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このたび、山梨側には東駒ケ岳の看板が設置されたとのこと。
これで、今後は伊那市側から登る際は、甲斐駒ヶ岳に登るのではなく
「東駒ケ岳に登る」と言わないと逮捕されて死刑になります。
山梨VS長野戦争ですね。
まるで山梨側から見た富士山と静岡側から見た富士山の戦争のよう(笑)。
ヤマにしてみれば、どっちでもいいから俺を汚すなよ、って言ってそうな戦争です。
ところで
甲斐駒ヶ岳って昔、黒戸尾根ピストンを日帰りでやっつけたことがあったけど、
けっこう疲れて山頂に着いて、またこの道戻るのかあ、かったるいなあなんて思ってた時、北沢峠から楽チンで登ってきてる人に
「何コイツこんなに疲れてんだぁwww」って目で見られたのがよい思い出です。
明治以降、『東駒ケ岳』は長野県側で、木曽駒ケ岳(西駒ケ岳)に対して呼ばれていた山名です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E6%96%90%E9%A7%92%E3%83%B6%E5%B2%B3
登山者数は黒戸尾根経由より北沢峠からの方が、圧倒的に多いだろうと思います。
私の推測ですが、北杜市が伊那市側と協議し、統一したのでしょう。
☆参考(全体に公開)
https://www.yamareco.com/modules/diary/385603-detail-338206
ワタシの地元でも、ヤマや峠の名前を過去の歴史を穿り出して何回も変更したりしてます。
「昔はこうだった!」
歴史家ってこういうの好きですよね。
閑話休題
この手の行政協議って誰かが言い出さないと始まらない。言い出しっぺは誰だった
んでしょうか?
県レベルの協議。はっきり言って行政職員はヤマの名前なんかどうでもいいと思ってますよ。全ての文書を変更しなければならないし。国立公園内なら環境省。地名まで影響するなら国土交通省。路線バスが影響するなら地元の交通機関。果てしない作業でしょう。ざまあみろ公務員(笑)
山名の場合は地元自治体で協議して決めると思います。
協議するまでもなく、古くから地元民で呼ばれていた山名は、口伝えでそのまま現在に至ります。
明治時代、政府の陸地測量部は正確な日本地図の作成に乗り出しました。
地元民から口頭で聞いて、地図に山名を書き込んだり、古い文書から書き写したり……
書き写す際に間違えた例として、南アルプスのアサヨ峰があります。
元は朝日峰だったものの、日をヨと書き違えたそうです。
自治体間で山名が決められていない例としては、苗場山の北で、十日町市と湯沢町と津南町の三市町の境界上に2000mを超える山があります。
この山より高いのは南側の神楽ヶ峰、苗場山ですが、北側には存在しません。
2000mを超える無名峰は貴重な存在かもしれませんね(笑)
ヤマレコの山情報には『この山には、まだ公式の名前はない。』とあります。
https://www.yamareco.com/modules/yamainfo/ptinfo.php?ptid=10127
ワタシの地元の例では顔振峠というのがありまして
ワタシが子供の頃は「こうぶりとうげ」でしたが、今は「かぶりとうげ」と道路標識なども全て書き替えられました。
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