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私が知っていた前情報は
・つまらない。
・百名山踏破のためだけに行く山。
・二度と行きたくない。
そんな否定的なものでした。
深田久弥がこの山を百名山に加えた理由は端的に言って「山深いから」と聞いて、「なんじゃそりゃ?!」と思ったのを覚えています。
私は実は『日本百名山』を読んだことはありませんが、文中では「まだ原始的自然美を保っている山域であって、埋もれた山を探し求める人たちにとって、これから興味の多い舞台となるであろう。」と書かれているそうです。
私にとっては要するにまぁ、あんまり気乗りがしない山。
そんな風に思っているうちに最短ルートへアクセスできる「栗原川林道」が廃道になり、皇海山のハードルがあがる。
自分が「百名山めざそうかな」なんて思ったのは通行止めになった後のこと。登るルートは深田久弥が登ったクラシックルートしか残されていません。百名山を目標にして1年目は見送りました。
2年目の今年、クラシックルートのツアーも出てきたのを見て「行けそうかな」。
複数社からツアーが出ている、イコール、それなりに通れる道がある、と思っているので。
そこで早速皇海山登山を計画。公共交通機関ではアクセス難なので悩みました。最初はツアーに乗っかるつもりでしたが最終的にはクルマを出してもらって3人で。(かじか荘に宿泊すれば送迎があるようなので、公共交通機関で行かれる方はかじか荘泊にすると良いと思います。)
山行記録 2022/6/25〜26 皇海山:行きはヨイヨイ帰りは…💦
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-4436891.html
・・・帰りの六林班峠からが長かった!!
でも、つまらなくはなかったです。むしろ面白かった! もう1回って言われても行ける♪ できれば往復鋸連峰越えにしたいけど(;´▽`A``
庚申山のお山巡りコースも行けなかったので、機会があったら行きたいな(´艸`*)
そんなわけで、皇海山の印象がすっかり変わった山行でした。
ちなみに、深田久弥は「フロンティア」的ことを書いていますが、今は道が整備されつつある、と感じました。
やっぱり、行ってみないとわからないものですよね(*´▽`*)
写真1. 庚申山への登りの岩場
写真2. 庚申山の展望地から見た皇海山(左は鋸山。最短だった不動沢ルートは皇海山と鋸山の鞍部から登ってくる。)
写真3. 鋸連峰越えで最初の難所、白山からの下り鎖場
皇海山、達成感は半端なく大きかったことでしょう。
深田久弥の『日本百名山』には、庚申山が信仰の山で、皇海山はその奥ノ院だと書かれ、青銅の剣がその証だとあります。
文庫本なら\1.000もしないし、一座5ページなのでいつでも空いた時間に読めます。
この本は語彙の勉強にもなりますし、山をより深く知る必読書だと思います。
もう一度、鋸山へ行かれるなら行きか帰りは中倉尾根がお勧めです。
松木渓谷経由の皇海山は、国境平から下るモミジ尾根がルート不明瞭です。
確かに庚申山(猿田彦神社跡の手前)と皇海山の山頂の手前の2ヶ所に青銅の剣がありました!
今まで登った百名山はほとんどが予備知識の段階でなるほど確かに素晴らしい山だと理解できたのですが、皇海山は行ってみるまでその理由が理解できていませんでした。
「まだ原始的自然美を保っている山域であって、埋もれた山を探し求める人たちにとって、これから興味の多い舞台となるであろう。」・・不動沢ルートへのアクセスが難しくなった今、やっとみんなの興味がこの山本来の良さへ向かってきた?
深田久弥の予言が当たったようで面白いです。今度図書館へ行って本探してみます(^^)/
自分は幸いにして、栗原川林道が廃道になる前に皇海橋からアプローチして登頂しましたが、それだと楽ではありますど、つまらないと感じました。
「栗原川林道をパンクせずに走り通すことが核心、皇海山の山頂を踏むのはオマケ」なんて揶揄されていたとかいないとか。
やはり、皇海山の真価はクラシックルートを歩く工程にこそあり、それで登って初めて皇海山の良さがわかるのではないかと思いました。
といっても、自分はまだクラシックルートで登ったことはありませんけど。
栗原川林道から行っちゃったのはもしかしたら「幸いにして」じゃないかもしれませんよ(´艸`*)
機会があればクラシックルートも行かれてはいかがでしょうか・・たぶんKudoさんなら余裕ですよ♪(*´▽`*)
山行記録、とても懐かしく拝見しました
当時の記録を読み返すと「『百名山でなければ、ここには来ないかもねぇ。』頂上で休んでいた女性の登山者が呟いた。周りの全員がニヤッとした。」とあります
また「道悪く、高度感もありおもしろい。妙義山にも似た感じ…」、「道が消失していて工事用ロープをたよりに…」とか「道は深い熊笹で覆われていて、何度もコースアウトしそうになる」とも…。
で、我々は庚申山から少し下った鞍部にビバークしました。「夜中、鹿の鳴き声で目が覚めた」とあります。当時はそんなことをしていた時代だったんですねぇ。水の確保も大変でした。
また、不動沢からのコース、当時の我々は知りませんでした。しかし、水の補給のために少し下って行ったところ、赤テープがあって林道には車も見えましたね。
ということで、長丁場お疲れさまでした。もっとも、健脚のmiki-taniさんですし、
「周りの全員がニヤッとした。」←内心(わかってねぇな(ΦωΦ)ニヤリ)って感じですかね(笑)
でも34年前なんて本当に道が無さそう(゜o゜)
深田久弥が歩いた頃は更に・・ですね、わかったような気になって、全然わかってないくせに生意気なことを書いてしまってお恥ずかしい💦
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