このフォーラムは、コロナで中止されてきたこれまでの研究成果を発表するもの、兵庫県立歴史博物館とひょうご歴史研究室、淡路島日本遺産委員会などの共催で開催された。下記はその予告ページからの抜粋。
近世ほどでないが、中世以降の瀬戸内海をめぐる動きはそれなりに史料、文献が残っているが、それでもわからないことが多い。古代以前となると、なお復元困難なことが多い。例えば「瀬戸内海」という概念は近代以降のもので、「地中海」のような瀬戸内海を一体化して概念化する言葉がそれ以前は見つけられていないらしい。
つまり近代以前は瀬戸内海を一体的に理解したのではなく、細かい瀬戸、灘の連続するものとして、それぞれの海域を細かく認識し、また関係する漁民、海民のテリトリーとして認識されていた可能性が高い。とりわけ弥生時代、大陸、半島から鉄器をもたらす旅をした人々はおそらくリレー方式で海を越えて物資を移動させてきた。これが古墳時代以降どのように変化していくのか、大陸に向かう船は例えば河内湖付近の港を出発すると、同じ船で九州、韓半島と向かったのか、途中で何度も乗り継いだのか?水先案内人が行く先々で変わるだけなのか?
こうしたことどももまだまだわからないことが多い。遣唐使船の段階になると、ようやく同じ船で大陸に向かったであろうが、それ以前は資料がほとんどない。船自体もどこまでの性能や大きさだったのかも、あるいは帆を利用したのかどうかもわかっていない。漕ぎ手や水先案内に関してもよくわかっていないのだ。
フォーラムでは古墳時代(5−6世紀を中心)、中世(源平合戦以降)、弥生時代後期の淡路島をめぐる遺跡と海域など、とりわけ淡路島、沼島周辺の状況をそれぞれの研究者が報告されたが、テーマが広すぎて、散漫になった印象が強い。もう少しテーマを絞って議論してほしかった。
フォーラムの趣旨(兵庫県立歴史博物館HPより)
平成27年度(2015)に兵庫県立歴史博物館内に設立されたひょうご歴史研究室は、平成29年度(2017)以来、淡路島日本遺産委員会と連携して、淡路島の「海人」や水軍、「国生み」神話について共同研究を行ってきました。また令和2年度(2020)からは、兵庫・徳島「鳴門の渦潮」世界遺産登録推進協議会と連携し、古代から近世の「鳴門の渦潮」を中心とする海域世界の歴史的位置や、淡路の文化的景観などの調査研究をすすめています。
今回のフォーラムでは、「瀬戸内海の海人と水軍−古代・中世の淡路・阿波・紀伊−」をテーマに、古代・中世の海人や水軍、および淡路・阿波・紀伊をめぐる地域間交流の特色を探る講演とパネルディスカッションをおこない、ひょうご歴史研究室と淡路島日本遺産委員会との共同研究の成果を発表します。
内容
(1)開会挨拶(淡路島日本遺産委員会会長・上崎勝規洲本市長)
13:00〜13:10
(2)基調講演
13:10〜13:50 「海人の地域間交流と倭王権」
古市晃(ひょうご歴史研究室客員研究員/神戸大学教授)
13:50〜14:30 「源平内乱期と中世の海域的世界」
大村拓生(ひょうご歴史研究室客員研究員/関西大学非常勤講師)
(3)パネルディスカッション
14:50〜16:25 コメンテーター:伊藤宏幸(ひょうご歴史研究室共同研究員/
淡路市教育委員会社会教育課職員)
「弥生時代の鉄器生産遺跡と海の民」
パネリスト:古市晃・大村拓生(同上)
司会:坂江渉(ひょうご歴史研究室研究コーディネーター)
:定松佳重(ひょうご歴史研究室共同研究員/
南あわじ市埋蔵文化財調査事務所主任)
(4)閉会挨拶(藪田貫兵庫県立歴史博物館長兼ひょうご歴史研究室長)
16:25〜16:30
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日記
3月17日(日)淡路島日本遺産海人の調査研究事業 瀬戸内海の海人と水軍―古代・中世の淡路・阿波・紀伊―
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