また、造山古墳より古い金蔵古墳も墳長160メートルと、同時期には、中四国九州では、最大で1953年の倉敷考古館による調査では石室や副室などが調査され、多くの副葬品などを調査、近年古墳保護を進めるために岡山市教育委員会により、確認調査が行われ、国指定史跡とすべく調査を重ねてきて、その細部が確認されつつある。さらに造山古墳の側にある千足古墳では、石室ないの石障に施された直弧文の装飾が、石室内の浸水で、装飾が剥落するような状況に直面し、岡山市は、この危機から救い出すため、国から石障を取り出して保存処理することを申請し許可を得て保存措置を行い、市の埋蔵文化財センターに収蔵され、保管されている。会場にはその石障を含め石室全体の復元レプリカが展示されていた。弥生時代末の盾築墳丘墓や特殊器台、特殊壺、庄内式、布留式土器の成立に関わる吉備の役割などについて知りたいことは沢山あるが今回はとりあえず吉備の古墳の最新研究に触れたことに満足し、大阪に向かった。
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日記
土日に大阪の二つの博物館を訪問する予定だったが、岡山シティミュージアムの大古墳展もついでに見学しようと、予定を早めて新宿で新幹線チケットを変更し、東京駅からひかりで岡山へ。週末は気温が上がらず冷えるらしいが、今日はさほどでもない。富士山は、雲がかかって見えなかったが、伊吹山や琵琶湖の奥の山々は、雪を被っていた。午後2時過ぎに岡山に到着し、駅前のシティミュージアムに向かう。天皇陵に匹敵する360メートルの巨大古墳、造山古墳やその周辺の千足古墳、それらより古い金蔵古墳などの近年の調査結果と出土品の展示、報告がテーマだ。造山古墳は、一般人が近づくことのできる最大の古墳だが、これまで十分な調査がされていなかった。岡山市教育委員会が、周到な準備で、国の許可を得て、この十年の間に発掘調査を積み重ね、、秀吉の備中高松城の水攻めの際、備中勢が砦を古古墳頂に築いたため、その遺構の調査も行って、古墳本体と後世に築かれた施設を確認し、古墳本体の姿を再現する調査を繰り返し行っていた。そのなかで葺石や埴輪列、本来の斜面の角度や、テラス、墳丘の裾などを確認する貴重なデータを得ている。墳頂付近からは安山岩の板石をはっけんし、将来その下にあるであろう石室ー主体部の調査が想定される。調査は一旦終了して、出土品のせいり、保存復元計画の策定などを行う予定らしい。
また、造山古墳より古い金蔵古墳も墳長160メートルと、同時期には、中四国九州では、最大で1953年の倉敷考古館による調査では石室や副室などが調査され、多くの副葬品などを調査、近年古墳保護を進めるために岡山市教育委員会により、確認調査が行われ、国指定史跡とすべく調査を重ねてきて、その細部が確認されつつある。さらに造山古墳の側にある千足古墳では、石室ないの石障に施された直弧文の装飾が、石室内の浸水で、装飾が剥落するような状況に直面し、岡山市は、この危機から救い出すため、国から石障を取り出して保存処理することを申請し許可を得て保存措置を行い、市の埋蔵文化財センターに収蔵され、保管されている。会場にはその石障を含め石室全体の復元レプリカが展示されていた。弥生時代末の盾築墳丘墓や特殊器台、特殊壺、庄内式、布留式土器の成立に関わる吉備の役割などについて知りたいことは沢山あるが今回はとりあえず吉備の古墳の最新研究に触れたことに満足し、大阪に向かった。
2月2日(金)岡山シティミュージアムの大古墳展
また、造山古墳より古い金蔵古墳も墳長160メートルと、同時期には、中四国九州では、最大で1953年の倉敷考古館による調査では石室や副室などが調査され、多くの副葬品などを調査、近年古墳保護を進めるために岡山市教育委員会により、確認調査が行われ、国指定史跡とすべく調査を重ねてきて、その細部が確認されつつある。さらに造山古墳の側にある千足古墳では、石室ないの石障に施された直弧文の装飾が、石室内の浸水で、装飾が剥落するような状況に直面し、岡山市は、この危機から救い出すため、国から石障を取り出して保存処理することを申請し許可を得て保存措置を行い、市の埋蔵文化財センターに収蔵され、保管されている。会場にはその石障を含め石室全体の復元レプリカが展示されていた。弥生時代末の盾築墳丘墓や特殊器台、特殊壺、庄内式、布留式土器の成立に関わる吉備の役割などについて知りたいことは沢山あるが今回はとりあえず吉備の古墳の最新研究に触れたことに満足し、大阪に向かった。
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