書が見つかった。絵葉書を出したのは、25日の午後、白馬村の村営「天狗山荘」だった。
文面には、「一日遅れのスケジュールになったが、ここにきて山に慣れてきて無事にやってけそうだから安心してほしい。風景が素晴らしいく思ったより雪が多いので驚いた。帰ったらお花畑など山行の思い出をゆっくり話したいので期待してほしい。」旨が記されている。
【山行記録】 昭和41年(1966)年7月22日〜7月29日
7月22日（金）
4:27松本、大糸線乗り換え、7:10信濃平岩着。2時間ほどバス待ち。8:55発、10:33七本かずら10:50発、 （昼食）、 蓮華温泉、15:00瀬戸川モッコの渡し16:00、17:20白高地沢出合着
7月23日（土）
3:00起床、5:08発、針金渡し、樹林帯、展望開ける、カモシカ平三角点、雪渓、雨降りだす、14:05避難小屋跡（朝日岳山頂やや下）
7月24日（日）
3:25起床、5:30発、5:40朝日岳山頂5:45、10:30雪倉岳11:12、13:45三国境、白馬岳山頂テントサイト
7月25日（月）
4:30起床、4;45山頂アタック、5:15白馬岳山頂、6:30朝食、9:00出発、10:47白馬鑓ヶ岳着（昼食）11:30同発、12:03天狗、12:20自由時間、15:00雪上訓練
7月26日（火）
3:05起床、4:44発、5:20天狗の大下り、6:26不帰�喫�、7:52不帰�曲�、8:32不帰�景�、8:45唐松岳9:00，9:48五竜小屋
7月27日（水）
2:30起床、4:15発、5:15五竜岳5:30，8:31キレッド、10:15吊り尾根11:20、11:40鹿島槍ヶ岳、12:58冷池13:21、14:50爺が岳、16:45種池テント地
7月28日（木）
3:00起床、4:53発、7:08新越乗越、鳴沢岳、赤沢岳、スバリ岳、針の木岳、テント地
7月29日（金）
3:10起床、4:25蓮華岳アタック、5:08蓮華岳山頂、5:45テント地着、6:30同発、10:25扇沢着 （バス） 11:52信濃大町駅発
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