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その花に山で初めて出会ったのは、鈴鹿の鎌が岳だった。イワザクラ、イワウチワなどの春の花を愛でながら谷を登っていくと、渓流の流れにそって岩伝いに登るにはいささか段差のあるところに出た。右岸の岩を踏み台にぐっと体も持ち上げて這い上がると、眼前に白い花が咲き乱れている。思わず身を寄せて眺めると、それは、スギゴケに覆われた巌の上に春日を浴びて咲くバイカオウレンの花であった。
「ひかり踊る苔むす巌（いわほ）に白き花バイカオウレン楚々と咲きをり」
白い花弁にみえるのは萼片だそうだが、確かに5枚あり、梅の花を連想してもおかしくない。花弁は蜜を分泌し、黄色で萼片より小さい。スッと細い花茎をのばし、一輪白い花をつけるのが、素の美しさを感じさせる。
この山行で見たのは、このひと群れと、花崗岩の風化した尾根筋でみた数株で、山深き針葉樹の林床に咲き乱れる花というイメージとはいささか違ったものだった。
深山の森の妖精ぶりを感じさせられたのは、木曽谷の大桑村にある国有林の渓谷沿いの道であった。木曽の森林といえば、ヒノキ・サワラ・ネズコ・アスナロ・コウヤマキの木曽五木である。しかも、花崗岩の渓谷は、清流の美しさを引き立てるに十分だった。
木曽路の春は、明るくて華やかだ。青空に映える残雪の山並み、浅黄に山肌を染める木々の芽生え、桜や花桃が彩る里の風景が目を楽しませる。しかし、一旦渓流沿いの樹林帯に入ると、川面から吹き上げてくる冷気が森を包みこむ。
白い萼片が落ち始めたバイカオウレンがある。もう花の時期は過ぎたのかと、上流へ上流へとわずかな踏み跡をたどっていくと、バイカオウレンの花が、苔むした倒木の木の根元や幹、湿り気を帯びた腐植土に生える苔の傍らに咲いていた。
「瀬音ひびく冷気たちこむ森蔭にバイカオウレンひそやかに咲けり」
古人曰く、「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」と。さて、次はどんな所でどんな表情を見せてくれることだろうか。
写真�ヽ�が岳にて
写真�¬攸勝β膩�村の渓谷にて
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