北岳から農鳥岳へ 晴れのち風雨(過去レコ)
- GPS
- 56:00
- 距離
- 24.0km
- 登り
- 2,441m
- 下り
- 3,147m
コースタイム
- 山行
- 6:35
- 休憩
- 4:50
- 合計
- 11:25
- 山行
- 4:55
- 休憩
- 1:45
- 合計
- 6:40
- 山行
- 7:40
- 休憩
- 3:05
- 合計
- 10:45
天候 | 8月1日……晴れのち曇り。 8月2日……激しい風雨。 8月3日……霧のち曇り。 |
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アクセス |
利用交通機関:
電車 バス タクシー
(今回はたまたま甲府駅にて、「あと1人」と呼び込みをしていたタクシーに便乗。客4人で乗れば、バス代より数百円高い程度です) GOAL……奈良田から山梨交通・身延ゆきに乗車。身延からは身延線利用。 |
コース状況/ 危険箇所等 |
広河原から大樺沢または草すべり経由で北岳肩の小屋に至るコースは人気とはいえ、然るべき準備と体力で臨むべきでしょう。 白根三山の稜線上では強風に要注意! 農鳥岳から大門沢経由で奈良田に下るルートは、とにかく長く、とにかく下り、非常に辛いです。時間と脚力に十分な余裕を! |
写真
感想
1998年の夏、広河原から北岳・間ノ岳・塩見岳を経て三伏峠に至る、定番にして豪華な南アルプス縦走に臨んだのですが、結果は……日本海側にまだ梅雨前線が残る「インチキ梅雨明け」状態のためにボロボロ。農鳥岳を経て奈良田に下ることにしたのですが、結局稜線では何も見えず、激しい風雨でカメラがイカれ(予備機持参でヤレヤレ……)、大門沢の凄まじい下りでも自分の脚力の弱さを思い知らされるという、何ともトホホ過ぎる山行となりました。
翌年リベンジで、塩見・三伏に至ることができましたが、塩見岳界隈での大展望は未だお預けとなっています。このときは20代でしたが、認めたくないものの今年で私も五十路。果たしてテン泊縦走で再挑戦の機会はあるでしょうか??
以上、過去レコではございますが、ご覧頂き誠にありがとうございました。m(_ _)m
(2020.5.3作成)
※画像はポジフィルムで撮影し、ライトボックスにかざしたスライドをマクロレンズで撮影しデジタル化しました。
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以下、トホホ過ぎる山行日記です。(長いですのでヒマな方のみ推奨 ^^;)
7月31日
◇21:25 町田到着。重い荷物をかついで連絡通路を歩き、JR町田駅へ。
◇21:36 横浜線八王子行き発車。勤め帰りの人で結構混んでいる。
◇22:02 八王子着。中央線ホームに向かうと、すぐに高尾行きがやってくる。
◇22:10 高尾到着。ホームに降り立つとすぐ目の前にお目当ての小淵沢行き(大月以遠の最終鈍行)が入線。1ボックスを占領し、甲府で寝過ごさないようコーヒーを購入。
◇22:27 小淵沢行き発車。暗闇の中を走るので、車窓に特に楽しみがあるわけではない。山を目前に控えての緊張感にひたすら身を任せるのみである。通勤客は相模湖・藤野・上野原・四方津でほとんど下車してしまう。
◇23:02 大月到着。最終の甲府行き「かいじ」に道を譲るため数分停車。「かいじ」の車内は主に東京出張帰りのサラリーマンでいっぱいである。それに対して我が鈍行はスカスカ。主な乗客はそれこそ、急行「アルプス」の混雑を避けるべく早めに出発して、登山口の駅で早朝のバスを徹夜で待とうという登山客ばかり (自分と同じ発想の人が結構多いのに仰天)。人影まばらな真夜中の古びたホームと横須賀色の115系電車の組み合わせはそれだけで「旅のロマン」を漂わせている。
◇23:31 笹子トンネルを抜けて甲斐大和に停車し、さらにもう一つトンネルを抜けると、突如眼下に甲府盆地の夜景が広がって勝沼到着。昔、中央線経由長野行きの夜行鈍行が非冷房車で走っていた頃、窓を開け放って夜風に吹かれながらこの景色を眺めたのを思い出す。
◇23:35 塩山到着。登山客の半分くらいはここで下車。しかし、西沢渓谷行きも大菩薩登山口行きも夜行バスはないはずだから、そして殆ど中高年客であるから、翌朝のバスを待つようなことは有り得るはずもなく、多分タクシーで登山口に向かうのか。
◇23:54 甲府到着。無事目が覚めていた。改札口を出て、駅前広場に向かうと、何とお目当ての広河原行きのバス停にはすでに20人ほどが並んでいるではないか!!! それまでは自分が一番乗りであると信じて疑わなかったので、勝負有りの一本を取られた気分である。でもまあしゃあないや、と思いながら荷物を最後尾に置くと、突然タクシーの運ちゃんが近寄って来て、「兄ちゃん一人かい? あと一人で一杯になるんだけどどう?」という。乗合タクシーは運賃次第では悪い選択ではないので、一応「一人いくらになります?」と訊くと、2700円程度とのこと。朝3時のバス発車まで待つ必要がないうえに700円しか違わないとあっては、乗らない方がバカである。即決してタクシー乗り場へ。あと一人はまだかと待ちかまえていた同乗者の人々が、あれよあれよと言う間に荷物をトランクの中に詰め込んでくれる。
8月1日
◇0:00 タクシー、甲府駅前を出発。深夜の甲府市内を猛スピードで飛ばし始める。同乗者のうち3人は一つのグループで、先刻大月で我が鈍行を追い抜いた「かいじ」で到着したという。新宿で乗車の際に見た「アルプス」を待つ人の海は怒涛のようで、先に最終列車で甲府入りする選択は全く正解であったとのこと。もう一人は静岡あたりの山岳会のメンバーとのことで、甲府には身延線の最終鈍行で到着。南アルプスは深南部を含めて完全制覇しているとか。ごつい世界があるものだ。
◇0:35 山の話題、特に天気の話などをしているうちに芦安を通過。極端なクネクネ道の急坂区間に入る。しかし、タクシーの運ちゃんは道を完全に把握しているので、悪路にも全くひるむことなくガンガン飛ばし続ける。そして、クラクションを鳴らしながら、おっかなびっくり運転のマイカーを蹴散らして行く。近年の中高年登山ブームに伴い、この狭い山道に入って夜叉神登山口や広河原を目指すマイカーの数は激増の一徒をたどり、こんな真夜中に現地に到着しようとしても駐車場が一杯で停められないという事態すらしばしば起きているとのこと。従って、上高地や尾瀬と同様、マイカー規制・シャトルバス化は時間の問題であるという。
◇0:50 夜叉神峠登山口を過ぎ、夜叉神トンネルに入る。素掘りのトンネル内部は湧いた地下水でm水浸しである。これ以降、この手の素堀りトンネルが次々に現れ、いかにスゴイ所に林道を造ったかと見せつけられる。天気は、芦安周辺では霧雨であったのが、夜叉神を過ぎると星空に変わった!!
◇1:05 広河原到着。運賃2700円を払い、荷物を下ろしたのち、アルペンプラザ(休憩所)にて荷物整理を行う。さらに、カロリーメイトを頬張り、茶を飲む。そうこうしている間、この一帯でキャンプをして夜更かしをしている人々が割と頻繁に飲み物を買いに来ている。
◇1:35 出発前の総仕上げとして登山届提出・準備体操を済ませ、いよいよ出発。まずは星空の下、野呂川にかかる長い釣り橋を渡る。釣り橋を渡ると早速暗黒の森の中に踏み出す。夜露と草いきれがすごく、すぐに体中がじっとり濡れてくる感じである。ヘッドランプを命綱としていることもあって先が思いやられるが、どうにも致し方ない。
◇1:55 最初の水場が現れ、休憩。じっとしていると急速に眼鏡が曇る状況である。水はとにかくうまい。(何と言っても「南アルプスの天然水」そのまんまなので)
◇2:00 出発。歩いているうちに何やらヘッドランプの光が次第に弱くなり、何とも頼りない状況に……。暗黒の中では電池交換も出来ない。これは困った。
◇2:25 白根御池から流れてくる沢を渡る直前で休憩。スペアの電池を手許に置き、電池の挿入方向をチェックした上でヘッドランプの手探り点検をする。ここで完全に失敗すれば、この場所で夜明けまで2時間以上過ごさねばならないが、実は電球がソケットから浮き気味だったに過ぎず、締め直してほっと一息。
◇2:30 出発。すぐに轟々と流れる沢を渡る。当初、どこを渡って良いのか分からず、暗闇の激流を徒渉するなぞ真っ平御免と思ったが、足場の悪い木橋を間もなく発見。慎重に渡る。
◇2:50 休憩。徐々に休憩のピッチが狭まってくる。頭の上は相変わらず満天の星空で、ヘッドランプを消すと自分の存在は完全に夜の中に溶け込んでしまう感覚。
◇3:00 出発。
◇3:20 休憩。暑い。
◇3:30 出発。傾斜が非常に急で、ところどころ木の根に掴まりながらの登り。
◇3:50 大樺沢を最後に渡る地点(巨岩がゴロゴロしている)で休憩。この頃から徐々に空が白み始め、鳳凰三山がはっきりとした輪郭を現す。タングステンフィルムで撮影のため大休止(しかしこの時点では、気合いの入った今回の山行で写したタングステン写真がこれだけとは全く予想もせず)。
◇4:20 出発。この頃になるとヘッドランプは不要になる。
◇4:40 雪渓が見え始めたところで大休止。真正面には北岳の圧倒的な雄姿が!! しかも空には雲一つない。ついに来た!!と思うと同時に、今後5日間(当初予定)の山行の成功を確信する。朝日に染まる北岳を撮影するため大休止。
◇5:20 出発。ダケカンバの中をゆっくりと進むと、やがて道は雪渓の上を行くようになる。夜明け間もない雪渓はツルツルに凍っており(!!)、滑りやすい。そして、ヒューッと冷たい風が吹き下ろして来る。これだよ、これ!! しかし、毎年来ている人に言わせると、やはり今年は全然雪の量が少ないらしい。この時間になると、自分より後から登り始めた人々が続々と追いついてくるようになる。
◇5:40 大樺沢二俣のお花畑の一角にさしかかったところで撮影のため小休止。オバサン大軍団が休憩している声が耳障りであるが、それ以外は極めて爽やかな「アルプスの朝」の情景に満ち溢れている。
◇6:00 大樺沢二俣の分岐点到着。いい加減腹が減ったので朝食休憩。その傍ら、周囲に咲き乱れる花々や朝日に照らされるダケカンバの森、そして澄み切った青空の上に屹立する北岳を激写する。……そうこうしている間に、広河原から登ってくる人、白根御池小屋で一泊した人が続々と二俣に至り、そして大樺沢雪渓〜八本歯のコル〜北岳山荘のルートへと吸い込まれて行き、雪渓上部は蟻の行列のような有り様になってゆくのが分かる。そして、自分の周囲は初心者写真クラブ?の御一行様に占領され、居心地が悪くなってしまった。
◇7:30 それでも、二俣は良いところである。とはいえ、いつまでものんびりするわけには行かないので出発。ここから先は、良い眺めがあったり、形の良い花が咲いている都度休憩しているので、明瞭な進行と休憩の境目はない。ただ、ひとたび荷物を下ろしたら10〜15分程度停止し、それを合計4〜5回繰り返したはずである。とにかく夢のように美しい世界。しかし猛烈に暑い。
◇9:20 しばらく登っているとダケカンバを中心とする樹林帯に入り、大樺沢を見下ろす場所で休憩。大樺沢は先刻に増して蟻行列状態。目の前の木の葉は、まだ盛夏だというのに赤く染まっている。
◇9:35 出発。ダケカンバ林の中の急登が続く。
◇9:50 草すべり下部の広いお花畑に出る。初夏から盛夏にかけて、シナノキンバイの黄色い花で埋まる絶景を楽しむことが出来るらしいが、今年は異常気象のため、タカネノギクやハクサンフウロを中心とする晩夏〜初秋の花が中心である。それにしても、樹林帯を登って来たあとでこのようなオアシス的な風景に身を置くと、何とも夢心地である。他の人々も同じことを考えているに違いなく、誰もがここで長時間休憩し、思い思いに花の写真などを撮っている。
◇10:15 稜線へ出る急登に備え、カロリーメイトを流し込んで出発。広河原を出て以来、とにかくハードな登りが続くが、この時間になると雲で太陽が隠れ、風が吹くようになったので、気分的にはいくらか楽である。面白いのは、途中までは各登山者・グループごとにスピードの差があったものの、このあたりになると荷物の多寡に関係なく完全に一定の人々との間で追いつ越されつを繰り広げるようになり(要するに、全ての人のペースが同じになってしまう)、挙げ句の果ては全く別のグループと一団にすらなってしまうことだ。というわけで、自分もいつのまにか、自分と同年代の、如何にもモテなさそうな鉄ちゃん山屋2人組と一緒に登ることになってしまった (類は友を呼ぶとはこのこと)。
◇10:30 ちょいと休憩。
◇10:40 出発。
◇10:50 草すべりを大分登って、尾根が相当近くなったなと感じられるお花畑で休憩。
◇11:05 出発。ここからはナチュラルハイで、休憩をほとんど挟まずに馬力を振り絞っての登りを続ける。
◇11:25 白根御池からの道と合流。このあたりが森林限界で、はるか奈落の底には広河原の施設群や駐車場が見下ろせる。目が眩みそうな高度感である。この急勾配を30kg近い荷物をかついで登ってきたのだから我ながら大したものである。シシウドやバイケイソウが咲くジグザグの道を必死に登る。
◇11:50 ついに小太郎尾根を見下ろす稜線上に出た!!!! 風は強く冷たいが、とにかく荷物を置いて、大きく深呼吸する。しばらくすると、小太郎尾根の二重山稜の奥の雲が取れ、鋭く尖った甲斐駒の頂上が出現した!!
◇12:05 ここからは再び単独に戻り(2人の鉄ちゃん氏のうち一人がえらく疲れているため)、出発。しかしこちらも疲れは否定できず、出発後すぐに休憩。
◇12:15 再び出発。強い西風に耐えながら進む。
◇12:30 険しい岩場の登りの途中で休憩。
◇12:35 出発。岩場を登り詰めると、いい加減「肩の小屋はまだか!!」という気分が強まる。しかし、前方にはいくつかの小ピークが……。
◇12:45 小ピークの一つを越したところで休憩。遠くに雷鳥が……。(高山の名物とはいえ、これが出現すると天気が悪くなるから余りめでたくないのだ)
◇12:50 出発。広い尾根に出ると遠くにテント群が現れ、ゴールが近いことを知る。奮起。
◇13:00 北岳肩の小屋到着。まずはテント設営の手続きを済ませる。
◇13:05 設営開始。天気が良ければ真正面に富士山が見えるらしいが、全ては霧の中である(今朝は見えたらしい)。地面が大変固く、ペグを差し込むことが出来ない。仕方なく、テントのロープを大きな石に巻き付け、さらに別の石を重石にして風をしのぐことにする。
◇13:30 設営終了。うどんを茹でて食事にする。
◇14:00 メシを終えた次は緑茶。
◇14:30 しかし考えてみたら、昨日の朝から今まで実は寝ていない。というわけで、昼寝。
◇16:10 起床。夕食を作るため、水を買いに行く。(1リットル100円)
◇16:30 夕食。多少は食欲回復。
◇17:00 先刻までは一帯は全て霧の中だったが、この時間になると、霧の部分と晴れた部分が稜線を境にせめぎ合うようになり、仙丈ヶ岳・甲斐駒が見渡せるようになる。そして、小屋やテントから多くの人が出てきて、冷たく強い西風に耐えながら展望を楽しんでいる。自分も何枚か撮影。
◇18:00 寒いので、かつ美しい夕映えは期待できないので、テントに引っ込んで日記を書く。
◇19:00 天気予報を聞いたのち就寝。明日の北岳の予報は「曇り時々雨」だが……。
8月2日
◇3:00 一旦起きるも、星空ではないのでまた寝る。
◇4:30 起床。朝食。どうも昨日の天気予報通りやはり天気は良くないらしいので、余り気分がのらないまま撤収作業に入る。
◇6:00 出発。霧雨に加えて、稜線西側から風が吹き上がってくる状況であり、北岳山頂の展望は望むべくもないが、歩けないわけではない。とりあえず前進あるのみ。(実は、停滞も考えたのだが、これを現在書いている8 月9日までずっと梅雨前線が日本海に停滞して湿った空気が入り込み、梅雨明けと雖も空気が不安定な最悪の気圧配置が続いている以上、停滞してもどのみち無駄だったので、出発しても同じことであった)
◇6:20 両俣への分岐で休憩。
◇6:25 出発。次第に眼鏡の曇りがひどくなる。
◇6:50 ついに日本第2の高峰・北岳の山頂に到着!! 景色は、感動的なほど何も見えない。それでも、他の人々の記念写真撮りの合間を縫って、三脚を立てて記念撮影。
◇7:20 山頂を出発。この頃からにわかに風雨が激しくなり、しばしば横殴りの猛烈な嵐が吹き付けてくるようになる。
◇7:25 足場の悪いトラバース地点でよりにもよって風雨が最も激しくなる。他の人に道を譲り、待避姿勢に入る。
◇7:35 多少嵐が弱まったのを見計らって通過。ここから先は休憩なしでひたすら前進。折角道の両脇に美しい高山植物が咲いているのに、それを撮る余裕は全くない。八本歯のコルへの分岐を通過する頃から、前後を歩いていた単独行の人々がいつのまにか固まって、5人程度の隊列となって前進。
◇8:40 北岳山荘到着。勝手に中に入って休憩。事務室の中では、相次ぐ遭難者救助をめぐって下界の警察・自衛隊と頻繁に電話連絡をとりあっているが、この風雨は山荘での観測によるとコンスタントに風速20mとのことで、どうにも助けようがないという会話をしている。当初、玄関付近は人が少なかったが、やがて相次いで到着する中高年で一杯になる。10数人のグループが、到着早々この風雨の中、間ノ岳へ往復するから弁当を作れと言っている。全く百名山専門中高年の考えていることは狂っている。来た以上、展望が見えようが見えまいが、雨が降ろうが降るまいが関係なく、百名山の頂上に行き証拠写真を撮らずにはいられないのだ。
◇9:40 待機している間に多少ましになった(と思われた)。自分と同じく農鳥小屋までゆくという写真家らしいおじさんと出発。しかし天候好転の期待はすぐに裏切られ、強い風雨がたたきつけるようになる。すでにメインのカメラEOS5が動かなくなったのみならず、ケースに入れたレンズまでビッチョリ濡れている。たたごとではない。
◇10:15 中白峰に到着。天気が良ければ、ここからの北岳の眺めは絶佳らしい。しかし視界ゼロ。
◇10:20 出発。いよいよ風雨激しさを増し、ただ歩くことのみを考えている状態。
◇11:00 間ノ岳への最後の登りの手前で休憩。
◇11:05 出発。烈風によろけながら、ただ黙々と歩く。
◇11:25 日本第4位の高峰・間ノ岳の山頂に到着。激烈な風は最高潮に達し、呼吸が出来ない。風速30m以上だろうか。速やかに風を避けられる場所を探して休憩。ちょうどこの頃、両俣から三峰岳を経由して単独で登ってきた人もいて、その不屈の精神に恐れ入る。カロリーメイトを頬張る。
◇11:40 これから三峰岳を経由して熊ノ平へ行くという中年夫婦・三峰岳から北岳へ行く先述の単独行氏と、互いの安全を祈りつつ別れ、農鳥小屋への下りに入る。最初のうちは、雨が真横に吹き流れる中の、足下がおぼつかない下りであるが、やがて風を避けられる地形の中に入り、どんどん高度を下げる。
◇12:15 下りが一段落したところで休憩。間もなく、上の方で声が聞こえ、一瞬おじさんと「幽霊か!?」と顔を見合わせたものの、実は熊ノ平へ向かおうとして風の激しさに稜線ルートを諦め、一旦下って巻き道を経由することにした中年夫婦であった。
◇12:20 出発。
◇12:30 分岐で中年夫婦と別れる。ここから農鳥小屋までは僅かの距離であるが、再び風が猛烈になり、なかなか進まない。
◇12:40 命からがら農鳥小屋のキャンプ指定地へ。手続きの前にまずは張って落ちつこうとするも、途中まで組み立てたところでどうにもこうにも飛ばされてしまいそうなため、今日はテント生活を断念し、小屋に素泊まりすることを決断。片づけている間に眼鏡が吹き飛ばされ、割れてしまうという悲劇が!! ただ、レンズはコーティング膜のおかげで完全にバキバキに割れるようなことはなく、帰宅まで何とか用をなすことについては不幸中の幸いであった。(保障期間中で、両眼あわせて3750円で修理が出来たのも助かった)
◇13:10 小屋に入る。テントを持っているのに張れずに小屋に素泊まりしているという、自分と同じ悲惨な境遇の人が他にも泊まっている。この後は、食事および、ことごとく濡れそぼった荷物の整理・乾燥に時間を費やす。特に、内部までひどく結露してしまったレンズの乾燥を念入りに行う。ストーブに相当近づけて乾燥させるのは本来禁じ手だが、仕方がない。今、強引にでも乾かさなければ、レンズに水滴の跡が出来てしまうし、電気回路もいかれてしまう。近くでみていた「写真歴40年」と豪語するオヤジは「レンズが溶けるからやめとけ」と言うものの(確かにその可能性は否定できない)……。しかしキヤノンを信じるしかない。必死の乾燥作業を続ける。
◇18:00 ストーブが回収され、乾燥作業終了。レンズは結露を完全に解消し、しかも機能的に完璧に戻ったものの (しかしズームリングが多少重くなった)、メイン機のEOS5はお陀仏状態のまま。その他の片づけを行う。
◇18:30 疲れ果て、カロリーメイトとチーかま、そして昼に飲んだ茶の葉を食べて晩飯とする。
◇18:55 天気予報を聞く。「北岳は曇り時々霧、一時雨又は雷雨」。これでは塩見岳方面へ向かってもただの歩き損であるので、明日は最早撤退し、身延に下山することに決定。
◇19:00 就寝。
8月3日
◇4:20 起床。相変わらず外は霧である。朝食のあと、片づけを行う。
◇5:30 同じ部屋の人々が相次いで出発する中、自分も出発。昨日、一旦小屋にしながら、風が弱まってきたため再びテント泊に変更した写真家おじさんは、ここから農鳥岳→広河内岳→池ノ平→雪投沢→熊ノ平→間ノ岳→北岳というハードルートを当初計画していたものの、やはり埒があかないので、今日念のためここで停滞し、もしも明日以降好天とならなければ、今年の夏山に見切りをつけて下山するという。
◇6:15 昨日と同じ風雨の中、ひたすら登って西農鳥岳山頂に到着。晴れていれば間ノ岳・中白峰・北岳がズラリと並び、南西を望めば塩見岳が屹立しているはずだが、例によって視界ゼロ。
◇6:20 出発。ここから農鳥岳への道は相当険しい岩稜のアップダウンで、しかも視界がなく足下が滑るため大いにヒヤヒヤする。何と、雷鳥が飛んでいる……。
◇6:55 農鳥岳山頂に到着。記念写真と花の撮影をするが、花については強風のためやはりうまく行かなかった。
◇7:30 出発。しかしすぐに、風を避けられる位置に花が咲いており、5分停止。
◇7:50 また少々歩くとちょっとした花の群落があり、リュックを下ろして撮影。
◇8:00 出発。しばらく歩くと二重山稜状の地形になる。普通の年なら、窪みの部分は雪田となっているらしいが、今年は雪のゆの字もない。
◇8:20 風に急かされるように、大門沢への下降点を通過。急な下りに入った直後尻餅をつき、そのままドリンク休憩。すぐに出発。
◇8:40 しばらく下ると、どうやら下界は晴れており、しかも富士山が9合目あたりまで見渡せるではないか!! というわけで小休憩。もはや風を直接受ける地形の場所からは離れているので、その点気が楽だが、樹林帯を目前にして湿度は異常に高く、レンズとフィルターの曇りは実にひどい。
◇8:50 出発。
◇9:00 休憩。
◇9:10 出発。恐ろしく急なジグザグ坂を転げ落ちるように下る……と書きたいところだが、何しろ荷物が重く、急な下りでは膝への負荷が巨大であるため、足をかばいながらゆっくり足場を見定めて下りなければならない。それゆえ、超スローペースで、しかも汗ダクダクになる。
◇9:40 休憩。カロリーメイトを食べる。
◇9:45 出発。
◇10:00 ちょっとした休憩スポットがあり、休憩。林床に咲く花を撮影。それにしてもフィルター・レンズ・ファインダーの曇りは悲惨の限り。
◇10:30 出発。少々下ると明るい雰囲気になり、沢音が大きくなり、登山道の両脇には色とりどりの秋の花が咲いている。
◇10:45 体はバテバテながら、少々良い気分で大門沢出合に到着。しびれるほど冷たい沢水で手と顔を洗い、気持ちの良さに絶叫。大休止。日差しが出て、あらゆる濡れものが乾く……かに思われたが、異常に高い湿度は変わらず、流れる沢を撮ろうとしても曇りは取れない。太陽にフィルターをかざして必死に乾かす。
◇11:30 のんびりしすぎてバスの時間が気になり出し、出発。急坂の連続が続くが、多少ペースを上げ気味にする。再び樹林帯に入り、蒸し暑さは最高潮!!
◇12:25 大門沢小屋下の河原に到着。余りの暑さで小休止。頭上はにわかに暗い。雷雨にやられないようにしなければ……
◇12:35 出発。河原に沿って下るが、ところどころ梯子があり、下りの場合は恐ろしい。短い梯子の場所は梯子を使わず、尻セードで下る。
◇12:45 激流の真上にかけられた桟道を、おっかなびっくり通過。
◇12:50 今度は渡河点にて、中央に太い丸太、そして15cm以上の隙間をおいて両端に細い丸太、という組み合わせの、何考えてるのか分からん構造の簡単な木橋を渡らねばならない。荷物の軽い人は難なく渡れるようだが、荷物が重く、すでに膝がガクガクの自分の場合は、2、3歩踏み出しただけでリタイヤ。
◇12:55 ひとしきり、さてどうしたものかと考えた末、ストックを一旦ザックにくくりつけ、四つん這いになって慎重に渡る。成功!! というわけで、どっと疲れて小休止。
◇13:00 出発。
◇13:30 地図中にある「小尾根の乗越」で休憩。
◇13:40 出発。
◇14:15 うんざりするような急坂(今回で最もハードな傾斜)を下って、沢を渡る地点で休憩。
◇14:20 出発。
◇14:45 最初の釣り橋を渡って休憩。
◇14:50 出発。ここからはコースの傾斜が非常に緩やかになり。道も歩きやすいため、自ずとペースが上がり、他の登山者をビシバシ追い抜いて快速特急状態。
◇15:10 最後の釣り橋を渡る。
◇15:15 ついに登山道が終わり、林道に出る。林道はコンクリート舗装がなされており、突然膝への衝撃が激しくなる。
◇15:20 沢との出合で休憩。大門沢での大休止中に追い抜かれた高校ワンゲル部軍団が河原にテントを張っている。
◇15:30 出発。たまりすぎた疲労と膝への強い衝撃をこらえつつ、林道の急坂を下る。
◇15:45 県道に出る。
◇15:50 保養所前で一瞬休憩する。このあたりから、立ち尽くして息をハーハーさせる回数が増える。
◇16:00 奈良田橋を渡る。ゴールは近い、バスの時間も迫っている、というわけで、「走れメロス」状態で進む。
◇16:15 数軒の旅館の前を通過して、ついに奈良田バス停に到着!!!!! 標高差約2300mを一気に下り切った!!! もう歩かなくて良いのだ!!! バスに荷物を積み込み、バスの車庫の水道で手と顔を洗い、ビールを買う。早々に下山して温泉に入ってしまった他の登山者が羨ましいが……とにかく最終バスに間にあったので助かった!!
◇16:35 身延行きバス発車。ビールがとにかくうまい。バスは早川沿いのとんでもない山の中を延々と走る。
◇18:09 身延駅到着。荷物を整理し、切符を購入後、列車の中で食べるものを調達。かれこれ農鳥小屋から追いつ追われつ共に下山した人々とも別れる。
◇18:53 身延線富士行き鈍行発車。
◇20:07 とにかくチンタラと走って富士到着。着いた目の前に373系電車の東京行き鈍行が到着。無事座席を確保する。
◇20:14 東京行き発車。これで藤沢まで最新の特急型電車で楽に帰れるとはラッキーこのうえない。
◇21:53 藤沢到着。
◇21:59 小田急江ノ島線町田行き発車。
自宅に到着し、食事・風呂の後、部屋を完全暗黒にして、汗だくになりながら、お陀仏状態のEOS5からフィルムを抜き取る。まずいことに、フィルムのパトローネまで湿気でイカれており、うまくフィルムを巻き込まないため、パトローネとフィルムを切り放して、フィルムを直接ケースに収め、厳重にテープを貼ってフタが開かないようにする。以上の作業を全て手探りで行うのは初体験で、何とも神経がすり減る。(後日現像したら、全く素晴らしい出来で、苦労は報われたが)
EOS5については、即座に乾燥剤を入れたアルミケースに放り込んで徹底的に乾かしたのち、翌日新宿のキヤノンサービスセンターに持ち込む。すると、何と再び作動するようになったものの、どうも液晶表示がまだ怪しい。EOS5は大変使いやすく良いカメラで、このまま放っておくのはカメラに対して失礼なので、オーバーホールに出して徹底的に雨・湿気の影響を除くことにした。
こんばんわ。
特に詳細な行動記録の手記が素晴らしいですね。
自分らは荷物の軽量化を図るあまり、当時は山行記録を取るための手帳するら持たずにいましたから。
デジカメやスマホが普及して、撮影時間が記録されたりログが取れることにより、到着時間をメモせずとも山行記録が作れるようになったのは良い時代だなと思います。
こんにちは、コメントどうもありがとうございます!
その場で細かく書いたわけではなく、とりあえずフィールドワーク用の小さな手帳に時刻だけを書きとめ、帰宅後、まだ記憶が鮮明なうちに、細かいあれこれをダーッと打ち込んだ感じですね……
いろいろ打ち込んだおかげで、画像は少ないものの、20年以上を距ててかなり鮮明に思い出しました
いまはデジカメでルートの様子も含めてバンバン記録でき、GPSログでルートも時間も明瞭になり、すぐにヤマレコにもアップできるわけですが、細かい話までは書きとめるヒマがなく、かといって画像に細かすぎる話をつけるわけにも行かず。一長一短と言いますか、細かい文字の記録は若くてもっとヒマがあった頃の産物ですね。
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