広島から大町に帰る各駅停車の旅にはもう一つの楽しみがあった。それは宮本百合子の『播州平野』を読みながら、その足跡を辿って山陽路を追走すると言うものだった。
『播州平野』の中で、主人公ひろ子は、網走刑務所から拘束を解かれて東京に帰って来る夫重吉を迎えるべく、重吉の実家のある山口県から汽車で東京に向かう。その途上，岡山〜姫路間で洪水に合い、辛酸をなめながら明石まで辿り着いている。
『播州平野』を読みながら、のんびりとその足跡に思いを馳せたいと思っていたのが、自分自身がそれに近い状況に追い込まれてそれどころではなくなってしまい、友人に借りたその本は1ページも開かれることなく手元にある。
一段落した今、改めてそのくだりを読んで見ると、ひろ子もまた呉線廻りの列車に乗り、沼田川の鉄橋が落ちて不通となったために須波と言う駅で下されて、雨と浸水でぬかるんだ道を道連れとなった目の不自由な人と三原駅まで、歩き、その人の口利きで三原に一夜の宿を得ていたのだった。それが10月8日のこと。
翌日，洪水はさらに深刻になり、岡山を越えると広大な浸水地帯となって汽車は水没したレールの上を最徐行で走ると言う、今では考えられないような無謀とも言える運行に委ねて姫路まで辿り着く。
姫路で2泊の逗留を余儀なくされた11日，ようやくひろ子達姫路を発つ。加古川までは汽車に乗れたものの全員がそこで下され、地元のトラックに乗って少しづつ前進する。1台のトラックに30人が立ったまま乗り、代金は2円。そのトラックに乗れた区間はわずかで、じきに橋が落ちた川の手前で下され、俄かごしらえの板敷の橋を渡って次のトラックに乗る。
そのトラックもすぐに乗換えとなり、2里の道を荷車引きの馬車に1個10円で荷物を乗せてもらって歩き、やっとの思いで次のトラックを待つ長い列の最後尾に辿り着くが、その列はいくら待っても縮まらず、痺れを切らした連れが荷車引きと交渉して馬車で明石まで行くこととなる。
こうして『姫路を出てから一日中，トラックを攀じ登り、這い下り、荷車にすがって急いで歩いて』来たひろ子は、思いもかけず『透き通るような秋の西日に照らされてのびかにひろがっている播州平野の国道』を『馬車に揺られて、子どものように疲れた両脚をぶら下げて、かたりことりと東へ向かって行く』のである。
主人公の体験には程遠いとは言え、大雨による不接・不連続と言う得難い経験をしながら、読むのが後になってしまったのは返す返すも残念でならないが、読もうと思いながら？十年を過ごしてしまった書のページをめくったことだけでも自分にとっては大きな収穫であるし、山陽路を走る旅は今後も続くのだから、その楽しみが無くなった訳ではない。
後半を先に読んでしまった『播州平野』であるが、とっつきにくそうだと言う先入の印象を覆す内容で、もっと早く読むべきだったと思った。
播州平野の描写が、馬車に荷物だけを乗せて東へ向かって歩く2人の快活な朝鮮人の若者達と共に象徴的である。
歓声を上げながら海峡を目指してフルスピードで西に向かう朝鮮人兵士達ヲ見送る眼は、この戦争の終結が自分を含む日本人のみならず、アジアの人民を抑圧から解放するものであることを思わせて温かく、かつ彼らをして未だ歓声を上げることも出来ず泥道と格闘している自分達日本人の声を代弁させてもいるように思えた。
この次に播州平野・山陽路を走る時には、これまでとは違った感慨を持ってその景観を見ることになるに違いない。
のぼうさん はじめまして
日記に言及されたところが故郷なので
ちょうど帰郷するタイミングとも重なり興味深かったです
こんど自分もこの本読んで見たいと思います
meta bomanさん コメント有難うございます。
ご実家は三原市の周辺でしょうか…？
呉線を全線乗ったのは今回が初めてだったかもしれません。順調に走っても向洋・糸崎間2時間16分と、本線廻りより1時間も長いのがネックになってなかなか乗る機会が無いので、いい経験になりました。
本来は廿日市5：23⇒5：50向洋5：51⇒8：07糸崎8：09⇒9：35岡山 で、向洋・糸崎間〜2時間16分のところを当日は
廿日市5：51⇒向洋7：18⇒13：38糸崎 で、向洋・糸崎間に6時間20分を要しました。
予定では向洋で乗り換えて
向洋5：59⇒7：14糸崎7：49⇒10：21相生10：23⇒10：43姫路 となるべきところ、姫路着19：25でした。
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