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日記
上毛電気鉄道膳駅から、粕川歴史民俗資料館まで歩く。到着すると前回までと違い一階の入口ロビーに講演会受付があり、すぐ登録できた。資料にさっと目を通し、一階の展示を見る。前橋市内には弥生時代の遺跡は少なく、中期中葉の上細井中西部遺跡群と青柳宿上遺跡の土器が展示されていた。これらは再葬墓の骨壺と思われる。まだまだ縄文時代の名残が色濃く残る地域だ。常設展示にも弥生時代中期から後期の土器が並んでいたが赤城南麓の水田適地など余り無い場所のようだ。群馬では、弥生時代のどきは、長野の栗林式などの影響を受けたものが多く、渋川や藤岡、安中などの西よりの地域から弥生時代の文化が伝播した可能性が高い。中期後葉からは、荒砥地区など、埼玉の熊谷辺りの影響を受けたかもしれない土器が出ているようだ。西部と高崎地区、赤城南麓などの遺跡の増減を見ると地域間での水田適地などを巡るヒトや文化の移動も想定できそうだ。
6月18日(日)2.前橋の弥生時代
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