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階段を上がり、３６号館に入る。すでに９時半を回り、受付が始まっていたが、ヒトはまだまばら。しかし１０時の開始の時刻にはかなり人が入った。若い学生が多いが、年季の入った考古学者らもかなり来ている。報告は一人２５分で、専門家対象の報告だ。１）エジプトにおける焼成技術の展開」で早大古代エジプト学研究所の馬場氏。古代エジプトのヒエラコンポリス周辺の土器の「黒斑」の分類・分析から自らも焼成実験を行い、「開放型野焼き」「「単室窯」「昇焔式窯」など、どのようなタイプで焼かれたか、また焼く時の土器の置き方、積み重ね方がどうであったかを推定するという内容。
２）「西アジアにおける土器生産の始まりと初期の製作技術」筑波大学の常木教授の報告。
西アジアでは東アジアなどと比較すると土器出現の年代は紀元前七千年代で大幅に遅れる印象だが、土や鉱物が火によって変化することは広く知られていたらしく、ひとたび、土器焼成が始まると、急速に技術が進化し、ガラスや金属加工など東アジアより速いテンポで進んでいったという。また石灰や石膏、粘土などを素材とした「プラスター（漆喰）」を盛んに用いていたことも、土器焼成技術などを発展させた要因としている。
この２０年くらいの間、北シリアから南東・中央アナトリアから西アジア最古と思われる土器が多数出土、その技術をもっと古い起源の縄文土器などと比較すると、様々な不純物、粒子が混ざり、荒い技術の土器となっている縄文に比べ、、西アジアでは粘土をかなり練りこんで不純物を排除し、焼成温度もより高温という大きな相違点がある。のちの大文明の発祥地で様々な民族が行き来したことや早い段階で牧畜が始まり、その家畜の糞なども燃料として利用できたということもあるのだろう。常木教授は、土器破片の詳細な分析を行って、その土や鉱物、その他の化学組成を明らかにして、西アジアの土器焼成技術を検討している。こうした焼成技術を考古学分野では「パイロテクノロジー」と呼んでいるそうだ。初めは何のことかわからなかったがーー
３）の西アジア各地の燃料ー民族誌に見られる燃料の使い分けー、早大文学部学術院の赤司千恵さんー午前中唯一の女性研究者ーの報告と５番目の５）「インドハリヤーナ州の牛糞利用」は糞燃料を中心とする燃料利用に関する民族誌調査の報告。点火時や加熱時の目的により、薪などと糞燃料などを使い分けるようだ。糞燃料はそれ自体いくつか種類があり、女性たちが朝、糞を集めて、燃料加工場に運び込み、専門の燃料製作を行う女性が丁寧に長くよく燃える様々な形の燃料を作っている。
薪燃料がすぐ炎があがって一気に短時間で燃えるので、料理や食品加工（パン、チャパティーなど小麦製品他）に使われ、糞燃料は炎はあまり出ずに長時間燃え続けるので、土器焼成に使っているようだ。
４番目の「西アジア都市形成期の彩文顔料定着と焼成温度」は国士舘大学イラク古代文化研究所の小泉龍人氏の報告。この人も古代オリエント学の有名人だ。先日の西アジア考古学の報告会でも報告された人の一人だ。この報告はウバイド期（前五千年紀）以降の古代都市形成期（６千年〜七千年前）の彩文土器の化学分析や遺構の研究と自らキャンパスなので炉を作り実験考古学も取り入れて、土器製作技術、焼成温度、鉱物と粘土、燃料などの組み合わせを研究、西アジアの都市形成過程における土器製作技術などを検討している。
今回はかなりマニアックな考古学研究の報告会で、午前中はこれで終了、昼食休憩中にポスターセッションがあり、午後も延々と続くが、今回は午後に別の用事があるのでこれで退席した。
午後は六本木のミッドタウンのガレリア３階にあるサントリー美術館で「江戸の視覚七不思議」という「のぞいてびっくり江戸絵画」という企画展にちなむ講演にでかける。講師は法政大学の田中優子氏。有名な女性研究者だが直接話を聞くのは初めて。少し早めに到着したので、展示を見る。
江戸時代の絵画や美術、その背景は知っているようで知らないことの多い世界。室町時代に展開された絵巻物や風俗画などの伝統が、西欧の新しい技術ーー遠近法・透視図法、レンズ、望遠鏡、顕微鏡・拡大鏡、銅版画、油絵ーーなどの影響を受けて、一気に大衆的な拡大、爆発をして花開く姿はまことに驚くばかりだ。最初に現れる小田野直武という秋田藩の蘭学者による「不忍池図」（重文）は絹本着色という伝統素材を使いながら、遠近法と写実的な手法を組み合わせ、また不忍池の遠景に対して手前に大きな東洋風植木鉢に植えられた牡丹とその奥に西洋風の鉢に植えられたキンセンカとキキョウがあり、しかもボタンのつぼみにアリが止まっているという仕掛けがしてある。秋田蘭画を代表する名作らしい。最初から驚かされる。昨日描かれたといわれても納得しそうな近代的なセンスと江戸の洒落が効いている大作だ。この人は平賀源内から西洋画を学んだそうだ。これが１７７０年代に描かれたというのも驚きだ。
洋風画家としては「司馬江漢」が著名だが、欧亜堂の絵もすごい。「江戸城辺風景画」（１８世紀末ごろ）も、絹本着色であるが、まるで油彩画のようだ。展示では第１章「遠近法」第二章「鳥の目⁼鳥瞰図）」第三章「顕微鏡」第４章「博物学」第五章「光と影」という構成。今日の講演者、田中優子氏の講演の章立ては１．レンズの見た江戸。２．遠近法のとらえる悪所」３．時間の入った空間―名所江戸百景の不思議な視野、４．メタファーとしての視覚ーー頭の中で資格を変える、５．視覚の向こうに文学（言葉）、６．絵と文字が引っ付く、７．春画ーなぜ女性の裸体がないのかー
田中優子教授が現れるーー粋な着物姿でいかにもーースターという感じ。最初に室町から江戸・浮世絵などに至る絵画の発展過程を話し、そこにある欧州絵画や科学技術の流入、影響がいかに大きかったかーー図録にも収録されているロンドン大学のタイモン・スクリーチの詳細な分析研究を紹介する。江戸がいかにグローバリゼーションの流れの中でオリジナリティを保って、革新・革命を行っていたか、そこに多くの学ぶものがあるという趣旨だ。展示では、遠近法やレンズ、顕微鏡や望遠鏡などの洋風技術、視覚に多くの作品を並べているが、田中氏はそれ以外に福徳樹慈悲成の「五色眼鏡」を紹介する。現代漫画のフキ割りは口から出るが、慈悲成のは首の後ろから出る。夢の世界、まるでSF作家のような超現実的な手法の絵画、漫画だ。鳥瞰図にしても実際には人間には見えない視覚、頭の中で創作した視覚（ビジョン）だ。また遠近法でもなぜ浮世絵師だけがそれをつかったのか、なぜ、芝居と遊郭という「悪所」を描いたのかーーなど、面白い視点だ。それはまるで自分が絵の中に参加しているような錯覚に襲われ、大衆化した絵画の真骨頂であるようだ。また平賀源内の油彩画（西洋風美人の肖像画⁼首絵）から役者の首絵のもとに西洋の肖像画のあること（伝統的な肖像は全身）天文学を学び、アジアで初めて銅版画を用いた司馬江漢の話など、あっというまに時間が来た。知っているようで知らない江戸――また謎が増えた。
帰り道、田中優子教授の示唆の通り、ミッドタウン周辺の桜並木を歩いてみた。もうかなり開花して５分咲きかな？大勢の花見客が、出店のおいしそうなお酒としゃれた軽食を食べている。カップルも多い。春は一気に訪れた。
写真１：早大文学部入口の桜
写真２：江戸絵画展ポスター
写真３：ミッドタウンの桜（右上にミッドタウン）
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