近年のDNAや同位体分析などの分析手法が進展して、これまで出土したお琉球列島出土の人骨から抽出できたDNAからは南方系を示す遺伝子を確認し、これまでも人骨の携帯から南方系の要素を示す見解があり、一歩前進ーーただし、南方系要素が強いからと言って、直接南(台湾やフィリピンなど)から海を渡ってやってきたとは限らない。南方系の遺伝子を持つ人々が中国大陸や朝鮮半島を経由して列島や琉球にやってくる可能性も否定できない。これらは今後の研究の大きな課題の一つだ。沖縄の旧石器時代研究のもう一つの大きな問題は人骨は出るものの、石器がほとんど出ないことだった。
人骨が出土した港川フィッシャー(写真1の人骨)やサキタリ洞窟(写真3)などは旧石器人のお墓だった可能性が高く、風葬や崖葬、埋葬の違いはあるが石器は出ていない。石器などの考古資料からの本州島などとの比較ができない点が大きな問題となっている。展示場には大阪の最古級の長原遺跡や国府遺跡、翠鳥園遺跡などの主として瀬戸内技法、サヌカイト製の石器も展示されている。一方、沖縄ではサキタリ遺跡では大量のモクズガニのはさみなどのほか、2万3千年前という世界最古の巻貝性の釣り針や貝の破片が多数出土し(写真2)、その使用婚から、買いが道具として使用され、医師よりも貝殻や骨などの道具が主だったかとも考えられた。しかしながら、近年の石垣空港建設で発見された白保竿根田原洞窟から人骨とともに石器も出土し、閃緑岩や凝灰岩性礫石器や石英製の石器が出土している。これまでも人骨出土以外の旧石器の遺跡からは、黒曜石やチャートなど、中には琉球列島の外から持ち込まれた石材を使った石器も出ているようだ。サキタリ洞窟や白保竿根田原遺跡の出現で琉球列島の旧石器研究が進むことが期待される。
また講演の後に質問が出ていたが、旧石器時代と琉球の縄文時代の間の遺跡が見つからず、旧石器と縄文時代の間に溝があり、また出土する縄文人骨の特徴から、人は入れ替わったとする説が有力だったらしい。しかし、近年その間を埋めるような遺跡も見つかり、琉球列島の考古学研究は新しい時代に入ったといえよう。
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