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その中に、「泰安、曲阜」の名前を見つけた時、俄然ひとつの計画が頭に浮かんだ。泰安といえば、中国五嶽のトップ「泰山」があるところ、これは山登りができそうだ。もっとも、泰山についての知識といえば、秦の始皇帝が天下の安泰を祈る封禅の儀を執り行った歴史の山といった程度のものだったが、併せて孔子ゆかりの曲阜を巡れば大きな満足が得られるに違いない。
留学して８か月が過ぎた４月の末に、その計画を実行することにした。
北京駅から夜10時5分発の寝台夜行急行に乗って、山東省の省都済南に向かう。二等寝台に相当する「硬臥」は、三段ベッドが向かい合わせのコンパートメント。その最下段の席を確保して車中の人となる。夜中に徳州という駅に着くと急に騒がしくなって目を覚ます。同室の乗客が「ここのダックは、有名なのだ」と我先にと買い求めているのだった。
初日の済南では、郊外バスに乗って歴城県柳埠鎮の四門塔に出かけた。華北の山村風景が珍しい。村では、女性が直径2mもあろう円形の石の台の周りを7-0〜80ｃｍほどの円筒形の石をゆったりと引き回し、トウモロコシを粉に挽いていた。そうかと思うと、傍らに牛やアヒルがいる小さな流れにしゃがんで、洗濯をしている。のどかなものである。
翌朝、列車で泰山の麓の町泰安に向かう。駅から市内バスで、泰山路まで行く。この大きな通りの北方向に泰山があった。威風堂々とした山容である。
泰山の標高は、1,545m。登山の起点となる一天門から頂上の玉皇頂まで標高差1,200m、約9�劼瞭擦里蝓�途中6,000を超える数の石の階段を上っていかないといけない。
紅門に12時15分に着いた。一天門の両側には、「天下奇観」と「盤路起工処」の大きな文字の石碑が立ち、アカシアの白い花が咲いている。登山道の両側に古い建築群が続く。紅門宮は、道教、仏教、儒教など様々な宗教とのゆかりのある建物などがあり、極めて複合的なものだ。
階段状の道の所々で、日除け傘を広げ、おばさんや少年が魔法瓶から大きな琺瑯のコップにお茶を注いで売っている。多分あったかいお茶に違いない。中国では生水は飲めない。それで、旅に出るときはいつも日本にいる時山で使っていたテルモスの魔法瓶を携行していたから、路傍のお茶を買うことはなかった。お参りを済ましたのだろうか、杖を突きながら下りてきた中年の女性たちが、お茶を飲みながら談笑している。手荷物を風呂敷のような布に包み腕にからげているのが、いかにも中国の農村婦人といった風情である。男性は、人工皮革の手提げバックを手に持ったり、肩掛けにしたりしているのが一般的だ。中にはリュック風に背中に回して担いでいる者もいる。ビニールの網袋は、食べ物や飲み物を入れるのに重宝しているようだ。
よく見ると、高齢の女性の姿も目立つ。中には、纏足をしていたに違いないと思われる老人もいる。居合わせた若者たちは、彼女らを「老太太」と呼び、いたわりの気持ちが強いのに感心した。後年知ったことだが、泰山への信仰は、宋代以降は泰山府君の娘の碧霞元君が社会的な苦しみの多い女性にご利益があると人気が高まり、女性の参拝者が多くなったのだそうだ。
紅門から中腹の中天門までの5.5kmは、なだらかな階段の道が続く。山西省から出張できたという同年輩の青年と一緒に登っていく。私の服装は、中国の青年服といわれる紺の綿シャツ。彼も同じような服装だが、白シャツの上に羽織っている。いよいよ1633段の急な石段が続く難所・十八盤に差し掛かる。東側の飛龍岩、西側の翔鳳峰に挟まれたつづら折りの急登の石段を登っていく。わずか800mの距離で400m上がるのだから、きつい。昇仙坊までくると、遥か石段の道の上の南天門も間近に見える。南天門に着いた時、時計は15時17分を指していた。記念に私のカメラで同行の中国青年と写真を撮り合う。
ここからは、比較的になだらかな道を碧霞元君が祀られている碧霞祠へ。更に、宋、唐、清それぞれの時代の摩崖刻石が並ぶ大観峰に。泰山は、片麻岩質の山なのだが、岩肌に刻み込まれた様々な書体の文字の数々に中国文化のもつ歴史的な厚みに圧倒された。山頂の「玉皇頂」には玉皇廟があり、「旭日東昇」、「晩霞夕照」、「黄河金帯」、「雲海玉盤」という壮大な景観を観賞することができる。
私たちは、遊び心を大いに発揮して、「探海石」と呼ばれる幅3.2m、長さ10mほどの巨岩の上に乗って写真を撮り合い、そこで別れた。もちろん、今ではそんな振る舞いは許されない。久しぶりに山の雰囲気を楽しんだ山頂は、夕方になると意外と肌寒かった。その日は、日の出を拝むのを楽しみに、頂上の賓館（ホテル）に泊まった。
日の出の時刻は、朝の5時40分。日の出を拝む展望台は、玉皇頂の南に位置する「日観峰」である。空が白々と明け行く中、どこからともなく続々と登拝者が集まってくる。厚手のコートを着ている人も多い。幸い、雲と雲の間から御来光が差してきて、しみじみと眺めいった。
ホテルに戻り、朝食をとって、8時30分に下山開始。南天門からの石段の急坂十八盤で中国のボッカさんと行き違った。天秤棒の両端に竹籠を取り付け、そこにジュースの瓶３０本ぐらいほど入れて登っている。まことにご苦労様である。
降り始めて１時間ぐらいしたところで、昨日同宿の華僑の人たちと出会う。彼らは、もうひと月以上も旅行中なのだという。彼らの車に便乗して麓の泰山賓館のレストランで一緒に昼食をとる。人数分に一皿足して、スープを頼めば、豪華な食事となる。料金は、一人当たり、1.6元、日本円で200円程度だ。
午後、岱廟を見学する。ここは、泰山を祀る廟で、古代帝王が封禅の儀式を行う際に居住した場所である。秦の始皇帝がこの地を巡遊したときに泰山に立てた記念碑である泰山刻石や歴代名書家の石碑がある東御座は有料だった。
明日は、曲阜の孔子ゆかりの孔廟、孔府、孔林を見学する予定である。そのため、見学は早めに切り上げて、15時38分の列車に乗ってヤンジョウ(六の下に兄と州)に向かう。奮発して列車の席は、軟座（一等客車）。初めて乗ってみたが、乗客は人民解放軍の関係者が多い印象だった。目的地の曲阜へは、更にバスに乗り継ぐ。
若き日の杜甫は、父親がヤンジョウで役人をしていたことから、この辺りを放浪している。その時雄大な泰山を望みて、「是非この山の頂を制して、周囲に無数の山を従えているさまを一覽したいものだ」（五言律詩「望嶽」）と詠んだ。中国人にとって、泰山は、そんな思いを抱かせる山なのであろう。
写真�〇劃困涼騎だ�
写真��南天門
写真��十八盤の急坂
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