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下寺尾官衙遺跡群は、以前茅ヶ崎周辺の遺跡をチャリまわったときに一度立ち寄った記憶がある。七堂伽藍跡がその手前にあり、石碑があった。今回は座官衙を巡る周辺市町の出土遺物などを見ることができた。
古代相模国府は、隣の平塚市内に遺構がでてい?が、下寺尾官衙遺跡群は古代高座(たかくら郡衙)と考えられている。遺跡群周辺には、七堂伽藍跡(下寺尾廃寺)、北B、西方、岡田南河内、七堂伽藍跡などの関連遺跡が見つかったている。各遺跡からは、役人の持ち物である硯(円面硯)、帯金具、墨書土器などが展示されている。なかても北B遺跡からは漆紙文書付着土器が見つかっている。ちょっと見ただけでは黒っぽくてよく分からないが、解説では書き起こした文字が、男、見、若、我、尊などの文字が複数書かれ文字の練習をしていたのだろうか?また、岡田南河内遺跡からは馬の頭部の顎の骨が出ていて、頭部は切り離されており、他にも祭祀遺物と見られるものも複数でていることから馬を犠牲にした雨乞い祭祀が行われたらしい。同様に国分尼寺北方遺物や北B遺跡からも馬の歯が出土し、古代では、貴重な馬を犠牲にした雨乞い祭祀などが行われたようだ。古代では、難波宮から、最古の絵馬がでており、馬を犠牲にする代わりに絵馬を奉納したのが絵馬の始まりらしい。
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