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2018年10月15日 18:43怪談と猥談・珍談奇談全体に公開

怪談・古着に憑いた幽霊

  この怪談は、岳会合宿のキャンプ夜咄の伝聞ではない。
友人の中年A夫妻の体験した実話である。
山中ではなく街中の怪談だから、幽霊咄が苦手な人はパスするのが善いかも知れない。

年号が昭和から平成に代わって間もない頃から、東京平和島の流通センターでは毎年恒例の骨董市が開催されるようになった。
大規模な市は今も続いており、近年 私もA夫妻に誘われ二度ほど出向いたが、中々の盛況であった。
A夫は陶磁器の蒐集、妻君は着物や帯などの古布の加工が趣味で、連れ立って出掛けても別々に会場を廻り、後に収穫品を手に喫茶室で落ち合うのが常である。
これはA夫妻が骨董市で入手した一枚の古着〜、”黄色の小紋”に纏わる話である。
以下にA夫の体験談を、聞き書きとして要約する。


  >〜その日、会場には人が少なく、ゆっくりと見て回ることができました。
蕎麦猪口の好いのを二つ買って二軒先のブースに歩を進めると、衣桁に掛けられた黄色地の女物の着物が目に留まりました。
着物には全く関心がない筈なのですが、この時は何故か惹かれるように歩み寄って手に取っていました。
生地は、明治から大正期と思われる絹の小紋です。
品質が高く、柄も洒落ていて優雅な風情があり、何とも魅力的なのです。
品物が魅力的でも自分には買う理由も目的もないことに気付き、後ろ髪を引かれるようにその場を離れました。
彼方此方見て回りながら、先程の黄色の小紋が心残りで頭から離れず不思議に思いました。

喫茶室で細君と落ち合い互いに収穫品を見せ合うのですが、この時は驚きました。
細君が得意げに紙袋から取り出したのは、件の黄色の小紋だったのです。
「色も柄も綺麗で素敵!、 新品みたいに傷みが無いから此の儘自分で着られそう」、〜なので買ったと云います。
ふと、因縁めいたものも感じましたが、この黄色の小紋が果たして細君に着熟せるのか〜と、合わせる帯が無くて新調を云い出す心配ばかりが気懸りでした。

黄色の小紋は、我が家で一部屋だけの和室に置かれた衣桁に掛けられました。
子供が生まれて以来、寝室は細君と子供に占領され、私一人が和室で寝起きしておりました。
古着が衣桁に掛けられてから数日後の夜半のことでした。
睡眠中の私は、耳元で轟々と鳴る風を切るような音で目を覚ましました。
〜と言うより意識だけが戻ったと言うのが正確で、金縛りに架かり五体が全く動きません。
目は開けられて目玉だけが動かせます。
恐怖に襲われ大声を出そうと焦るのですが、全く声が出ません。
そして枕元の左手に、洗い髪の細身の女が立て膝で座り、私の顔を見下ろしているのです。
女の背後にある入口の片開きの襖戸が開いていて、月明かりが差し込んでいますが、逆光で顔はよく見えません。
女は衣桁に掛っていた筈の黄色の小紋を、見事に着熟しているのです。
血も凍るような恐怖と、金縛りの焦燥感が長い時間続いたような気がします。
やっとの事で大声が出ると、金縛りが解けました。
静寂な真暗闇の中、やっとのこと寝返って上体を起こし電灯を点けました。
見回せば入口の襖戸は閉じていて、黄色の小紋は衣桁に掛かった儘なのです。
そして洗い髪の女は、影も形もなく消え失せていました。
確かに、私は幽霊を見たのです。

翌朝直ぐ細君に幽霊の話をして、古着を処分するように申し渡しました。
細君は半信半疑でしたが、渋々処分に同意した様子です。
和室の衣桁から古着が消え、何事もなく数ヶ月が過ぎました。

ある日、病院から職場に電話があり、細君が怪我で縫合手術をするとの呼び出しでした。
急遽駆けつけると、細君は側頭部切創を負って8針の縫合手術を済ませておりました。
検査の結果は切創だけで他には異常が無かったのですが、その着衣を見て驚きました。
黄色の小紋が、洋装のワンピースに形を変えて存在していたのです。
加工を終えたワンピースを着ての初外出時に、玄関先の石段で転倒したのです。
洋服に加工して亭主の留守中に着るのなら、何の問題もないと思っていたようです。
細君は、この事故で初めて怖さを実感し、懇意にしている寺院の住職に御焚き上げ供養をお願いしました。
あれから長い歳月が過ぎておりますが、未だに怪しくも優雅な黄色の小紋が目に浮かびます。〜>


  幽霊が特定の土地、建物など場所に憑く話は多いが、古着に限らず特定の物品に憑く話もある。
昔、単独行の避難小屋で同宿した若者から霊憑した寝袋の話を聞かされ、日記に書いたことがある。
*「眠れない中古寝袋の怪」 https://www.yamareco.com/modules/diary/8042-detail-34167

来歴の解らない中古物品の中には、特異な因縁物もあるかも知れない。
玄関先での転倒は怪我で済んでも、山の岩稜で転倒すれば死ぬかも知れぬと思う人もあろう。ainakaren

*[怪談と猥談・珍談奇談] https://www.yamareco.com/modules/diary/8042-category-22
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