剣山　　幻のキレンゲショウマ

2021年01月15日 12:03短歌でつづる四国の山全体に公開

　キレンゲショウマ（黄蓮華升麻）が剣山の夏を彩る花として広く知られるようになったのは、宮尾登美子の小説「天涯の花」（1996年～97年新聞連載）によってである。主人公の珠子は、剣山の見ノ越にある「剣神社」の宮司の家に養子にもらわれた天涯孤独の少女、小説の舞台は天涯地角の秘境であった剣山。もちろん、天涯地角に咲く可憐なキレンゲショウマは、純真な少女の象徴である。
　小説の「天涯の花」のことを聞き及んでいた私は、2003年の7月下旬に新居浜から剣山に遠征した。
　以下、剣山行の思い出である。

　7月26日、徳島の剣山に登ろうと新居浜を早朝に出発。
　四国は巨樹が多い。途中、加茂の大クス（徳島県東みよし町加茂（旧三加茂町））による。吉野川の河岸段丘の田園の中にある樹齢1000年、東西52m、南北42m、高さ26mの大クスは、青空に亭々としてそびえ、まるで森のようである。
　　「梅雨明けの空澄みわたり大楠の小さき森にさえずり満ち満つ」
　この日は、更につるぎ町一宇地区の赤羽根大師のエノキも見た。こちらは、樹齢800年、目通しの幹回り8.7m、日本一の大エノキだ。
　久しぶりの遠出にこころ浮かれてあれこれ寄り道するうちに、剣山の登山口の見ノ越（標高1400m）に着いたときには、11時をはるかに回ってしまった。
　ここからは、登山リフトを使えば、標高1700mの西島まで楽に行けるのだが、それでは何のための遠征かわからない。剣神社参拝もそこそこに登山開始である。リフトの終点の西島を経由して大剣神社に向かう。大剣神社の社殿の裏に御塔石と呼ばれる巨石がある。これがご神体だ。ありがたくご神水を頂き、頂上を目指す。
　剣山の山頂には午後1時過ぎに立った。平家馬場と呼ばれる山頂からは、次郎笈がはっきり見渡せた。次郎笈に向かっ伸びる笹の稜線が気持ちいい。やはりあそこまで足をのばさなければと、急ぎ足で先を急ぐ。なだらかに鞍部まで下り、登り返せば次郎笈だ。しかし、谷から次第にガスが吹き上げ始め、次郎笈の頂に着くころには、ガスの切れ間から青空がのぞく空模様になってしまった。
　　「歩みゆくガス湧きいづる稜線を鶯の声ま近に聞きつつ」
　高知の石立山の山頂部は、既に厚い雲がかかっている。ガスの切れ間から、三嶺に続く稜線を目で追う。いつか行ってみたいものだ。
　帰りは、一旦丸石の方に向かい、時計回りにトラバース道にある水場を通って次郎笈峠に戻る。ここの水場は、この季節でも2本のゴムホースから清冽な水が湧き出ていた。
　剣山は、石鎚山と同様、修験の山である。北斜面の穴吹川源頭部の山中には行場があるというので、帰りに少し回り道をして二の森方向にある殉難碑から行場にいってみることにする。
　剣山修験の表参道は、美馬町木屋平から富士の池、追分を登り、一の森に達し、そこから行場を経て山頂に達するというものであったという。
　私は、石鎚山に比べて観光化が圧倒的に進んでいる剣山には、修験者もいないかというイメージを持っていたが、思わぬことに行くところ行くところに、神さびた巨岩には真新しい注連縄がかけてあった。（注①）苔むした岩根は訪れる人の少なさを物語っていたが、お山への信仰はなお生きているのだった。
　古剣神社の脇の不動明王を刻み込んだ石も、蟻のとわたり、千筋の手水鉢といった行場の岩根も清浄な雰囲気が保たれていた。人はそこで何を祈り、山を目指したのだろうか。しきりと穴吹川の源流の谷から肌寒さを感じさせる風が霧とともに吹き上げてくる。
　　「修験者の姿あらねど神さびて苔むす磐根（いわね）谷風すさぶ」
　行場から刀掛け石に向かう道には、キレンマショウマの群生地があるはずだ。行く手にナンゴククガイソウの群落が見え、その奥にキレンマショウマらしき植物があった。だが、未だほころびもせず、わずかに白黄色みがかったつぼみの群れは目を引くところも少なく、そのままやり過ごしてしまったのだった。
　その可憐な花姿をしっかりと目にしたのは、数年後の夏、旧別子山村の筏津山荘でのことだった。夏の盛りに在りし日の別子銅山をしのぶことのできる筏津抗の坑口跡を見に出かけたときのことであった。
　　「木漏れ日の踊る葉陰（はかげ）に咲き匂ふ黄蓮華升麻の風に揺らめく」

注①剣山本宮剣神社例大祭が毎年7月17日以降の直近の日曜日に開催されている。この年は7月20日であった。

（山行記録メモ）2006年7月26日
　9:22加茂の大楠、10:29赤羽根大師のえのき　見ノ越　12:46大剣神社　13:07剣山山頂　14:10次郎笈　15：34古剣神社　16:55見ノ越

（参考資料①）
キレンゲショウマについて
（植物 - 東京大学総合研究博物館データベース Database）
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKankoub/Publish_db/1995collection2/tenji_shokubutsu_15.html
（参考資料②）
「剣山系の忌部修験道の行場体験と植生保全に向けて－初日①」
　初日－５月３日（土）剣山の表参道の一の森まで
 http://www.awainbe.jp/tsuushin/katsudo/hokoku/h003/
　初日－５月３日（土）剣山の表参道の一の森～「鶴の舞」の行場まで
 http://www.awainbe.jp/tsuushin/katsudo/hokoku/h004/

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