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宵の明星が夜空に輝きを増すころ、市内を流れる国領川の橋を渡りながら、ふと屏風のように屹立する赤石山系の山並みを見やると、中腹に電気の明かりが煌めくのが見える。それは、標高750mにある東平（とうなる）の銅山の里自然の家の灯りだった。
東平は、大正5年（1916）から昭和5年（1930）まで、旧別子から移された採鉱本部が置かれていた所で、別子が鉱山として最も輝いていた時代に形成された鉱山町だ。最盛期には、3,700人もの人がここに住み、昭和43年まで暮らし、働いた。
かつて一帯には、鉱石搬出のための輸送施設・選鉱場・貯鉱庫・索道基地などの鉱山関連施設だけでなく、社宅や小中学校、保育所、病院、郵便局、接待館、神社、寺、販売場、娯楽場など様々な生活施設があった。もちろん今は、その痕跡を留めるばかりだ。
その別子鉱山も開発が進んでいくと、豊かな鉱脈を求めて、山の深部へと堀り進めることになる。そうして産銅量が増えていくと、峠を越えて人や牛車でモノを運ぶことは、非常に労力がかかるばかりか、限界を迎える。そこで、生産効率を高めるために山並を横にトンネル（通洞）を掘り、精錬所のある瀬戸内海側に運ぶことが計画された。現に、東平は第3番目のトンネルができて、鉱山の中核地区となったのだった。
それ以前にも、大いなるチャレンジがあった。なんと、明治の中頃に標高1100mから830mの高地に長さ5.53�劼瞭�本最初の鉱山鉄道を敷設して、鉱石を搬出したというのだ。この鉄道の正式名称は別子鉱山鉄道上部線というのだが、一般には「上部鉄道」と呼ばれている。
明治時代のことである。建設当時の日本には、まだ自前の製造技術はないので、蒸気機関車も関連の技師もすべてドイツから持ってきた。
しかし、苦労の末にできた鉱山鉄道は、明治26年（1893）から明治44年（1911）まで、わずか18年間使われただけで、新たなトンネルの開通とともに、その使命を終えることとなった。銅増産への飽くなき追求は、拡張、増産、富の蓄積という資本主義の真髄を大いに発揮させたのだった。
この日本最初の鉱山鉄道の遺構が今なお銅山峰山中に眠っているというので、ある年の秋の季節に探訪した。
東平には、いつもは「仲持」と呼ばれた人夫たちの歩いた「なかもち道」を下部鉄道の終点であった端出場から1時間半ほどかけて登っていくのだが、この日は離合もままならぬ細い山道を車で上がった。頼りにできるのは、新居浜市商工観光課の発行の「産業遺産を歩こうマップ」だけと、いささか心細かったからだ。
上部鉄道は、明治19年に完成した第1通洞の北口の角石原から索道基地のある石ヶ山丈を結んでいたのだが、途中の一本松にも駅があった。
まずは、そこを目掛けて、東平の旧停車場跡から旧別子の日浦に通じていた坑内電車の線路跡にそって第3通洞の北口に向かい、近くにあるレンガ造りの旧変電所の建物の脇から尾根にとりつく。
かなり急峻な道を上っていくと、突然人に出くわした。登山者の恰好ではない。一息入れがてら挨拶を交わすと、地元の人で今日はマツタケを採りに来たという。勝手に採っていいのかとも思ったが、口には出さなかった。近年松枯れが進みマツタケを探すのは、むつかしくなったといった他愛もない話をして別れる。こんな急斜面に180戸近くの社宅があったというから恐れ入る。
１時間もかからずして、一本松の停車場跡に出る。「銅山峰へ至る 石ヶ山丈をへて窓（魔戸）の滝へ」と書かれた赤さびた道標があった。一本松はかつて鉱山鉄道の側線や東平への索道施設があっただけあって、結構開けた印象である。
石ヶ山丈に向かって歩き始めると、次から次へと橋梁が現れる。橋台は岩盤を利用し、石積みとレンガ積みを地形に応じ組み合わされており、今でも意外としっかりしているように思えた。しかし、その上にかけられた木橋はかなり朽ちているものや若干補強してあるものなど様々で、そのまま渡っていいものか、戸惑う。河床に下りられるものは、下りて橋梁を観察し、慎重に進む。
しばらくすると、笹ヶ峰、黒森山らしき山々を背景に東平が見渡せる見晴らしのいいところに出た。さらに橋を越えていくと、いよいよ切通しだ。ドイツのクラウス社製の蒸気機関車が黒々と煙をはいて進む古写真の面影を求めながら、緑の生い茂る切通しの道を歩く。軌道を支えた石積みも力強い。
一時間ちょっとかけて石ケ山丈旧停車場跡に着く。手前に下部鉄道の打除駅と結んだ、全長1585mの索道の施設跡があった。かなり深い溝であることが確認できる。
プラットフォームだろうかレンガ敷が続いている。もう少し探査したいと、さらに魔戸の滝方面に下りていく。地図では、日浦から導水管によって送られてきた水を、建設当時有効落差東洋一といわれた端出場の発電所に送る貯水池跡があるはずだが、魔戸の滝へ行く道を確認した程度で、元の道を引き返す。
一本松から角石原へは、更に3�劼曚匹旅堋�あるが、余裕も出てきて鉄路跡をたどるのが面白い。20分も歩くと、兜岩、西赤石山への登山道の分岐に来た。アケボノツツジの季節に登ると素晴らしいに違いない。
七釜谷の橋梁もよかったが、なんといっても唐谷川にかかる３連の橋梁が素晴らしい。谷に下りて仰ぎ見ると、石積みの上にレンガを積み上げた２つの橋脚が緑の森と青空に映えて見とれてしまった。
桜谷を越え無縁仏を祀る千人塚を越えていくと、やがて角石原のヒュッテが見え、更に進んでいくと第一通洞の北口に至る。角石原停車場跡にたつ角石原ヒュッテ前からは、新居浜の市街、海岸、瀬戸内海が見渡せた。
そこは、別子銅山の近代化の光と影を考える絶好の舞台である。旧別子の高橋から、山根、惣開、そして四阪島へと移転を繰り返した精錬施設や強酸性の坑廃水の排出処理に使われた木製や煉瓦製の坑水路など、煙害や鉱毒水による鉱害の克服への努力を思いながら、目で景色を追った。
そういえば、坑廃水を処理する山根の収銅所は、未だに現役で、旧下部鉄道に沿って伸びる排水路を経由し星越でさらに処理され、海に流されているという。もっとも、閉山後の大斜坑の水没で、坑廃水が自然中和されていることは、幸運なことであった。
近代化の夢の代償の大きさを思わざるを得ない。
（参考）上部鉄道跡めぐり記録 2005年10月2日
9:32東平 9:42 第3通洞変電所跡 9:44第3通洞北口 10:18一本松、10:23,橋 、1034第2岩井谷、10:50第１岩井谷、10:55東平がよく見える展望点 1101橋 11:15切通し 11:24石ヶ山丈停車場跡、11:34石ヶ山丈分岐、12:52一本松、13:14 兜岩・西赤石山分岐、 13:02七釜谷、13:24唐谷、14:15第1通洞北口、14:16角石原ヒュッテ、15:05東平駐車場 東平歴史資料館参観
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