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和室の天袋から物を取ろうとして、籐製のスツールから転げ落ちたのだ。具体的な状況はこうだ。床の間のある和室の天袋は半間弱（80cm）しかなく、左右引き戸でなく前開きの扉になっている。敷物が敷いてあるスツールの椅子に勢いよく乗ったら扉が邪魔になったので、ちょっと姿勢を変えながらそれを避けようとしたら、足をすくわれたように椅子ごと倒れ、左肩から畳の上に叩きつけられてしまったのだ。籐製のスツールは、直径32�僉�高さ42�僂箸笋箴�ぶりな上、鼓のように底部も丸くなっている。そのため、一旦傾くと丸いがゆえに1点支持のようになってしまって、倒れる瞬間もその方向すらつかめなかった。その点、普通の椅子なら4点支持、傾いても復元できるときもあり、少なくとも倒れる方向が予測できるので、少しは防御の姿勢をとれたかもしれない。
とにかく倒れた直後は、受けた衝撃のショックからか顔面から冷や汗、血の気が引くようでいささか気分が悪い。気持ちが落ち着いたところで、こういう時は患部を冷やすべしと、しばらく小さな保冷剤で冷やしていたが、かなりの痛みがある。この日は日曜日。近くの救急病院に電話してみると、当直医は外科医ではないないが、レントゲンは撮れるという。挙がらない腕を挙げてレントゲン写真を2枚撮ってもらうと、骨折はないようだとのご宣託。痛み止めと鎮静湿布薬を処方してもらう。（3日ほどして再診すると、CTスキャンを撮って外科医から剥離骨折が見られると宣告されてしまった。代償は大きい。）
片手が使えないのは、こんなに不自由なものなのかと思いながら、ベットで安静にしていると、かれこれ15年ほど前、カタクリの花咲く春の山で悲劇的な出来事を思い出した。
以下、3点支持の大切さを思い知らされた苦い思い出である。
50歳代の半ばに5年ほど四国の愛媛県の新居浜で仕事をしたことがあった。新居浜は、もともと別子銅山（1691〜1973）で栄えた町だ。別子の山々を歩くと、今でも各所に鉱山遺構を見ることができる。これらの山は長年にわたる精錬のための伐採と亜硫酸ガスによる鉱害で丸坊主の山になってしまったのだが、明治27年（1894年）に当時の別子鉱山の支配人伊庭貞剛が「大造林計画」を立て、実行したことによって緑の山がよみがえった。
そんな別子の山に、カタクリ群生地があるというので、4月中旬の日曜日に市街地から大永山トンネルを抜けて旧別子地区・中七番の住友フォレスターハウスに向かう。
せっかくだから美林も見たい気もしたので、施業林の道から尾根筋に沿って登り、トラバース気味にカタクリ群生地のあるなすび平を目指すことにした。天気もいい、できれば冠山まで行きたいものだと、のんきなことを考えながら歩き始める。山桜が美しく咲いている。9時ごろ尾根にのると、今度はコブシの花が見事だ。400m近く高度を稼いだろうか、ヒメシャラの巨木に出会う。このあたりからトラバース気味になすび平を目指す。施業林の作業道を進んでいくと、ちょっと気になる小さな沢に出会った。ほんの2，3歩で渡れそうだが、滑りやすいそうな岩をほぼ水平に横切らなければならない。水はわずかに流れている程度。渡渉上部より下部の傾斜がきつい。そこで滑って滑落した。10時30分過ぎである。滑り落ちながら感じたが、最初数段の段差がありそこから滑滝のような一枚岩になっている。段差のあるところで、顔面が岩に当たったようで、メガネが吹き飛び、あとは滑るように落ち、やや衝撃があったものの両足の幅くらいのくぼみでぴたりと止まる。４ｍほどは落ちただろう。
恐る恐る手足を動かしてみる。それほどのダメージはなさそうだ。ただ、こめかみあたりから右頬を強く打ったらしい。ひどく腫れて、血がにじんでいるので擦り傷もあるようだ。しばらく気を落ち着かせ、タオルを湿らしてそっと顔面を拭いた。眼鏡をと探してみると、滑めた岩の途中に引っかかっている。取りに行くのをあきらめるしかなさそうだ。
思えば、小さな沢の少し手前から、3点支持で数メートル下りて平らになったところを渡り、上り返せば何ともなかった。手で支えるところもないのでちょっと躊躇したのに、両足だけで渡ろうとしたところに、滑落の原因があったのは明らかだった。
暗澹たる気持ちで、30分ほど歩いていくと、なすび平のカタクリ群生地に出た。時計を見ると、11時18分。カメラを取り出し、何とか可憐なカタクリの花を何枚かとって、しばらく休憩する。もちろん、ここから出発地点のフォレスターハウスに引き返す。時々下から登ってくるハイカーがどうしたのだろうと顔を覗き込む気配が感じられるので、うつむき加減に歩く。
13時14分、清流が木の間から見渡せるところまで下りて、ようやくほっとした。眼鏡なしで車を運転するのは心もとなかったが、どうにか運転できそうである。市街地から山一つ隔てた旧別子地区だから、車の通りも少ない。後は、大永山トンネルからの細い坂道を慎重に下っていけば、もうそこは新居浜の街である。
（2004年4月17日の山行記録より）
【参考】伊庭貞剛の事績について
「伊庭貞剛 その1」住友グループ広報委員会
https://www.sumitomo.gr.jp/history/person/ibate_01/
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