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当時、小河内ダムは未だ有りませんでした。
お馴染みの奥多摩湖は、影も形も無かったのです。
山岳会に入り、その現役時代は実によく登りました。
ゲレンデとして都合のよかった谷川岳だけでも、少なくも100回は登ったと思います。
スピード登攀は2人、荷の多い場合は3人パーティが好都合な編成でしたが、それ故に途中に綺麗な花が咲いていても、じっくり観察することはできませんでした。
緊張の連続する壁の途中、ふと見ると草付きバンドに可憐な高山植物の小さな花が咲いていると気持ちが和みます。
その質素な美しさに魅せられ、少し観察したいと思っても下で確保しているパートナーを気遣って、そのまま一瞥だけで通過します。
無雪期の登攀には、そうした事がよくありました。
登攀から引退し所帯を持って落ち着くと、花を見るためだけにゆっくり登ってみたいと思うようになりました。
共働きで生活も少し楽になり、当時流行が始った一眼レフカメラを漸く購入することができました。
そのカメラを持って山の神と一緒に、花を巡って写真に撮る山旅をしました。
山の神と一緒の花の山旅は、期待に反して巧くいきませんでした。
登山道を少し外し、植生に踏み込まないと花の写真は撮れません。
三脚をセットして撮影している間、山の神はすることもなくただぼんやりと待っているだけになってしまいます。
花の写真を撮るのが目的ならば、独りで登らなければ駄目と悟りました。
当時のカラーフィルムの感度はリバーサルでASA25ですから、スローシャッターに対応するため三脚が必要でした。
接写は撮影距離に応じた3枚のアタッチメントレンズで対応しましたから、撮影はとても手間がかかりました。
そうした撮影機材を背負い、花の季節に草津白根周辺と奥多摩の山々に何度も通いました。
そのとき撮影した400枚程のカラースライドは、今も残っています。
フィルムの経年退色がありますが、写った花は懐かしく今でも綺麗です。
高山の花は過酷な環境ゆえ小さなものが多く、肉眼では可憐で控えめな地味なものです。
ところが接写した花のカラースライドをスクリーンに拡大すると、輝かしい程に華やかな美しさになります。
当時は、それが最大の魅力でした。
現在は写真用品も進化しデジタル時代です。
露光感度も桁違いに上がり、接写から無限遠までピントの合うマクロレンズですから三脚は必要が無く、手持ちで写せるようになりました。
当時は露光感度が低いので三脚は必要だし、ファインダーはバリアングルではないので、背の小さい花は地べたに腹這いになって接眼レンズを覗きました。
そのため、衣服は泥まみれになりました。
一般コースを歩いて小さな花を撮影する時には、先ず地形と植生を読みました。
道を外して目星を付けた場所に踏み込み、地表付近に注意して撮影に適する花を探します。
小さな高山植物は島のような群落を作っています。
地衣類など特に小さな花は、余程注意していないと見落とします。
地べたに腹這いになってファインダーを覗きます。
湿地帯ではビニールシートを敷いて腹這いになります。
角度や方向を変えて平均して5枚位写しました。
厚着をしていても腹がかなり冷えました。
写した後が大切です。
たとえ十数メートルの距離であっても、自分が撮影場所に入ってきた方角をしっかりと見定めてから戻ります。
いい加減に戻り、コースに帰れず戸惑ったことがありました。
小道具として二つ折りにしてA4サイズの小型銀レフと、小さな霧吹きを持って行きました。
霧吹きは花に水を吹きかけて、朝露の降りたような精気ある美しい写真にするための演出のつもりでしたが、これがとても効果的でした。
霧吹きは山の神から香水スプレーのお古を払い下げてもらいました。
水滴の付いた花に銀レフを逆光気味に使うと輝きのある良い写真になりました。
一箇所の撮影に20分掛かる事もありますから、移動時間も考えると一日に写せる写真は一箇所5枚としても36EXが2本程度で、現在よりも格段に少ない枚数でした。
人里が近くなったら、撮影をやめるほうが無難でした。
準備と撮影の挙動と腹這いの姿勢が、それを見る相手によって色々と誤解を生み易いのです。
畑とは気付かず山葵の花を写していて泥棒に間違えられ犬を嗾けられましたし、勘違いの思いも寄らぬ誤解を受けた事もありました。
勘違いは兎も角、当時の世知辛い世の中では挙動が泥棒に見えても仕方が無かったのかも知れません。
もしも同好の士があれば、一緒に草花を写す「花の山旅」はとても楽しいものになるでしょう。
近年はコンパクト・デジカメで街中の花をスナップするだけで、三十年も高山の花は写していません。
自然の中にひっそりと咲く花を、自分もまた自然の一部としてひっそりと肉眼で眺める〜、年齢に伴い次第にそんな味わいを好むようになりました。
山の風景もまた花と同じように思えるのです。
以来、花の山旅にもカメラを持ち歩かなくなりました。
春の日に好きな花のある山に、毎週続けて一ヶ月程も通ってみたいと思っています。
その場所も、数箇所を心に決めているのです。
実現するのは、何時の日の事でしょうか。ainakaren
当時、花の撮影に用いた写真機
1962年購入
Canonflex RM (CANON製の初期一眼レフ)
接写には距離に応じた3種類のアタッチメントレンズを取り替えて対応しました。
とても重たいカメラでした。
*拡大
画像クリック
*「銀塩花影 幻灯・旧聞」
2016年12月1日 掲載
http://www.yamareco.com/modules/diary/8042-detail-132824
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