先日、ラジオを聴いていたら、寺尾聰がゲストで自分の経歴を話していたが、高校生のとき、やんちゃで3回も留年したらしい。
親は、宇野重吉氏だが、自分の劇団には入れてくれなかったらしい。
結局、「黒部の太陽」で寺尾氏は、俳優デビューするが、石原プロが他から干されていた時期に劇団民藝の俳優を優先的に出していたので、いわゆるバーターで俳優デビューしたとのこと。
それ以来、石原プロに入ったが、病気をしたこともあり、体が細くなり石原軍団の中では、はじき出されてしまう感覚があったとのこと。
それで、一人で変なことをやっていたら、そこから人気が出たとのこと。
さて、「ルビーの指輪」だが、社長は「こんなお経みたいな曲売れるはずがない」と否定的だったが、石原裕次郎は、「いいじゃないか」とゴーサインが出たので、のちの大ヒットにつながったとのこと。
そんな寺尾だが、テレビのベストテン番組には出たくなかったとのこと。そしたら、テレビ局の社長が直接、石原裕次郎に直訴したとのこと。
裕次郎に「出なくちゃダメじゃないか」と言われたが、「やだよ」とは言ったらしいが、結局出演することになった。
そしたら、出演者が年齢も違う、音楽性でバッティングしない寺尾をライバル視しないので、非常に居心地が良かったらしい。
さて、「ルビーの指環」が大ヒットしたわけだが、先にシングルカットされていた「SHADOW CITY」「出航 SASURAI」も大ヒットして、ベストテンに3曲同時に入ったのは、衝撃的だった。
●寺尾聰 Terao Akira - ルビーの指環 (1981)
https://www.youtube.com/watch?v=3ii96gUvUlM
●寺尾聰 Re Cool 出航 SASURAI
https://www.youtube.com/watch?v=j_t5WROQDQY
●寺尾聰 シャドー・シティ
https://www.youtube.com/watch?v=CEi8gmSHTas
同時期に発表したソロアルバム『Reflections』は、164万枚を売上げ、当時の記録となった。
そんな寺尾聰だが、個人的なベストは「HABANA EXPRESS」。
●寺尾聰 Re Cool HABANA EXPRESS
https://www.youtube.com/watch?v=WFHGtq0Q7Mw
ラジオで何度か聴いてはいたが、今、歌詞をしっかり聴いてみると、実に身に染みる(;´Д`)
『Reflections』には収録されていたが、2006年12月6日に12枚目のシングルとして、発売されたとのこと。
ところで、寺尾聰は、ザ・サベージというバンドでヒット曲を2曲出している。
●いつまでも いつまでも / ザ・サベージ The Savage(1966年)
https://www.youtube.com/watch?v=7tYTlxAJ1hM
●ザ・サベージ The Savage/この手のひらに愛を(1966年)
https://www.youtube.com/watch?v=jME3CopaiFY
さすがに、この2曲は、初めて聴く。ジャケットを見ても、寺尾聰がすぐには分からない。
まあ、この動画を見れば、明白だが(;・∀・)
●いつまでもいつまでも〜この手のひらに愛を - ザ・サベージ (The Savage)【1966年】
https://www.youtube.com/watch?v=7NL0xMb7DyE
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