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2021年06月09日 09:28回想の山旅全体に公開

立山の春  室堂から剣沢、雄山へ

 昭和54年(1979年)のゴールデンウィークに立山に入ったことがあった。学生時代からの山仲間のヤマレコkichichanからのお誘いである。
 理学系の大学院に残って研究活動を続けていた彼は、この年の3月、ケーブルカーの運行が始まっていない立山の麓から剣御前小屋まで往復したという。目的は研究者の仲間からの依頼で観測機材を回収するためだったらしく、雪山の雰囲気は十分楽しめたものの、重い機材を担いでの帰路のスキー滑降にはいささかうんざりしてしまったようだ。
 そこで、今度は昔の山仲間とのんびり春スキーでも楽しみたいと、就職後も乗鞍岳や尾瀬でともにスキーを楽しんできた私に白羽の矢を当てたというわけである。
 私にとって、立山、剣沢といえば、大学1年生の夏に集中豪雨にあって命からがら逃げ帰った因縁の地である。天気さえ安定していれば、今度こそ豪快なシュプールを描くことも夢でないと俄然乗り気になった。

 この年は、4月25日に立山黒部アルペンルートは全線開通していた。東京にいる私は、信濃大町から黒四ルートで、京都に住む彼は立山ルートで入山し、室堂で合流することにした。まだ独り身で固定電話もなく、ましてや携帯やスマホもない時代、どう連絡をつけて山行計画を具体化したのだろかと今にして思うが、兎にも角にも5月3日の昼には、無事室堂で合流できた。
 のんびりと山を楽しむためには、まずは、静謐なテントサイトを見つけなければならない。この季節になると、完全に雪は締まっているので、スキー板の先端の穴に細引きを結びつけ、雪原を引っ張って登っていく。友人は、フランス製のラフマーの縦型リュクなのに、テントを担いできた私はキスリングで、どう見ても見劣りがするが、自意識過剰。誰も気にかける人はいない。室堂からしばらく上がって来ると、他のパーティーも程よい距離感でテントを張っている。
 テントを設営し、テントの中に直接風が入り込まないように工夫すると、そこはもう別天地。昨日までの都会のわずらわしさからすっかり解放されて、気分上々である。夕食も済ませ、夜の9時半頃そろそろ眠りにつこうとすると、パラパラとテントの生地を打つ音が聞こえ始めてきた。外に出て確かめてみると、霰である。室堂平が、なんといっても標高2400mの高地であることを実感する。

 翌朝は、7時起床。外はガスがかかり、2cmほど雪状のものが積もっていた。ライチョウが数羽、背後のハイマツの岩場をひょこひょこと散歩している。まだ、冬毛である。慌ててカメラを取りにテントに戻る。
 天気が安定しているのを確かめて、10時に出発。3月に一度来ている友人にルートどりを任せて登る。奥大日岳の白い雪肌が美しい。雷鳥沢に10時30分に着き、11時50分には、剣御前小屋まで来た。剣岳が前剣を従えて堂々として大きい山容を見せ、剣沢の大雪面の向こうには、白馬三山をはじめ後立山の峰々が見渡せた。剣沢を剣小屋辺りまで一気に滑っていく。そこからエッチラ、オッチラと登り返して午後の1時15分には剣御前小屋まで戻り、ゆったりと昼食をとる。
 話は、自然と2ヶ月ほど前の機材運搬の話となる。どうやら雪面を10m以上掘って雪の断面を表面から連続して採取する研究機材が劔御前小屋に置いてあり、ネパールの氷河に持ち込んで利用するための移動作業のようだ。かなりの重さの機材を背負って、スキーで室堂、天狗平、美女平へと下るのも大変だが、ケーブルカーが動いていないトンネル内の階段を事故なく降ろす作業は容易ではなかったと苦労話を聞かされた。また、3月のバス道はブルドーザーで大きく掘削されていてその中を黙々と歩いて登って行ったこと、帰りはスキーで大雪原を下るのは楽しかったが、時々横切るバス道に降りて再度雪原に登り返すのが大変だったことなど話は尽きない。
 時計を見ると、針はもう2時30分を指している。北アルプスの大展望は、もうすっかり満喫したし、そろそろ雪面の変化が気になる頃合いである。室堂へゆったりとした斜面がうねるように続いている。スキーをつけて1時間ほどかけて雷鳥沢まで下る。そこでまた、しばらくスキーを楽しみ、テントサイトに戻ったのは、もう夕方の5時だった。

 3日目は、一の越から立山の雄山を往復した。大学生の時に登った雄山は、濡れネズミ同然の姿、周囲の景色を楽しむ余裕もなかった。この日は、黒四ダムを挟んで、対岸の針ノ木岳、蓮華岳、鹿島槍の峰々を悠然と見晴るかすことができた。至福の時、朝日岳から白馬岳を越え後立山の峰々を蓮華岳まで縦走した高校の夏合宿がなつかしく思い出される。よく見ると、立山の東面を黒部平へとスキーで下っている人影が目に入ってくる。大天井岳から続く尾根の先に槍ヶ岳も見えたから、こちらはこれだけで大満足である。
 テントサイト近くで、またライチョウに出会った。生息状況の改善は、少しは見られるのだろうかと思いながら、カメラを向けるのだった。
 もう、思い残すことはない、明日下山するだけだ。
 kichichanが、せっかく室堂まで来たのだから、弥陀ヶ原までなりと滑って帰ろうとしきりに誘ってくる。それも満更捨てたものでない。朝早く行動を開始すれば、米原経由でその日のうちに東京に戻れるだろう。こうして、室堂平の最後の夜は、静かに更けていったのだった。

 注1.昭和54年(1979年)5月3日〜6日の山記録メモから。
 注2.まとめるにあたって、kichichanからアドバイスをもらった。

(参考)「剣沢の一夜 〜北アルプス初心者のはまりし罠〜」
    昭和44年(1969年)8月7日〜8月9日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-190892
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