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その後、里山を歩くようになると、いわゆる月待塔を目にすることがあったが、その多くは二十三夜塔であった。
そういえば、むかしの生活のリズムは、暦も時も月が中心だった。十六夜月（いざよいづき）、立待月（たちまちづき）、居待月（いまちづき）、寝待月（ねまちづき）、更待月（ふけまちづき）、下弦の月（かげんのつき）、有明月（ありあけのつき）と名前がついているように、日が暮れると月の出が大きな暮らしのリズムを刻むものだったに違いない。つまり、昔の人は様々な思いを持って月の出を待ったのだ。それが地域の人たちの「月待」の習俗ともなれば、共同の願いをかなえる宗教的な意味合いが付加されたのでないだろうか。
後年仕事から解放されて、再び山に登り始めてみると、山名に「二十六夜山」という名前の付いた山が、山梨県の郡内地方（東部）の秋山と都留にあるということを知った。しかも、里人が建てた二十六夜塔が山頂にあるという。
これは、歴史と民俗のロマンを掻き立てるに十分なものだった。以下、二つの山に登って、実際に石塔に対面し、その地形を確認して考えたことを綴ってみた。
秋山の二十六夜塔は、自然石で明治２２年７月吉日に建てられたものだ。裏面に無生野、濱沢、原、尾崎など麓の１１の集落名が記されており、石塔の立っている場所は、平坦で東に大きく開けている。薪や木炭生産のため常に人の手が入った江戸や明治の時代であれば、飲食しながら月の出を待ち、月を拝むことも容易にできたのではないかと思った。ちなみに、2023年の旧暦7月26日は、9月10日に当たり、東京の月の出は深夜の午前0時20分、東北東の方角に昇るそうだ。
一方、都留の方は角柱の石碑で、江戸後期の「嘉永七年（1854）七月二十六日」の銘がある。やはり、山麓の玉川、法能、上谷などの集落の人たちが建立した。こちらも、実際その日に追体験した山行記録があって、山頂から月を拝むことができたという。
また、二十六夜の月待行事の由来の説明は、大きく２つあるようだ。一つは、都留の石塔説明板にある「二十六夜の夜半の月の光に現れる、阿弥陀如来・観世音菩薩・勢至菩薩の三尊の姿を拝むと平素の願いがかなうと信じられたことから」というものだ。
もう一つは、二十六夜の月の本地仏は、愛染明王であることから、織物や染物、広くは養蚕など盛んな地域で二十六夜の月待行事が行われたという説明法である。私自身は未見だが、秋山の浜沢の説明板には、石碑の建立の趣意書には「『藍膳明王（あいぜんみょうおう）』ハ、万民ノ諸悪災害ヲ防御シ且ツ養蚕ノ守護神ニシテ信シテ験アルハ弁ヲ俟スシテ人ノ知ル処ナリ。」という趣旨のことが書かれているという。
都留も秋山も二十六夜山がある里の村々の江戸・明治時代の暮らしは、「わずかな平坦地を利用した米麦栽培や畑作のほか、煙草など商品作物の栽培や養蚕、郡内織の生産など」に拠っていたようなので、私は、二十六夜山に関しては愛染明王の説に一票を投じたい気がした。
明治は遠くなりにけり。山頂に二十六夜塔を建立した人たちが、月の出を待ち、月を眺めながら、共飲・共食と語らいの中でどのようなことを願い、祈ったのか、その記憶と記録が失われてしまったのは誠に残念な気がした。
せめて、この山名を持つ山に登る者だけは、それぞれの感性をもって少しでも古の人々の思いに共感することを願いたいと思った。
写真�―�山の二十六夜塔
写真��都留の二十六夜塔
（参考）
「赤鞍ヶ岳・秋山二十六夜山 〜新緑に染まる山歩き〜」2023年05月27日
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-5542936.html
「今倉山・二十六夜山 〜富士と月待の秋の山〜」2022年10月27日
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-4840312.html
（参考資料）
『新・ふるさとの神々』（上）加筆 ９章 路傍の石碑
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/tokiumo/cd-mihon/flkam-new/contents/000kahitu/09robou/09-17tsu3/09-17tsu3.html
「月待ち山行・二十六夜山」 2010年9月4日〜5日
https://www.mitsumine.gr.jp/kaiho/334/26yasan.html
こんにちは、初めまして。
私も旧甲州街道好きで、二十三夜塔等の月待ち信仰に興味を持ちました。
奥武蔵の豆口峠を歩いた時に、昔はもっと生活と山が密接だったと感じました。
郡内は織物が中心だった→郡内騒動の歴史もあって、私も藍染明王様の説に一票です☺️
とても楽しく拝読させていただきました、ありがとうございます。
コメントありがとうございます。
私も、近年冬にはテーマを決めて街道歩きや里歩きを楽しんでいます。
街道を歩いていると、峠の道に馬頭観音、村々には庚申塔や道祖神、二十三夜塔、中には出羽三山供養碑や蚕御霊神塔などというものも見受けられて面白いですね。
昨年末には、身近な横浜の二十三夜塔巡りをしてみました。意外に多いのにはびっくりです。興味おありなら、お暇なときにご覧ください。
「横浜港北・都筑 月待塔・富士塚巡り」2022年12月14日(水)
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-5004335.html
富士講以外の講は初めて知りました。そして色々な形の二十三夜塔があるのですね！いつか、私も訪れてみたいと思いました。
当時の夜はもっと暗くて長く、月が待ち遠しかったでしょうね。他にも気になるレコがありました。
これからもどうぞお気をつけて😊
住宅も変化しました。外と中の区分がはっきりしました。
中秋の満月の日の迎え方も同じでした。>『すすきを花生けに挿し、団子を供えて縁側に出てお月見をする』そういえば、そのうち縁側も土間の台所も無くなり、段差を少なくして全て室内の風景に変わってしまいました。
子供の頃の一五夜での光景で、月待を想定していました。月待といっても月を待つ準備を整えて、出てきた月のある風景を父親も含めて楽しむものという認識でした。そのため、楽しむ時間が少ない新月に近い頃の光景に疑問を感じていました。
当時は母親が作業の合間にススキと団子を用意していました。それもいつしかススキの用意は子供の作業になって、一緒に団子を作っていました。それもせいぜい小学校までのことで、その後記憶がありません。
大学時代友人が9月の中秋の満月に向けてススキを取って銀座のクラブに売り歩くアルバイトをしていると言っていたことを思い出しました。当時野山のススキが商品になることが信じられなかった思い出があります。
新月の頃は純粋に出てくる光景を想定して、むしろ待つ時間を楽しむということだと理解しました。
参考資料【『新・ふるさとの神々』（上）加筆 第９章 路傍の石碑】の「二十六夜待は、１月または７月の26の夜に月を拝みながら供養、願いをかけてみんなで飲食します」については、【月を拝みながら】より【月を待ちながら】が正確ではないでしょうか。
また
参考資料【月待ち山行・二十六夜山】の『まるでキャンプのようでした。星空も素晴らしく、これは二十六夜月の月の出もばっちり見られるか?と思いながら、20時くらいに夜中1時過ぎの月の出を待って仮眠します。』については、星空を見る楽しさは昔と同じですが昔仮眠はないのかもしれません。『このおじさんも二十六夜月を見るために昨日ナイトハイクされて林道の所で道がわからなくなり、そこでテントを張ったとのこと。二十六夜月を見ることができなかったようで、我々が見たというと悔しがっていました』については、暗い中で道を辿る不安が少なければ、暗さを楽しんで月を待つ本来の月待ができたではないかと感じました。
昔は待つ楽しみがあったのでしょう。そういえば、正月前には母親を手伝って薄暗い台所でゴボウの昆布締めを作っていた記憶もあります。それらを外注化して、待つ楽しみが不要になったのでしょうか。
長文のコメント、ありがとうございます。
私も、月待行事には、ともに「待つ」ことが極めて重要な要素になっていると思います。
むかしの人は、「待つ」ことに暗い影を感じるどころか、時に楽しんだに違いありません。子供たちは皆「もういくつ寝るとお正月」と正月の華やかさを心待ちしたし、宵待ち草の花に悲哀や哀愁を感じた大人も多かった。
今若者の間では大変な短歌ブームだそうですが、和歌では「待つ」は常しえの象徴の「松」と掛詞で、豊かな精神生活を表現しました。「立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む」の世界です。
月の出る時間もまた豊かな時間を与えたに違いありません。それがいつしか、庶民の祈りと楽しみの月待行事に昇華されたと思うと、月待塔にも一層興味がそそられます。
臨床哲学者の鷲田清一の著作に、「待つ」ということ」（2006）というものがあります。現代社会の「待たなくてよい社会」、「待つことができない社会」の病理と陥穽を日常の言葉をキーワードに考察している良書です。
時が満ちるのを待つ、機が熟すのを待つ、長い目で見るなどということは、子育てでは一番大切なこと。わが身を顧みて、反省させられます。
以下を思い出しました。
最近、タイパ（タイムパフォーマンス）という言葉を耳にするようになりました。三省堂が「今年の新語2022」大賞にも選定し、辞書にも取り上げられる可能性がある新語として紹介しているほどです。
タイパとはタイムパフォーマンスの略で、コストパフォーマンスという言葉の頭を「時間」と入れ替えてみたものです。コストパフォーマンスの略がコスパであることに対応しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB126OM0S3A110C2000000/
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