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2019年05月18日 13:54回想の山旅全体に公開

はじめての山 鈴鹿・釈迦が岳 〜経験がないとは、恐ろしいの巻〜

 鈴鹿山脈の竜が岳の南面から入道が岳あたりまで、鈴鹿花崗岩が織りなす山や渓谷は白く美しい。釈迦の寝姿に似るとされる釈迦が岳(1091m)は、御在所岳と並んでその中心的な山と言っていい。私にとっては、初めての山として忘れがたい山でもある。
 その登山口の朝明渓谷に初めて行ったのは、昭和41年(1966年)の憲法記念日だった。当時高校2年生だった私は、漠然と山岳部への入部を考えていた。その日、山岳部の友人がもう一人の入部希望者と一緒に連れて行ってくれたのだった。それは、羽鳥峰に登って愛知川上流の神崎川のヒロ沢の出合まで行っただけのものだったが、花崗岩の白い巨岩の河原と清冽な流れ、新緑の峰が今でも忘れられない。私は、その渓谷美に、思わず赤塚不二夫の漫画「おそ松くん」のイヤミの驚きの決めポーズの「シェー」を繰り出してしまった。それはともかく、自然の中に身をおいて、 胸の底まで曇りなき心境になれたのは、衝撃の体験だった。
 それから1週間もたたぬ遠足は、この朝明渓谷だった。朝明渓谷には、遊歩道や広場、キャンプ場もあり、レクレーションには格好の場所だったのだろう。その時は、山岳部の部員2人と示し合わせて体よく抜け出し、鈴鹿でも一、二の落差を競う庵座の滝から駆け足で頂上まで登ってきた。今から思うと、あまりほめられたことではないが、益々山登りの魅力に惹かれた。
 正式に山岳部に入部すると、早速5月の定例山行があった。それがまたまた、釈迦が岳から愛知川(神崎川)を遡行するコースだった。山の道具のなんたるかも知らない私は、試練の山行になるとはつゆ知らず、ザックも寝袋も、登山靴までも先輩に借りて、あわただしく参加したのだった。
 土曜日の午後、授業が終わるや否や柔剣道場の屋根裏にあった部室から鉄砲玉のように飛び出す。名古屋駅からは近鉄に。近鉄四日市で湯の山線に乗り換えて菰野の駅に着いたのは、午後2時を回ったころだっただろうか。菰野の駅からは千草までしかバスの便はなく、千草から朝明渓谷を目指してテクテクと歩いた。山の歩き方や靴と靴下の調整法など山行の基本についていささかの経験も知識もないのは恐ろしいものだ。平坦な林道歩きといえども、密かな落とし穴が潜んでいた。
 頂上へは松尾尾根から登る。標高差700mを越える登りは、思っていた以上にアップダウンのある急登であった。既に登り口あたりで足に違和感を覚え、先行きに少し不安を感じていたのだが、登るにつれて次第に靴づれの痛みがどんどん激しくなっていく。特に右足のくるぶしの下の内側のあたりが変だ。余裕がなくなっていたのか、頂上近くの難所、大蔭のガレの通過はあまり覚えていない。頂上に着いたのは午後7時。あたりはすっかり暗くなっていた。
 ここから、テントサイトの中峠までは、さらに1時間は歩かなければならない。暗澹たる気持ちで、リュックの中に入れたラテを探したのだが、どこに入れたのか見つからない。仕方がないので、前後の部員の明かりを頼りに歩くが、2,3度つまずいて転んでしまう始末である。
 中峠では、真っ暗な中、早速テントを張る。夕食はカレーライス。午後10時半ごろ、寝袋に潜り込んで眠る。明日、一日足が持つか、確信できない状態に不安が募った。夜半に雨がぱらつき始める。
 次の日、朝5時に起床。インスタントラーメンの朝食をとって小雨の中7時に出発した。やはりまずい。歩くだけで足が痛み、自然と皆から遅れ出す。カシラコ沢から、仙香谷を通って愛知川に向かうようだ。今から思うとバリエーションルートの極みのような道だ。あちこち迷い加減に谷を下りていく。通過できないところはひたすら高巻く。断崖絶壁の上り下りを繰り返してようやく愛知川の出合に出た。
 そこから上流に遡行していくが、途中枝沢に入り込んだりして、ここでもさんざん高巻をさせられた。靴の中の足はどうなっているか、皆目見当もつかない。雨はときどき止むこともあるが、依然降っていて、全身ずぶ濡れだ。疲労感がにじみ出てくる。
 白滝谷の出合に出て、ヤレヤレと言いたいところだったが、更にヒロ沢の出合を目指して歩く。ヒロ沢の出合から何とかヒロ沢を登り切って羽鳥峰峠に出る。
 朝明ヒュッテに着いたのは、午後6時である。バスはもうないので、菰野までタクシーを使うこととなった。タクシーを待っている間に見かねたのか、リーダーの3年生がリュックからサンダルを取り出して貸してくれた。サンダルを持っているのも不思議だったが、痛みを軽減する上では実にありがたかった。ところが、緊張の糸がほぐれたのか、ここで大失敗をしてしまった。登山靴を休憩した店の前に忘れてしまったのだ。
 翌朝起きたら右足の靴づれの部分だけでなく、くるぶし全体が相当腫れており、立つに立てない。結局、1日学校を休む。それ以降、しばらくサンダル通学となったが、何しろ因幡の白ウサギのようにひどく赤むくれしいて、新しい皮膚が形成されるまで相当時間がかかった。
 問題は、先輩から借りた登山靴の方である。母親にあちこち電話してもらうと、どうやらタクシーの運転手さんが私たち一行の事を覚えていたらしく、気を効かして靴を名古屋に帰る登山者に預けてくれたことが分かった。後は、ひたすら連絡を待つばかりだが、なかなか連絡がない。三日後に待望の連絡が入る、翌日、手土産片手に靴を受け取りに行って、一件落着した。
 その後、登山靴は、栄の丸栄デパートの裏手にあった山道具専門店で注文した。足の裏の型とり、甲の周りの計測などして作ってもらった。確か背広の仮縫いのように、完成までに2回店まで行ったと記憶している。人の靴を借りるなど今から見れば能天気なものだ。お蔭で、履き心地のよい登山靴が出来上がった。
 山の道具はしっくりしたものを慎重に選ぶべきなのだ。これがこの山行から得た最大の教訓であった。
 つい先日、53年ぶりに釈迦が岳に登ってきた。自分もいつの間にか高齢者となり、その間世の中も大きく変わったが、釈迦が岳は何も変わっていなかった。幸せな山であり、渓谷である。
(山行は、昭和41年5月14日〜15日。記録は当時の日記をもとにした。)

【参考文献】
「御在所山地域の地質」(平成元年 通商産業省工業技術院 地質調査所(当時))
https://www.gsj.jp/data/50KGM/PDF/GSJ_MAP_G050_11030_1989_D.pdf#

【参考】
「50年ぶりの釈迦が岳 庵座の滝、ヒロ沢出合に会いに」(令和元年5月13日)
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1848082.html
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